上 下
1,004 / 1,743
小学生編

花明かりに導かれて 27

しおりを挟む

「ただいま」

 誰もいないログハウスに灯りを灯すと、キタキツネのコンがどこからか入り込んだのか、ちょこんと玄関先で待っていてくれた。

「おぉ、お前か。どれ、少し話し相手になってくれ」

 キタキツネを相手に、俺が留守にしてた間、何をしていたのか、口に出した。

 実に不思議な数日間だった。

 天涯孤独で、この地で大樹さんたちを弔い、朽ちていくだけの身体だと思っていたのに違ったようだ。

 まず、俺を父親のように慕ってくれる、みーくんが可愛くて仕方が無い。もう彼は大人で子供ではないと頭で理解していても、小さなみーくんがちらついて、愛おしさが募った。

 同時に葛藤した。大樹さんが出来なかったことを、大樹さんがしたかったことを、この俺がしてもいいのかと。だが、今は恋人と幸せそうにしているみーくんに、一つだけ足りないものを見つけてしまったのだ。

 それは『父の愛』だ。

 俺が大樹さんから受け継いだいことを、大樹さんに代わって伝えてやりたい。

 そんな純粋な願いから、みーくんと交流した。

 カメラ指導の仕事など、いつもなら即、断っていたのに、みーくんと会えるならと飛んで行ったのさ。ゲンキンだよな。

 とても楽しい時間だった。

 彼の家族の家に招かれ、家族の団欒を味わってしまった。それはまるで大樹さんと澄子さんが生きていた頃のような、幸せ色の時間だった。

 天井にや壁に光る星を描いたのも、有意義なことだった。

 俺のこの手……

 大樹さんと澄子さんとなっくんを死の闇に葬ったこの手が、役立つなんて。

 みーくんの清らかな笑顔を守ってやりたい。

 俺は、父親のポジションで、宗吾くんと芽生くんの背後に控えて、いざというときはドンと受け止めてやれる存在になりたい。

 そんな願いを胸に函館に戻ってきた。

 空港で、ふと……みーくんをここまで生かしてくれた葉山さんに挨拶をしたくなった。

 10歳のみーくんを引き取り養子にしてくれて、あんなに素晴らしい青年に育ててくれた人に感謝したい。

 ただその一心だった。

 だが、女手一つで3人の息子を育ててあげた人には、後悔の念がちらついていた。ひとりひとりに心ゆくまでのケアが出来なかったことを悔いているようだった。

 そんなのは不要だ。

 あなたはみーくんを生かし、成長させてくれた人だ。

 それを伝えると、花が咲いた。

 もうずっと他人になぞ関心を持っていなかったのに、この甘い感情はなんだろう?

 この女性を撮ってみたい。

 この女性の人生に歩み寄りたい。

 まさかこの俺がこんな感情を抱くなんて。

 これも全部、みーくんのお陰だ。

 凍てついた心を解してもらえたから……俺は人に興味を持ち、感謝し、触れ合いたいと思えるようになったのだ。

「コン……おいで」

 コンは気まぐれな奴だが、今日は俺の傍にいてくれる。

「ぬくもりか……それはこの17年間、封印していたものだ」

 北国の春は遅い。

 だが目を閉じると、心に花が咲いていた。

 こんな感情はずっと忘れていた。

 心の中が明るいなんて思ったことなんて……大樹さんたちが逝ってしまってから、一度も思ったことなんてなかったのに。

 あぁこれは『花明かり』と似ているな。

 心に明かりが灯ったのだ。

 人生はまだこれからだ。

 俺も……幸せになっていいんですか。

 大樹さん。

 答えは夜空の星が教えてくれる。

「熊田、やっと目覚めたのか。何度も何度も呼んだのに、お前は自分の殻に閉じこもっていたから聞こえなかったようだ。熊田が幸せになった姿を見せてくれよ。これからは熊田は自分の幸せを育てることに集中して生きろ! 瑞樹はお前に任せたよ。あの子の父親役、頼んだぞ。熊田は、これからが出番だ」
「大樹さん……大樹さん、分かりました。俺、幸せを目指してみます」
「あぁそうだ。幸せになれ! なってくれ。俺たちに人生の全てを捧げないでくれよ。熊田の命は、熊田のもので、熊田の人生を生きてくれ」
 
 星からの願いを浴びた。

「コン……? これはコンが見せてくれた夢なのか」

 コンは欠伸をして玄関先で眠ってしまった。

 俺は何かが抜け落ちたような、憑きものが取れたような、清々しい気持ちになっていた。


****

「宗吾さん、今日の芽生くんは……少し不安定でしたね」
「そうだな。もうすぐ2年生になるんだからというプレッシャーと、瑞樹がいない不安が重なったんじゃないか」
「……やっぱり、今日一緒にいてあげれば良かったです」

 ベッドの中で後悔の念を呟くと、宗吾さんに諭された。

「瑞樹、それは違うだろ。今日は君にとって大切な時間だったはずだ」
「ですが」
「芽生も成長していくんだよ。こうやって……少しずつ大人になっていくんだ。瑞樹はちゃんと夜になったら戻ってきて抱きしめてくれただろう?」
「……はい」

 宗吾さんの言葉は心地良い。
 押しつけがましくなく、僕の心を包んでくれる。

「安心感があれば、大丈夫だ。風呂場で赤ん坊のように抱っこしてくれてありがとうな。芽生、すごく嬉しそうだったな」
「僕も……嬉しかったです。どんどん手が離れていくのは分かっているので……つい」
「いいんだよ。お互いになくてはならない存在だ」

 宗吾さんもです。
 僕は宗吾さんがいるから、この家でこんなに穏やかに過ごせているのですよ。

「もう電気を消そう」
「はい」

 人工的な明かりと引き換えに浮かび上がるのは、満天の星。

 この星は、僕にとって花明かりのようだ。 

  満開の桜のまわりは仄かに明るく感じるだろう。

 それと同じだ。

 僕を惹き付けるオーラを放っている。

「お父さんとお母さんの星……夏樹の星」
「俺の星、瑞樹の星、芽生の星」
「くまさんの星」
「そうだ。今日も七つ星は健在だ」

 心の中に、また花が咲く。

 夢を抱く日々だから。
 
 喜びに溢れる日々だから。

 しあわせだから……


                           『花明かりに導かれて』 了











あとがき(不要な方は飛ばして下さい)






****

本日で『花明かりに導かれて』は、おしまいです。
くまさんを囲む、ハートフルな展開となりました。
幸せの芽もあちこちに生まれ、今後芽吹くのが楽しみですね。

次は菅野とこもりんが登場しての甘いデート編を予定しています。
いつもリアクションで応援ありがとうございます。












しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...