962 / 1,730
小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 34
しおりを挟む
オレは真冬の空の下で、黙々と薪を割っていた。
「今年は寒さが厳しくて薪が足りんな。おっと……また雪が降って来たのか」
単純作業をしているうちに……ふと亡き師匠の姿を思い出していた。
「お元気ですか……オレは相変わらず森に籠もりきりですよ」
敬愛していた大樹さんをを突然の交通事故で失ってから、もう17年以上の月日が流れてしまったのか。
「本当に本当に……すみません。オレがあんな我が儘を言わなければ……」
あの日、雷雨の中……オレの所になど寄らないで、真っ直ぐ帰路に就いていたら、師匠は死ななかったのでは? 交通事故は一秒でもずれていたら、避けられたのではないか。
未だに悔やんで、悔やみ切れない現実だ。
あの晩、ニュースで大樹さんの死を目の当たりにして……
嘆き、悲しみ、途方に暮れた。
結局、葬式にも行けず、このコテージで狂ったように泣き崩れていた。
漸く正気に戻った時には、事故から半年以上経っていた。
重い足取りで通い慣れた大樹さんの家に向かうと、そこは様変わりしていて、緑の屋根に白い壁のペンションになっていた。
その光景に再び絶望し、世捨て人同然に暮らした。
山奥のログハウスで、自給自足の生活。
人との関わりを断ち、話し相手は森から遊びに来るキタキツネだけだった。
大樹さんには、美人な奥さんと可愛い息子が2人いた。
子供たちは奥さんに似た栗色の髪で、瑞樹くんと夏樹くんと言った。
特に瑞樹くんは、オレがまだ学生の頃から知っているので、「みーくん」と愛称で呼び、彼はオレの名字が『熊田』だから「くまさん」「森のくまさん」と呼んで懐いて慕ってくれた。
あの事故で……瑞樹くんだけ生き残り、遠い親戚に引き取られたと風の便りで聞いたが、探す勇気も会いに行く勇気もなかった。
心のどこかで、罪悪感を抱いていたから。
「ふっ、今日はおかしいな。昔のことばかり思い出すなんて」
そろそろ上がろうと斧を小屋に戻し、薪を束ねていると、キタキツネのコンがやってきた。
「どうした? こんな時間から現れるなんて珍しいな」
同時に、頭上から樹の擦れる音がした。
樹にひっかかりながら、 何かが降ってくる――
「なんだ?」
咄嗟に手を広げて、落下物を抱き留めてた!
絶対にそうしないといけない使命を受けて。
「危ない!」
腕に収まったミルクティー色の塊は、若い男性だった。
「おい! しっかりしろ!」
もしかして上の国道から落下したのか。
頭上を見上げると、樹木の間に微かに白いガードレールが見えた。
あんな高い場所から落下したのに、不思議なことにかすり傷もない。
フードまですっぽり被った状態だったので、もしかしたら、このダウンコートが君を守ってくれたのか。
「君、大丈夫なのか」
「……」
「参ったな」
ショックで気絶しているようだ。
こんな時どうすりゃいい?
とりあえずオレのベッドに寝かせて、骨折していないか確かめよう。
見た感じ、外傷もないので救急車はいらないだろう。
ログハウスのオレのベッドに寝かせ、手早くダウンコートを脱がした。
パンパンとダウンを叩くが、携帯などは入っていないようだ。
困ったな、連絡先が分からない。
よくよく見れば、可愛い顔をした青年だった。
どこかで会ったような?
その時は分からなかった。
それよりも彼が目覚めた時、異常なまでに恐怖に震え、オレが近づくと半狂乱になって逃げ出してしまったのに驚いて、すぐに気付かなかったのだ。
まさか、きみが『みーくん』だったなんて。
最後に君に会ったのは10歳の時だ。
あの雨の中、ログハウスの前に停車した車の中で、弟とじゃれ合っていたのを覚えている。
このログハウスで、10歳の君の写真には、毎日会っていたのにな。
あの悲惨な事故で……君だけでも生き残ってくれて良かった。
本当にオレはその事実に救われた。
「くまさん、あの……二階に行っても? あの写真を見せたいんです」
「自由にどうぞ! ここは半分君の家のようなもんだ」
「え?」
「その、いろいろ話したいことがあるが、まずはあの写真を見てこい」
「あ……はい!」
この世で一人になってしまったみーくんを、力強く支えてくれる家族がいるのが嬉しいよ。
だから相手が同性でも、オレには問題ない。
逞しく大らかそうな男性と可愛い坊や。
彼らの必死な形相に、みーくんがどんなに愛され、どんなに大切にされているか伝わってきた。
「宗吾さん、芽生くん、見に行きましょう」
「あぁ、それより本当に怪我はないのか」
「あ……はい。ほら、手も足も異常なしです」
「奇跡的だな。ちょっと確認させてくれ」
男性が我慢できないように、みーくんをすっぽりと抱きしめた。
「あっ……」
みーくんも彼がどんなに心配したかを知っているから、身動きせずに身を委ねていた。
男性がみーくんの身体を強く抱きしめる。
愛で包み込む。
「良かった。本当に無事なんだな」
「はい、この通り」
「お、お兄ちゃん……本当に大丈夫なの?」
「芽生くん、心配かけてごめんよ」
「また……だっこも……できるかなぁ」
「もちろんだよ! おいで! 芽生くん」
みーくんが、今度は坊やを抱き上げる。
家族を愛し、家族に愛されている。
君は今――そういう状態なんだな。
それはかつての明るく和やかな青木家のようだよ。
嬉しい光景に、思わず視界が滲んでしまった。
泣きすぎて枯れたと思った涙だったのに、今は嬉しくて泣いている。
「今年は寒さが厳しくて薪が足りんな。おっと……また雪が降って来たのか」
単純作業をしているうちに……ふと亡き師匠の姿を思い出していた。
「お元気ですか……オレは相変わらず森に籠もりきりですよ」
敬愛していた大樹さんをを突然の交通事故で失ってから、もう17年以上の月日が流れてしまったのか。
「本当に本当に……すみません。オレがあんな我が儘を言わなければ……」
あの日、雷雨の中……オレの所になど寄らないで、真っ直ぐ帰路に就いていたら、師匠は死ななかったのでは? 交通事故は一秒でもずれていたら、避けられたのではないか。
未だに悔やんで、悔やみ切れない現実だ。
あの晩、ニュースで大樹さんの死を目の当たりにして……
嘆き、悲しみ、途方に暮れた。
結局、葬式にも行けず、このコテージで狂ったように泣き崩れていた。
漸く正気に戻った時には、事故から半年以上経っていた。
重い足取りで通い慣れた大樹さんの家に向かうと、そこは様変わりしていて、緑の屋根に白い壁のペンションになっていた。
その光景に再び絶望し、世捨て人同然に暮らした。
山奥のログハウスで、自給自足の生活。
人との関わりを断ち、話し相手は森から遊びに来るキタキツネだけだった。
大樹さんには、美人な奥さんと可愛い息子が2人いた。
子供たちは奥さんに似た栗色の髪で、瑞樹くんと夏樹くんと言った。
特に瑞樹くんは、オレがまだ学生の頃から知っているので、「みーくん」と愛称で呼び、彼はオレの名字が『熊田』だから「くまさん」「森のくまさん」と呼んで懐いて慕ってくれた。
あの事故で……瑞樹くんだけ生き残り、遠い親戚に引き取られたと風の便りで聞いたが、探す勇気も会いに行く勇気もなかった。
心のどこかで、罪悪感を抱いていたから。
「ふっ、今日はおかしいな。昔のことばかり思い出すなんて」
そろそろ上がろうと斧を小屋に戻し、薪を束ねていると、キタキツネのコンがやってきた。
「どうした? こんな時間から現れるなんて珍しいな」
同時に、頭上から樹の擦れる音がした。
樹にひっかかりながら、 何かが降ってくる――
「なんだ?」
咄嗟に手を広げて、落下物を抱き留めてた!
絶対にそうしないといけない使命を受けて。
「危ない!」
腕に収まったミルクティー色の塊は、若い男性だった。
「おい! しっかりしろ!」
もしかして上の国道から落下したのか。
頭上を見上げると、樹木の間に微かに白いガードレールが見えた。
あんな高い場所から落下したのに、不思議なことにかすり傷もない。
フードまですっぽり被った状態だったので、もしかしたら、このダウンコートが君を守ってくれたのか。
「君、大丈夫なのか」
「……」
「参ったな」
ショックで気絶しているようだ。
こんな時どうすりゃいい?
とりあえずオレのベッドに寝かせて、骨折していないか確かめよう。
見た感じ、外傷もないので救急車はいらないだろう。
ログハウスのオレのベッドに寝かせ、手早くダウンコートを脱がした。
パンパンとダウンを叩くが、携帯などは入っていないようだ。
困ったな、連絡先が分からない。
よくよく見れば、可愛い顔をした青年だった。
どこかで会ったような?
その時は分からなかった。
それよりも彼が目覚めた時、異常なまでに恐怖に震え、オレが近づくと半狂乱になって逃げ出してしまったのに驚いて、すぐに気付かなかったのだ。
まさか、きみが『みーくん』だったなんて。
最後に君に会ったのは10歳の時だ。
あの雨の中、ログハウスの前に停車した車の中で、弟とじゃれ合っていたのを覚えている。
このログハウスで、10歳の君の写真には、毎日会っていたのにな。
あの悲惨な事故で……君だけでも生き残ってくれて良かった。
本当にオレはその事実に救われた。
「くまさん、あの……二階に行っても? あの写真を見せたいんです」
「自由にどうぞ! ここは半分君の家のようなもんだ」
「え?」
「その、いろいろ話したいことがあるが、まずはあの写真を見てこい」
「あ……はい!」
この世で一人になってしまったみーくんを、力強く支えてくれる家族がいるのが嬉しいよ。
だから相手が同性でも、オレには問題ない。
逞しく大らかそうな男性と可愛い坊や。
彼らの必死な形相に、みーくんがどんなに愛され、どんなに大切にされているか伝わってきた。
「宗吾さん、芽生くん、見に行きましょう」
「あぁ、それより本当に怪我はないのか」
「あ……はい。ほら、手も足も異常なしです」
「奇跡的だな。ちょっと確認させてくれ」
男性が我慢できないように、みーくんをすっぽりと抱きしめた。
「あっ……」
みーくんも彼がどんなに心配したかを知っているから、身動きせずに身を委ねていた。
男性がみーくんの身体を強く抱きしめる。
愛で包み込む。
「良かった。本当に無事なんだな」
「はい、この通り」
「お、お兄ちゃん……本当に大丈夫なの?」
「芽生くん、心配かけてごめんよ」
「また……だっこも……できるかなぁ」
「もちろんだよ! おいで! 芽生くん」
みーくんが、今度は坊やを抱き上げる。
家族を愛し、家族に愛されている。
君は今――そういう状態なんだな。
それはかつての明るく和やかな青木家のようだよ。
嬉しい光景に、思わず視界が滲んでしまった。
泣きすぎて枯れたと思った涙だったのに、今は嬉しくて泣いている。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる