上 下
956 / 1,743
小学生編

花びら雪舞う、北の故郷 28

しおりを挟む
「潤くん、お代わりいる?」
「いいのか」
「もちろん。お米、今日は2合も炊いたのよ」
「へー 俺ひとりでいつも1合は軽く食べるよ。カレーならもっといけるかな」
「そ、そうなんだ」

 菫さんの手作りだと思うと、本当に美味しくて、あっという間に平らげた。

 不思議なもので、食べるともっと食べたくなるんだよな。

「パパ、いっくんのもたべる?」
「いやいや、いっくんは沢山食べて大きくならないと」
「潤くん、どうぞ!」
「いただきます~」

 バクバク食べる俺を、菫さんといっくんがニコニコ見守ってくれる。

「気持ちいい程、良く食べてくれるのね」
「そう? 美味しいからだよ。なぁ、もっとある?」
「え⁉ もう売り切れなの。ごめんね」
「え? オレそんなに食べた? ごめん。今度米を持ってくるよ」
「いいわよ、そんなの」

 オレと菫さんの会話を聞いていた、いっくんがニコニコ笑顔になる。

「ママ、きょうから……パパ、ずっといっしょだよね?」
「え? 今日は特別よ」
「え……パパぁ、またいなくなっちゃうの。ぐすっ――」
「いっくん……」

 ここは思い切って……
 
「なぁ菫さん、オレたちすぐにでも一緒に暮らさないか。オレのこと、どうか信じて欲しい」
「信じてるわ……私、潤くんのこと信じられる」
「ありがとう。前向きに考えてくれ。焦ってるんじゃない。最初からストンと落ちる気持ちがあるって、信じて欲しい」
「私もよ、潤くん」

 その晩、いっくんを挟んでオレたちは川の字で寝た。

 こんなに清らかな気持ちになれるのは、全部いっくんのおかげだ。

 菫さんにもっと触れたい気持ちは、もちろんある。

 でも今はそれよりも、いっくんと菫さんと川の字で穏やかに眠りたかった。

「同じ気持ちよ」

 菫さんが目元を染めて、伝えてくれる言葉が、また嬉しかった。

 明け方ふと目覚めると、菫さんがパジャマのまま、カーテンの隙間から空を見上げていた。

 なんとなく、亡くなったご主人に報告している気がした。

 暫く見守った後、そっと華奢な肩に毛布をかけてやった。

 こんなきめ細やかなことが出来るようになったのは、全部兄さんのお陰だ。

 オレ……気付かないうちに、兄さんからいろんなこと教わっていたのだな。

「あ……潤くん……起こしちゃった?」
「いや、起きたくなった。菫さんと話したくて」
「私もよ。潤くんって見かけはワイルドなのに、きめ細かいのでびっくり。あと……まだ若いのにまるで何人か子供を育てたように、寄り添うのが上手よね」
「それは……全部、兄から教えてもらったんだ」
「お兄さん、優しい人なのね」
「あぁ……最高の兄さんだ。優しい兄と頼もしい兄がいるんだ。オレ、末っ子なんだ。兄たちから教えてもらったこと、菫さんといっくんにしてあげたいんだ」

 菫さんが優しく微笑む。

「私にも兄や姉がいて……末っ子なの。私も……私も潤くんを幸せにしてあげたい」
「オレ……そんな資格ないよ?」
「何言っているの? 潤くんには充分に資格があるわ。だっていっくんを見つけてくれた。いっくんのパパになるって言ってくれたわ」

 オレは自然に、菫さんを背後から抱きしめていた。

「菫さん……オレでいいか」
「潤くんがいい」

 空からはまた雪がちらちらと降り出していた。

 亡くなった旦那さんからの贈り物のよう感じた。

 雪景色を背景に、オレと菫さんは初めて口づけを交わした。

 約束のキス。
 幸せなキス。

 こんな神聖なキスは初めてだ。

「菫さん、ありがとう」
「ありがとう……潤くん」
「ムニャムニャ……パパぁ……」

 可愛い寝言を聞きながら、幸せを噛みしめた。


****

「菫さん、準備OK?」
「うん!」
「じゃあ行こう」

 オレと菫さんでいっくんの手を繋いで、保育園に向かった。

 オレと菫さんの決心は、朝になっても揺らがない。

 すると保育園に通う道で、いっくんの足が止まった。

「どうした?」
「……あっくんが……」
「あぁ、昨日の」

 昨日、いっくんに酷いことを言ってしまった子供か。

 昔のオレなら、酷い言葉を浴びさせていたかもな。

「いっくん。堂々としていよう。オレもいっくんも男だ」
「わ! うん! いっくん、パパみたいにかっこよくなりたい」
「よし、じゃあ顔をあげて、堂々としようぜ」

 オレと菫さんといっくんは、足並みを揃えて、堂々と彼らを追い抜かした。

「え? いつき……のパパ? ほんとうにいたのかよ?」

 そんな動揺した声が、聞こえてきた。


****

函館

「まぁ飲め飲め」
「日本酒か」
「あぁ函館の酒だ。珍しい古代米で作っているんだ」
「おう!」

 広樹と俺は、瑞樹を待たずに宴会を始めてしまった。

「しかし広樹、準備良すぎるだろ。おつまみまで用意しているなんて」
「今日は瑞樹と潤がアレンジメントを作ってくれたから、時間があったんだ」

 カレー以外におつまみまで作っていたなんて、驚きだ。

「ほれ飲めよ」
「お、おう」

 しかも、勧め上手だ。

「なんだかハイピッチで飲まされているような?」
「はははっ、まぁ……瑞樹の安眠のためだ。許せ」
「ん? どういう意味?」
「いやいやこっちの話だ。他に何か食いたいもんあるか」
「そうだな。ちょっと箸休めに甘いもんが欲しい」

 これが、余計な一言だった。

「あぁ、それならいいもんがある。チョコは好きか」
「好きだが」
「じゃ、じゃーん!」

 げげっ、これって瑞樹がさっき匂わせていた『チョコ練乳』じゃ。

「実はホットケーキも焼いてきたんだ。今、温めてやるから待っていろ。チョコレートがけは旨いよな~」
「あっ、ちょっ……」
「あぁこれ、瑞樹が夜のデザートにって、スーパーで選んでいたんだけどさ、もう寝てしまったし、オレたちで食べちゃってもいいよな?」

 よくないー!!

 だが、時既に遅し。
 
 夢にまで見た憧れの練乳チョコは、俺のリアルデザートになり、俺はもうすぐ潰される。

「はははっ、今日は瑞樹も疲れているから、潰れろ」

 また意味深なことを言って……

 豪快な広樹に、俺は見事に潰された。

 

 
  
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...