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小学生編

花びら雪舞う、北の故郷 12

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「ママぁ……さみしいよぅ」
 
 とっくに眠ったと思ったのに、いっくんが起きてきてしまった。

「いっくんってば起きちゃったの? 早く寝ないと駄目よ」
「やだもん! パパ、くるもん」
「もうっ何を言ってるの。パパはこないし、そもそも……いないでしょう?」

 あぁ、私って最低だわ。
 小さな子供相手に、とうとう言ってしまった。
 するといっくんが目に大きな涙を溜めて、私を見上げた。
 もともと潤んだような大きな瞳が、ぐっしょり濡れて切なくなった。
 
「どうちて……どうちて……ちがうの?」

  もう、それ以上言わないで。
 どうしようもない感情にもみくちゃにされてしまう。

「ごめんね、ごめんね」
「ママ……パパは?」

 いっくんには、まだよく分からないよね。どうして自分には、パパがいないのか。

「あのね、いっくんのパパはね……もう、しん……」

 そこで電話が鳴った。

「菫さん、オレ」
「潤くん! どうして?」
「菫さんの声が聞きたくなって」

 いっくんが私の膝に乗って、耳をそばだてる。

「パパ、パパでしゅか」
「いっくん、駄目よ、そんな風に呼んだら。潤くん、もう、私寝るから」
「あっ菫さん、逃げないで。オレ本気だから……オレ、母と兄たちに全部話したよ」

 ドキッとした。
 反対されたに決まっている。
 
「潤くんは皆さんにとって大切な息子さんよ。私みたいなシングルマザーなんて駄目よ。
 潤くんには明るい未来があるのに」
「菫さん! オレの話を聞いてくれよ」

 ビシッと言われた。
 こういう所、潤くんは年下なのにカッコイイ。
 真っ直ぐな人なんだわ。

「勝手に解決しないで欲しい。オレじゃ駄目? オレじゃ不安?」
「だって……皆さん反対されたでしょう」
「いいや、皆、理解して応援してくれた」
「うそ……」
「オレの母さんも、父さんと死別して……赤ん坊だったオレを一人親で育てた人だ。菫さんのこと、理解できるよ」
「でも……いっくんがいるのに」
「菫さん、よく聞いて。オレには二人の大事な兄がいて、ひとりは血が繋がらない兄なんだ。オレが5歳の時に出来た兄だ。だから……オレならいっくんの気持ちもよく分かると思う。だから、どうか信じてくれないか」

 潤くんは年下なのに、逞しい言葉でグイグイと私を導いてくれる。

「出逢って間もないのに、どうして私をそこまで信じてくれるの?」
「ただ信じているから。菫さんはオレのこと信じられない?」
 
 いっくんに接する姿は、嘘偽りない姿よ。
 それは私が一番よく分かっている。  

「ママ、パパでしょう? いっくんももしもししたいよ」
「菫さん、いっくんと話しても?」
「えぇ」

 いっくんは目を擦りながらも、本当にうれしそうな様子だった。

「ぱ、ぱ、さみしい。あいたいよ」
「いっくん、オレがパパでいいか。いっくんのパパになってもいいか」
「パパだよ? さいしょからわかったもん。いっくんね、ずっとさがしていたんだよ」
「くっ、可愛いことを。あと3回寝たら会えるよ」
「いっくん、いいこにしてる」

 慎重になるのは、間違いではない。
 でも、思いっきり跳び越える時も必要なのよね。

「潤くん、帰ってきたら、改めて私と会って欲しいの」
「あぁ、この先は直接言いたい」

 この先は、もう二度とときめかないと思っていた心がトクトクと動き出す。

 天国の彼も、許してくれるかな?

 いっくんと一緒に……私ももう一度幸せになってもいいのかな?


 ****

「潤……戻ってきませんね」
「ラブコール中だろう。しかし驚いたな。今にも結婚しそうだな」
「そうですね。そうなって……欲しいです」
「俺もそう思うよ。瑞樹も良かったな」

 抱きしめながら囁いてやると、瑞樹がふわりと微笑んだ。

「嬉しくて――、あの小さかった潤がと思うと……僕もいっくんに会ってみたいです」
「あぁ、また忙しくなるな」
「あの、でも今はこの旅行に集中したいんです。明日止まるコテージ、楽しみですね」
「俺達の家だもんな」
「はい、いつかの夢を少しだけ先に見たいです」
  
 寒い夜だったが、温もりを分かち合いながら眠りについた。

 翌朝、芽生の声で飛び起きた。

「パパ、ボクをとびこえちゃったの? おにいちゃんとアチチだねぇ」
「あ! 芽生、もう起きたのか」
「えへへ、今日はスキーだから」

 芽生はひとりでスキーウェアを、着込んでいた。

「瑞樹、瑞樹、起きろ!」
「え? あ……僕、寝坊してしまいました」
「実家だから、気が緩んでいるんだな。可愛いなぁ」
「だ、駄目ですって。芽生くんが」

 瑞樹の唇にキスしようとして、ハッとした。

「おっと、ごめんな」
「パパたち、ちゅうしてもいいよ?」
「え?」
「がいこくじゃ、普通にチューするんだよ」
「詳しいな」
「だって僕、また行ってきたんだもん」
「あ……もしかして、またイギリスに行く夢を見たの?」
「しーっ、パパにはナイショ」

 どうやら空想話で盛り上がっているようだ。

 下の部屋に行くと、瑞樹は広樹兄からも朝の熱烈な挨拶を受けていた。

「瑞樹ぃ~ よく眠れたか。お前はこの家にいるなんて嬉しいぜ」
「わ! 兄さん、ここでもする? もー髭、ちゃんと剃ってよ」
「お兄ちゃん、それってジョリジョリして、いたいだよねぇ」

 芽生がうんうんと頷いて、同意している。

「おー、芽生坊もおはようするかぁ」
「わぁぁ、お兄ちゃんーたすけて」
「ははっ」

 狭い家だが、和気あいあいとしていい雰囲気だ。

「ふぎゃ、ふぎゃあああ」
「優美ちゃんが泣いちゃったみたい。ヒロくん、おむつ、いい?」
「おう!」

 広樹がおむつを手際よく替えるのを見て、感心した。

 オレ……芽生のおむつ替えたことあったっけ? ひどい父親だったな。

「ねぇねぇ瑞樹くん、優美にミルクあげてみる?」
「いいんですか」
「もちろんよ。あなたは、おじさんだもん」

 みっちゃんから哺乳瓶を受け取ると、瑞樹が花のように微笑んだ。

「宗吾さんも一緒に来て下さい。芽生くんもおいで」

 瑞樹が小さな赤ん坊を横抱きにして、哺乳瓶の乳首を近づけると、優美ちゃんが美味しそうに口に含んだ。

「んっんっ」

 一生懸命汗をかきながら全身で飲む様子が、可愛くて溜まらない。

「可愛いですね」
「ゆーみーちゃん、メイだよ」
「優美ちゃんは、瑞樹の姪っ子だもんな。美人になるぞ~」
「あぶ、あぶ……」
「もっとかな?」
  


 まるで優美ちゃんが俺達の子のように感じる不思議な時間だった。

 優しい人に囲まれていると、こんなにも心が丸くなるのか。

 この家は、優しさで満ちている。

 自分以外の人の幸せを願う心のゆとりが、ここにはある。

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