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小学生編

誓いの言葉 14 

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 「花の命を繋げただと? ふんっ、都会の優男は、口だけはいっぱしのことを言うんだな」

 あぁ……僕の気持ちは、やはり届かないのか。

 足が震えてしまう。

 でも……踏ん張りたい。

 くまさん、お母さん……どうか、どうか……僕に力を!

 勇気を与えてください。

 心の中で願った。

 宗吾さん、僕、頑張ります!
 芽生くん、お兄ちゃん、頑張るよ!

「あなたが育てられたラナンキュラス、見事でした。切り戻しをする前に、写真に収めたので、見て下さいますか」
「ふん! そんなのいらんわ!」
「……ですが……どうかあなたが育てた花を見てあげて下さい。あなたに触れて貰いたかった花の心を」
「……わしに触れてもらいたかっただと?」
「はい、あなたに愛された花たちです」

 生産者の頬が少し紅潮したのが分かった。

 伝われ! この気持ち、しっかり届け。

「ふん、いっぱしなことを……どれ、見てやるから、寄越せ」
「はい、こちらです」

 鞄からくまさんが作ってくれた黒いアルバムを取り出して、広げて見せた。

「お……おぉ? これは……」

 夕日にほんのり照らされたラナンキュラス。
 風に優しく揺れるラナンキュラス。
 それは花の目線になった、素晴らしい写真の数々だった。

「ここで作業しているのは、君か」
「え?」

 いつの間にくまさんが、僕を撮影してくれていた。花鋏をもって、身体を屈め真剣な眼差しの横顔だ。

「ん? この女性は誰だ?」
「あ……それは僕の母です」
「そうか……流石母親だな。優しい眼差しといい手付きだな」
「あ、ありがとうございます」

 母が僕を目を細めて見守る写真を指さして、生産者の老人は、ふっと微笑んだ。

「この写真を撮った人は、君とお母さんが大好きなんだな。誰なんだ?」
「あ……もうすぐ僕の父になる人です」
「ふん、なるほど、そういう訳か……悪くない」

 くまさんの写真のおかげで、機嫌が直ってきたようだ。

 よかった!

「あ……コホン。花だけでなく花に携わった人の様子を見せてくれたことに感謝する。切り戻しも上出来だ」
「母に教えてもらいました、僕だけの力ではありません」
「見栄を張らないんだな、君は」

 コクンと頷いた。

「僕はひとりで生きて来たわけではないので、多くの人に助けられて生きてきたので」
「そうか……ん? どこからか……花の匂いがするな。わしの子たちの声がする」
「あの……僕は切り戻しも水揚げも未熟ですが……切り戻しした花を花束にして持ってきました」
「なんだって? わしの子たちに会えるのか」
「はい」

 入り口の戸棚に置いた花束を、ベッドに寝たままの生産者さんに手渡すと、それまでのしかめっ面が嘘のように晴れて笑顔になった。

「おぉおぉ、なんとまぁ、綺麗に切ってもらったんだな。水揚げも完璧じゃないか。それにこんなに綺麗に束ねてもらって良かったなぁ。君は一体何者だ?」

 ようやく視線を合わせてもらえた。

「加々美花壇の葉山瑞樹です」
「それはさっき聞いた」

 皺深い瞼を何度か瞬きさせて、じっと僕を見つめる。

「あの……」
「君のそのつなぎに……見覚えが」
「え?」

 僕の着ているつなぎは、父のものだ。

「これは亡くなった父のものです。急な出張で来たので……作業のために借りたんです」
「そうだ! 袖だ、右袖を見せてくれないか」
「?」
「ここですか」

 食い入るように見つめられて、ドキドキした。

 この老人は、もしかして父を知るのではないか。

 そんな予感がする。

「おぉ……やっぱり。この継ぎ接ぎはわしの妻がしてやったもんだ。君のお父さんは……もしかして……大樹か」
「‼ ……どうして……それは僕の父の名です」
「なんてこった! じゃあ……君は大樹の息子か」
「はい! 長男です」
「そうだったのか……大樹は山道でわしを助けてくれたのが縁で、たまに花の写真を撮りに来てくれたんだ」
「お父さんが……」

 老人が慌てて先ほどのアルバムを捲る。

「じゃあ……この写真を撮ったのは誰だ? まるで大樹の魂を受け継いだようだ」
「熊田さんと言います。父の弟子でした」
「大樹にそんな存在が……彼が亡くなったとニュースで知り、消沈したよ。息子が生きていることは知っていたんだ。いつか会ってみたいとは思っていたが……まさか今日……会えるとはな。ん……確か大樹の奥さんも亡くなったはずだが」
「はい……両親と弟を亡くしました。写真に写っている母は僕を引き取ってくれた大切な母です」
「そうか……大変だったな」

 老人の瞳にも、いつの間にか優しい涙が浮かんでいた。

 その時、個室の扉がノックされた。

「加々美さん、検温の時間です」

 かがみ? 
 
「え……かがみ……って」

 その珍しい名字に、はっとした。

「あ、あの、かがみ……って、もしかして」
「あぁ、わしは加々美花壇の社長の兄だ」
「‼」

 そんな……リーダー早く言って下さいよ! と嘆きたくなった。

「ははっ、驚いたか。わしは都会には向かない性質で。40代で北海道に移住して花農家になったわけさ」
「……いろいろ、すみません。僕……出しゃばりすぎて」
「畏まるな。さっきも言っただろう。わしはただの花農家だ」
「ですが……」
「大樹も気持ちのいい男だったが、君もだな。君と話していると、爽やかな草原を駆け抜けている心地になるよ」

 皺だらけの手を、スッと差し出された。
 立派な手だ。
 命を繋ぐ仕事をしている手だ。

「さっきは悪かったよ。『花の命を繋げた』という言葉……本当はぐっと来たのに……わしはひねくれ者だ」
「いえ、僕の方こそ、貴重な体験をさせていただきました」
「その腕の継ぎ接ぎはな……山道で落下したわしを、大樹が助けてくれた時、木に引っかけて出来たものさ。わしと大樹の絆だ」
「大事にします。そんな素晴らしい絆があるものだなんて……知りませんでした」
「うむ。君の作った花束にも、心を打たれたよ。これからも人の心を揺さぶる花を生けなさい」
「はい!」
「そうだ、大樹の弟子と君を育てたお母さんに会わせてくれないか」
「はい! 喜んで」



 僕の任務は、無事に完了した。

 信頼と絆を得て、病院を後にした。

 この縁は、更なる良縁を生む。

 不思議な話だが、そんな予感に包まれていた。
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