949 / 1,743
小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 21
しおりを挟む
函館空港に着くと、雪が更に酷くなっていた。
イヤな予感は的中してしまう。
出発が雪の影響で少し遅れるとのアナウンスだ。
しまった! もっと早く出ればよかった。
もう1本前の飛行機を目指せば良かったのか。
だがバレンタイン・アレンジメントの売れ行きが良く、お客様がひっきりなしだったから、そんな余裕はなかった。
実家を手伝うと言い出したのはオレだ。
自分の言葉には責任を持ちたい。
それは菫さんといっくんに対しても同じだ。
もう絶対にずるはしない。
正々堂々と歩んでいく。
だから飛行機よ、早く飛んでくれ!
いっくんの声が聞こえるんだ。
「パパ、パパぁ……どこなのぉ? さみしいよぅ……」
****
僕達はリフトに乗って、ファミリーコースというルートを滑ることにした。
全長2km、初心者でも安心な緩やかな斜面と幅広いロングコースだ。
「瑞樹、北海道のスキー場は広いな~」
「はい! ここはコース幅が広いので、宗吾さんと芽生くんの練習には最適のバーンですよ」
「よしっ! 頑張るよ。練習の成果を君に見せたい」
「はい」
熱い眼差しを受けて、照れ臭くなる。
宗吾さん、スキーの勘もかなり取り戻せたようで良かったですね。
「お兄ちゃん、ボクもがんばるね」
「うん、無理しちゃだめだよ。助けて欲しい時はすぐに言うこと」
「うん!」
ボーゲンの芽生くんとパラレルターンを学んだばかりの宗吾さん。
僕達はゆっくりゆっくり丁寧に滑り降りていく。
「わぁぁぁ――」
「大丈夫ですか」
「おう!」
「宗吾~ 両足の膝をつけて滑るんだ!」
「OK!」
「おい、目線を下げるな! 行きたい方向に目線を持っていけ!」
「了解!」
くすっ、なかなかスパルタな広樹兄さんだな。
でも宗吾さんにはガッツがある。まだ足りない技術を情熱で補ってしまう活力のある人だ。
ふと僕を抱く時の宗吾さんを思い出して、照れ臭くなった。いやいや夜の技術も満点だけれど……って、あーまた僕は宗吾さんが雪まみれで転がっているのに、頭の中でこんなこと考えて……もうっ幸せ惚けっていうのかな?
「お兄ちゃん、たいへんだよ」
「どうしたの?」
「あのね……ゴーグルをしているとお口だけしか見えないんだよ」
「うん?」
「あのね、ちょっとだけ……お兄ちゃん、こわかった」
「え? なんで?」
芽生くんに怖いと言われて驚いてしまった。
「あのね、さっき……おにいちゃんのお口、とってもしまりがなかったよ」
「えぇ!」
慌てて口を押さえて、真っ赤になってしまった。
そんな言葉よく知っているね。宗吾さんのお母さんの影響は偉大だ。
「ははっ、瑞樹と芽生は何を話してるんだぁ?」
雪まみれの宗吾さんが斜面から這い上がって、興味津々に聞いてくるので焦った。
「なんでもないです。さ……さぁ滑りますよ!」
「えーもう? 君も案外スパルタだなぁ」
その後はスキーに集中した。
雄大な駒ケ岳を眼前に、颯爽と滑り降りた。
「宗吾はかなり上達したよな」
「広樹のお陰だ」
兄さんと宗吾さんが、笑顔でハイタッチしている。
「おっと、もうこんな時間か。日が暮れそうだな」
「広樹、最後に瑞樹と上級者コースに行ってこいよ。俺と芽生は雪遊びしているからさ」
芽生くんは少し疲れたようで、座り込んでいた。
「そうか、じゃあ瑞樹、一度だけ俺に付き合ってくれるか」
「あ……うん!」
そんな訳で、兄さんと上級者コースを滑ることになった。
自然のうねりを生かした難しいコースだが、とてもいいコースだった。
木立の間を風を斬って一気に降下する。
「瑞樹が前を行け!」
「うん!」
いつかのように、僕が先頭で滑る。
昔はこれが怖かった。
振り向いたら誰もいなくなってしまっていたらどうしよう?
そう思うと怖かった。
だが、いつだって兄さんがいてくれた。
後方から僕をずっと見守り、支えてくれた。
今日もそうだ。
見守ってくれている。
僕の掴んだ幸せを――
「おいっ! 瑞樹、危ないぞ!」
「あっ」
「馬鹿、よそ見するなって言っただろう!」
少しの気の緩みで危うくコースアウトするところだった。しかも急いで止まった拍子に珍しく転んでしまった。
「あっ!」
「大丈夫か!」
「ごめんなさい」
「お前に何かあったらどうする? 瑞樹は一人じゃないんだ。大好きな人に囲まれているんだ。だからっ」
声が詰まって……兄さん……もしかして……泣いて?
ゴーグルの向こうの表情は、窺えない。
「……瑞樹、幸せを掴んでくれてありがとう」
突然兄さんにハグされて驚いたが、嬉しかった。
昔、こんな風にコースアウトして転んだ時、兄さんが僕を抱きしめて泣いたのを思い出した。
……
「瑞樹、どこにも行くな! ここにいてくれ!」
「兄さん?」
「ごめん……お前がふっと消えそうで」
……
両親を亡くしたばかりの僕は、自分を見失っていた。でも兄さんの強い願いを感じ……まだ……こうやって僕を抱きしめてくれる人がいるのか。命って重いんだな……そんな風に感じられた。
「兄さん、ごめん。自分を大切にするよ。もっともっと――これからは」
「あぁ絶対だぞ! 約束だぞ!」
「うん。お兄ちゃん……ありがとう」
幼い頃のように呼ぶと、広樹兄さんが破顔した。
ゴーグルで口元しか見えないが、明るい笑顔だった。
「さぁ戻ろう、二人のところへ」
「うん、もう宿にもどろう。お風呂は温泉だって。あと日本酒を宗吾さんが買ってきたよ」
「有り難いな。旅行らしい旅行なんて久しぶりだから嬉しいよ」
「兄さんはいつも働き過ぎだから。身体を大事にしてね」
「可愛い弟だなぁ、瑞樹は」
そのまま一気に滑り降りると、黄色いスキーウェアと赤いスキーウェアが遠目からもよく見えた。
空に瞬く北極星のように、僕は宗吾さんと芽生くんを目指して滑り降りる。
美しいシュプール。
一直線に続く愛の道。
イヤな予感は的中してしまう。
出発が雪の影響で少し遅れるとのアナウンスだ。
しまった! もっと早く出ればよかった。
もう1本前の飛行機を目指せば良かったのか。
だがバレンタイン・アレンジメントの売れ行きが良く、お客様がひっきりなしだったから、そんな余裕はなかった。
実家を手伝うと言い出したのはオレだ。
自分の言葉には責任を持ちたい。
それは菫さんといっくんに対しても同じだ。
もう絶対にずるはしない。
正々堂々と歩んでいく。
だから飛行機よ、早く飛んでくれ!
いっくんの声が聞こえるんだ。
「パパ、パパぁ……どこなのぉ? さみしいよぅ……」
****
僕達はリフトに乗って、ファミリーコースというルートを滑ることにした。
全長2km、初心者でも安心な緩やかな斜面と幅広いロングコースだ。
「瑞樹、北海道のスキー場は広いな~」
「はい! ここはコース幅が広いので、宗吾さんと芽生くんの練習には最適のバーンですよ」
「よしっ! 頑張るよ。練習の成果を君に見せたい」
「はい」
熱い眼差しを受けて、照れ臭くなる。
宗吾さん、スキーの勘もかなり取り戻せたようで良かったですね。
「お兄ちゃん、ボクもがんばるね」
「うん、無理しちゃだめだよ。助けて欲しい時はすぐに言うこと」
「うん!」
ボーゲンの芽生くんとパラレルターンを学んだばかりの宗吾さん。
僕達はゆっくりゆっくり丁寧に滑り降りていく。
「わぁぁぁ――」
「大丈夫ですか」
「おう!」
「宗吾~ 両足の膝をつけて滑るんだ!」
「OK!」
「おい、目線を下げるな! 行きたい方向に目線を持っていけ!」
「了解!」
くすっ、なかなかスパルタな広樹兄さんだな。
でも宗吾さんにはガッツがある。まだ足りない技術を情熱で補ってしまう活力のある人だ。
ふと僕を抱く時の宗吾さんを思い出して、照れ臭くなった。いやいや夜の技術も満点だけれど……って、あーまた僕は宗吾さんが雪まみれで転がっているのに、頭の中でこんなこと考えて……もうっ幸せ惚けっていうのかな?
「お兄ちゃん、たいへんだよ」
「どうしたの?」
「あのね……ゴーグルをしているとお口だけしか見えないんだよ」
「うん?」
「あのね、ちょっとだけ……お兄ちゃん、こわかった」
「え? なんで?」
芽生くんに怖いと言われて驚いてしまった。
「あのね、さっき……おにいちゃんのお口、とってもしまりがなかったよ」
「えぇ!」
慌てて口を押さえて、真っ赤になってしまった。
そんな言葉よく知っているね。宗吾さんのお母さんの影響は偉大だ。
「ははっ、瑞樹と芽生は何を話してるんだぁ?」
雪まみれの宗吾さんが斜面から這い上がって、興味津々に聞いてくるので焦った。
「なんでもないです。さ……さぁ滑りますよ!」
「えーもう? 君も案外スパルタだなぁ」
その後はスキーに集中した。
雄大な駒ケ岳を眼前に、颯爽と滑り降りた。
「宗吾はかなり上達したよな」
「広樹のお陰だ」
兄さんと宗吾さんが、笑顔でハイタッチしている。
「おっと、もうこんな時間か。日が暮れそうだな」
「広樹、最後に瑞樹と上級者コースに行ってこいよ。俺と芽生は雪遊びしているからさ」
芽生くんは少し疲れたようで、座り込んでいた。
「そうか、じゃあ瑞樹、一度だけ俺に付き合ってくれるか」
「あ……うん!」
そんな訳で、兄さんと上級者コースを滑ることになった。
自然のうねりを生かした難しいコースだが、とてもいいコースだった。
木立の間を風を斬って一気に降下する。
「瑞樹が前を行け!」
「うん!」
いつかのように、僕が先頭で滑る。
昔はこれが怖かった。
振り向いたら誰もいなくなってしまっていたらどうしよう?
そう思うと怖かった。
だが、いつだって兄さんがいてくれた。
後方から僕をずっと見守り、支えてくれた。
今日もそうだ。
見守ってくれている。
僕の掴んだ幸せを――
「おいっ! 瑞樹、危ないぞ!」
「あっ」
「馬鹿、よそ見するなって言っただろう!」
少しの気の緩みで危うくコースアウトするところだった。しかも急いで止まった拍子に珍しく転んでしまった。
「あっ!」
「大丈夫か!」
「ごめんなさい」
「お前に何かあったらどうする? 瑞樹は一人じゃないんだ。大好きな人に囲まれているんだ。だからっ」
声が詰まって……兄さん……もしかして……泣いて?
ゴーグルの向こうの表情は、窺えない。
「……瑞樹、幸せを掴んでくれてありがとう」
突然兄さんにハグされて驚いたが、嬉しかった。
昔、こんな風にコースアウトして転んだ時、兄さんが僕を抱きしめて泣いたのを思い出した。
……
「瑞樹、どこにも行くな! ここにいてくれ!」
「兄さん?」
「ごめん……お前がふっと消えそうで」
……
両親を亡くしたばかりの僕は、自分を見失っていた。でも兄さんの強い願いを感じ……まだ……こうやって僕を抱きしめてくれる人がいるのか。命って重いんだな……そんな風に感じられた。
「兄さん、ごめん。自分を大切にするよ。もっともっと――これからは」
「あぁ絶対だぞ! 約束だぞ!」
「うん。お兄ちゃん……ありがとう」
幼い頃のように呼ぶと、広樹兄さんが破顔した。
ゴーグルで口元しか見えないが、明るい笑顔だった。
「さぁ戻ろう、二人のところへ」
「うん、もう宿にもどろう。お風呂は温泉だって。あと日本酒を宗吾さんが買ってきたよ」
「有り難いな。旅行らしい旅行なんて久しぶりだから嬉しいよ」
「兄さんはいつも働き過ぎだから。身体を大事にしてね」
「可愛い弟だなぁ、瑞樹は」
そのまま一気に滑り降りると、黄色いスキーウェアと赤いスキーウェアが遠目からもよく見えた。
空に瞬く北極星のように、僕は宗吾さんと芽生くんを目指して滑り降りる。
美しいシュプール。
一直線に続く愛の道。
11
お気に入りに追加
834
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる