上 下
1,040 / 1,730
小学生編

賑やかな日々 24

しおりを挟む
「滝沢さん、おはようございます! 今日は瑞樹がお世話になるみたいで、宜しくお願いします」
「まぁ葉山さんお久しぶりね。そうなのよ。今日は芽生の誕生日会と子供の日のお祝いと、瑞樹くんのお誕生日お祝いもするのよ」
「瑞樹まで? 嬉しいわ。あの子は賑やかなのに慣れていないので大人しくなってしまうかも……でも心の中では飛び跳ねているので分かってあげて下さいね」
「えぇ、彼は慎ましいものね。でも喜んでくれているの、いつも伝わっているわ」
「よかった」

 あの事故のせいで笑顔が長い間消えてしまった瑞樹。函館の家にいた時は、笑うことが罪のように感じている痛々しい少年だった。そんな寂しい顔をした瑞樹が、滝沢さんと芽生くんと暮らすようになってから、本当に明るく朗らかになった。それは分かっているのに、ついお節介なことを言ってしまったわ。

「ところで葉山さんの声、いつもより明るいわね。何か良いことでも?」
「あ……あの……実は最近とある男性と知り合って……その」
「え? 何それ、詳しく聞かせて下さいな」
「それが瑞樹絡みなんです。あの子が亡くなった両親と親しくしていた男性と最近再会して、我が家に連れて来てから、心を寄り添わせているの。こんなの変かしら……いい歳して」

 滝沢さんには、この辺りで熊田さんのことを話しておきたくなった。

「どんな人なの?」
「それが、森のくまさんみたいな人なのよ」
「森の……熊?」
「ふふ、お髭も髪もボサボサだけど包容力があって素敵な方なのよ」

 何年ぶりかしら? 私が男性の話をするなんて。
 トキメクなんて、もう二度とないと思っていたのに不思議ね。

「まあ素敵だわ! あなたは私より若いし旦那様が亡くなられて20年以上経つのでしょう。今からでも幸せになって欲しいわ」
「そう言っていただけると自信を持てるわ」
「私も会ってみたいわ。その男性に……」
「それがね、今日会えるんですよ」
「え?」

 熊田さんから東京にいる旨と、今日滝沢家の誕生日会にお邪魔する旨を聞いていたの。

「その会に、彼がお邪魔するようです。どうぞお手柔らかに」
「なんですって。それは楽しみだわ。うふふ」
「うふふ」

 私と滝沢さんは電話越しに、少女のように微笑んだ。

「実は明日、彼から大事な話があると言われていて」
「まぁ! じゃあ美容院に行かないと」
「え……でも今更よ」
「そんなことないわ。いくつになってもオシャレしてもいいのよ」
「そうかしら?」
「応援しているわ」

 電話を切って、みっちゃんに相談すると、彼女の行きつけの美容院を紹介してくれた。

「お義母さん、綺麗にしてもらって下さいね」
「こんなオシャレな美容院……気後れしちゃうわ」
「何言っているんですか、明日はデートですよ! デート!」

 いい歳のおばさんなのに、皆に応援してもらって擽ったいわ。
 
「髪も切ってボブにしましょうか。少し明るくするといいかも」
「え?」

 ずっとひっつめ髪だった……黒いゴムで結わくだけでオシャレなんて無縁だった。自分になんてとても構っていられなかった。そんな私が最近は店を広樹に任せて自由に出歩けるようになったし、花屋の売り上げが改装してから倍増して、経済的にも余裕が出来たの。

 このタイミングで熊田さんと出会うなんて、これもご縁なのかしら。

 可愛い瑞樹が運んで来てくれたのよ。私が育てた瑞樹が……

「どうします? 思い切りますか」
「はい、さっぱり軽やかにして下さい」


****

「あの、皆さんの写真を撮ってもいいですか」
「瑞樹くん、ぜひ頼むよ」
「じゃあ撮りますね」

 僕は母の一眼レフを鞄から取り出し首から提げた。宗吾さんからプレゼントしてもらったクローバー色のストラップを見ると自然に頬が緩む。そのままファインダーを覗くと視界には幸せそうな笑顔が溢れていた。

 お母さん。
 憲吾さんと美智さんと彩芽ちゃん。
 芽生くんと宗吾さん。
 そして……くまさん。

  一人一人をファインダー越しに、じっと確認した。

 皆……いる。
 あなたたちは僕の家族なんだと叫びたくなる。

「撮りますよ!」

 白い歯が輝き、目尻には深い皺。

 みんな……最高にいい笑顔だ。

 カシャッ――

 小気味よい音に、僕の心も晴れ模様!

「瑞樹くんも入ってくれ。店の人を呼んでくるよ」
「あ……はい」

 憲吾さんが、すかさず人を呼んでくれた。

「瑞樹はここに来いよ」

 宗吾さんが芽生くんとの間を空けてくれたので、僕も躊躇わずに輪の中に入った。

 「はい!」

 今日という日も、僕の思い出アルバムの頁に刻まれるだろう。




 宴もたけなわの頃、蒸籠に入ったデザートが出て来た。蓋を開けると、ふっくらツヤツヤした見た目が愛らしいお饅頭だった。うっすらピンクのアクセントも可愛らしい。

「本日はお祝いの席とお聞きしましたので、当店からのサービスです」
「わぁ~ 小さなおしりがいっぱい!」
「え?」

 芽生くんの発言には、皆びっくりしていた。それは可愛いサイズの桃饅頭だった。

「はははっ、芽生、これは桃饅頭と言うんだぞ」
「ももまんじゅう?  でもパパって、こういうの大好きだよね?」
「ん? 芽生は流石パパの子だ。するどいな」
 
  宗吾さんがニヤニヤと僕を見つめてウインクしたので、苦笑してしまう。

 えっと、それって……宗吾さんが好きなのが。僕のお尻ってこと?

 はっ! 僕、何を考えて……あぁもういいムードだったのに。

「みーくん、やっぱり俺はちょっと心配だぞ。宗吾くんはアレでいいのか」
「くすっ。くまさん、宗吾さんは通常運転のようです」
「みーくんがいいならいいか。それにみーくんもニヤニヤして怪しいし」
「ぼ……僕は怪しくないです!」
「はは、可愛いな」
 
 イケオジになったくまさんに言われると恥ずかしい。それに芽生くんと宗吾さんの会話に耳を傾けると、ますます照れ臭くなった。

「パパがすきなものって、わかりやすいよね」
「そうなのか」
「うん、かわいいのがすきだもんね」
「そうだな」
「ボクもおなじだよ! お兄ちゃんってかわいいよね」
「そうそう。よく分かってるな」




 帰り際、くまさんが僕の頭にポンと手をあてた。

「みーくん、今日はありがとうな。これで安心して函館に帰れるよ。君がどんなに滝沢くんとその家族に大切にされて愛されているのか、この目で見られて安心出来たよ」
「本当に来てくれて、泊まってくれてありがとうございました」
「さてと、そろそろ俺も進むか」
「え……」
「ははっ、こっちの話」
「?」

 くまさんも上機嫌だ。

 次はいつ会えるかな? この前は名残惜しかったが、今回は次に会えるのが楽しみだ。

 こんな風に思えるのは、くまさんとの絆が深まったお陰なのかもしれない。 しっかり結ばれているから、少し位離れていても寂しくない。

 本物の家族にまた近づけた証なのかも。

「くまさん、気をつけて」
「あぁ、みーくんもな」
「また会おう!」
「はい!」

 こんなに明るい別れ、寂しくない別れがあるなんて、知らなかった。

 くまさんの背中が中華街の雑踏に消えるまで、僕は手を振っていた。

 くまさんにも沢山の幸せが訪れますように。

 きっときっと、もうそこまで来ている……そんな予感!

 
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...