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小学生編

誓いの言葉 7

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「そうだよ、みーくん! 俺は君の本当のお父さんになれるんだ!」

 くまさんにすっぽりハグされて安心した。

 これは……夢じゃ……ないよね。

 幸せ過ぎて、ドキドキしてしまう。

「瑞樹、驚かせてごめんね。母さんもまさかこの歳で、こんなご縁があるなんて……自分でもびっくりな展開なの」

 母さんの確かな言葉に、また感激の涙が溢れてしまう。

 次々に頬を濡らすのは、春風を受けた温かい涙だ。

「あぁ、もう泣くな! みーくんは相変わらず泣き虫だな」
「だって……嬉しくて」
「瑞樹、ほらほら、作業をするんでしょう?」
「あ、はい!」

 そうだ。いつまでも感激に浸っている訳にはいかない。リーダーが僕を信じて任してくれた仕事だ。誠意を尽くし、精一杯頑張りたい。

「よし、みーくん行こう」
「瑞樹、母さんも花の事なら得意よ」
「母さん、頼りにしているよ」

 そういえば母さんと共同作業をする機会など滅多になかったので嬉しいサプライズだ。

「みーくん、ちょっとフライングだが、今日は親子の共同作業スタート記念日だな」

 くまさんの言葉が輝いている!

「はい!」

 なので僕も胸を張ろう。

 ラナンキュラスは9月に球根を植え11月頃から4月中に切り花を出荷する。そして5月は球根に栄養を蓄える時期に入るので、咲いている花も蕾も全部切り取らないといけないのだ。それが切り戻し作業だ。

 花農園に足を踏み入れると、僕もくまさんもお母さんも思わず息を呑んだ。

「すごいな」
「圧巻ね、ここまで見事に咲き誇るラナンキュラスは見たことがないわ」

 赤、オレンジ、ピンク、白に黄色。

 生産者が入院してしまい、ここ数日切り戻し作業が出来ていなかったらしく、すべての花が満開になっていた。

 まるでシルクのドレスのような肌触りの花の洪水。

 明るく鮮やかな色合いが、華やかな世界だった。

「瑞樹、ねぇ、普通は全て潔く切り落とすのだけれども、いい頃合いの花はキープしない?」
「あ……確かに」
「みーくん、作業前に写真を撮ってもいいか。今年の花の最後を撮ってやりたい」
「くまさん、ぜひ! 生産者の方に報告したいので」
「了解!」

 くまさんが黒い一眼レフを構え、カシャカシャと音を鳴らす。

 僕と母さんは、二人がかりで切り戻し作業に没頭した。

 個性的で色鮮やかな花が、バケツにまるで大きな花束のように集まっていく。

 ラナンキュラスの花言葉は明るい。

「とても魅力的」
「晴れやかな魅力」
「光輝を放つ」

 まさに今の僕たちだ。

 僕と母さんでバケツ一杯のラナンキュラスを持ち上げると、くまさんが飛んで来て、ヒョイと運んでくれた。

 2つの重たそうなバケツを、軽々と運ぶ後ろ姿は、まさに熊そのものだ。
 
「瑞樹、くまさんって、本当に力持ちね!」
「うん……とても頼りになるね」
「なんだか心強いわ。これからは母さんひとりじゃないんだなって思うと……嬉しいの。可愛い息子と孫に囲まれているだけでも幸せだったのに……肩を並べて歩んでくれる人が出来て、瑞樹……母さん幸せよ」
 
  母さんが幸せそうに笑ってくれるのが、最高に嬉しい。

 僕を育ててくれた母さんの幸せが、心から愛おしいよ。

「みーくん、俺も手伝うよ」
「お願いします!」

 満開のラナンキュラスの中には、手で触れただけで花びらが溢れてしまうものもあった。

 でも、寂しくはない。

 何故なら、今、まさに散るというのは、この瞬間咲き切ったという証しだから。

 生きている花。大地に根ざしている花からパワーをもらう

「あぁ……花の命を感じます。これも花農家さんの努力の賜なんですね」
「そうだとも! そうだ。みーくんはこんな言葉を知っているか」

 ――生きとし生けるものは幸せであれ―― 

「みーくんは、昔から誰かが幸せだと喜び、誰かが辛いと悲しくなってしまう感受性の豊かな子だったよ。そんなみーくんの幸せを、俺とさっちゃんはいつも願っている。俺たちは生きている。生きているからこそ願えるんだ。俺も幸せになるから、みーくんももっともっと幸せになってくれよ! 君はこの世を生きているのだから」

 くまさんの言葉は深くて温かくて心地良くて……もう溜まらない。

「くまさん、くまさんの言葉がここに響きます」

 自分の心臓に胸をあてると、ドクドクと音が鳴っていた。

「幸せになろう! 沢山の花の命に触れて、俺もしみじみと思ったよ」
 




 広い農園だったので、切り戻し作業は日没まで続いた。

「よし、これが最後の1本だ」

 その頃には、僕はもう汗だくで疲れ果てていた。手も痺れ足もガクガク震えていた。

 お母さんには一足先に車に戻って休憩してもらった。

 途中、お母さんの差し入れのドーナッツの美味しかったこと。

 あのお陰で、ここまで頑張れた。

「ついに、終わりましたね」
「あぁ、みーくん、ほらっ会社に報告しないと」
「あ、そうでした」

 リーダーに作業完了の電話をかけた。

「なんと! 今日で終わったのか。明日までかかると思っていたのに」
「強力な助っ人がいたので、作業が捗りました」
「そうかそうか、葉山、頑張ったな! 今日は泊まる場所はあるのか」
「はい! 大丈夫です」
「じゃあ明日もう一つ仕事を任せていいか」

 なんだろう?

「実は花農家の生産者が君に会いたがっているんだ。作業をしてくれた人の顔を見ておきたいと」
「ぼ、僕が……」
「そうなんだ。ちょっと小煩い老人だが、けっして悪い人じゃない。だから入院先に報告に行ってもらえるだろうか」
「分かりました」
「……流石に疲れたか。明日も頑張れそうか。無理だけはするな」

 リーダの心遣いが身に沁みる。

「あ……今は体力的に今日はバテバテですが、一晩眠れば復活します。明日は必ず伺います」
「よしっ、素直ないい言葉だ。今日はゆっくり休むといい」
「はい!」

 だが……リーダーへの電話の後、一気に気が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

「お、おい! みーくん、大丈夫か」
「……恥ずかしいです。体力が付いていかなくて」
「そんなことない。俺でもキツく感じる重労働だったよ。ほら、おんぶしてやる」
「ええっ」
「あーコホンっ、これはお父さんの予行練習だ」
「で、でも……僕……もう子供じゃないですよ?」
「今は10歳のみーくんに戻れ」

 くまさんの優しさに、またほろりとしてしまう。

 こんな風に、お父さんみたいに……また僕に声をかけてくれる人がいるなんて。

 お父さん……天国のお父さん。

 僕にくまさんを残してくれてありがとうございます。

 そんな気持ちを込めて、くまさんの広い背中に縋った。

「くまさん……もりのくまさん……もうすぐ僕のお父さんになるんですね」

 
 
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