上 下
938 / 1,730
小学生編

花びら雪舞う、北の故郷 10

しおりを挟む
 その晩、僕たちは二階の部屋に布団をギュウギュウに敷いて眠った。

 潤、僕、芽生くん、宗吾さんの順番だ。

「なんかオレ、お邪魔虫だよな、悪いな」
「そんなことないよ、潤。それに宗吾さんと芽生くんは、もう夢の中だよ」
「本当だ! 芽生坊の寝顔は、まだまだあどけなくて可愛いな」
「可愛いよね」

 宗吾さんは広樹兄さんに付き合って日本酒を沢山飲んだらしく、コテンと眠りに落ちてしまった。芽生くんより早かったかも?

 僕も日本酒には弱いが、宗吾さんもそんなに強くないのかも?

 それにしても芽生くんと宗吾さんは、寝顔がよく似ている。

 やはり親子なのだなと、ついニヤニヤしてしまう。

「んん……」

 芽生くんがゴロンと寝返りを打って、布団を撥ね除けてしまう。

 子供は暑がりだから、真冬でも布団を蹴飛ばしてしまうんだよね。

 どんな芽生くんも、僕は可愛くて仕方が無い。

「芽生くん、お布団に入ろうね」

 そっと布団をかけ直してあげようと手を伸ばすと、潤が先に掛けてくれた。

「ありがとう。潤も小さい時こんな風にいつも布団を跳ね飛ばしていたよ」
「うげげ、じゃあいつも兄さんが掛けてくれたのか」
「うん……僕と一緒に眠っていたからね」
「すまん! 兄さんは小さい時からお世話係にさせちまって」
「いや、大丈夫。僕はね、元来……そういうのが好きみたいだ」
「兄さんは、すっかり芽生坊のもう一人のパパだよ」

 潤にそう言われて、照れ臭くなった。

「潤、昼間の話をもっと聞かせてくれないか」
「あぁ、オレもしたかった。聞いてくれるのか」
「うん」

……

「あの、ずっと抱っこしていて、重くないですか」
「全然! こんなの肥料や土みたいなもんですよ。あっ、すみません。大切なお子さんをそんな例えで」
 
 ついいつもの調子になってしまい慌てて訂正すると、くすくすと笑われてしまった。

「いえ、面白いし、分かりやすいです」
「あのね、いっくん、あっちのはっぱもみたいよ」
「よーし、手を伸ばしてみろ」
「うん! よいしょっと」

 雪を被った葉っぱに触れさせてやると、樹くんが、また目を大きく輝かせていた。

「こんなにつめたいのに、はっぱさんげんきでしゅね」
「生きてるからな」
「はっぱさんはいきてるのいいなぁ……ぼくのパパはいないのに」

 なかなか重たい言葉だった。
 この子は父親の顔を覚えているのだろうか。

「いっくんってば……ママがいるでしょ」
「うん、ママ、だーいすきだよ」
「ありがとう。ごめんね」

 肉親との死別がどんなに辛いのか、オレは知っている。

「あの……オレも……赤ん坊の頃に父がなくなったので、その……」
「そうなんですね。あの、あなたの名前を聞いても?」
「あ、葉山 潤です」
「潤くんか……潤いのある名前でいいわね」
「あの、……その」
「あ、私は山中 菫 《すみれ》です」

 菫さんか……

 菫とは道端にひっそりと咲き春を教えてくれる、可憐な花のことだ。

「ママのなまえ、おはなのなまえなんだよ。いっくんはきいろいおはながすき」
「黄色い菫もあるんだよ」
「私も知っています。黄色の花言葉が好きなんですよ」

 菫さんはオレより年上だろうが威圧的ではない。

 そうだ。少し兄さんと似ているな。ソフトな雰囲気で、花言葉を出すところなんかも。

「花言葉教えて下さい。オレ集めているんですよ」
「あ……あのね。黄色い菫の花言葉は『田園の幸福』『つつましい喜び』なんですよ。私はこの言葉がとても好きなんです。私ずっと長野の軽井沢で生きていて、贅沢よりも自然が好きだから」

 名前の通り、野の花のような人だと、心が凪いだ。

 派手で人工的な匂いのする女性にはもう辟易だ。酒も煙草も麻雀も……もう充分経験した。軽井沢で暮らすようになって、この空気が気に入り永住してもいいと思っている程だ。

「オレもですよ。オレは北海道出身ですが、この土地の虜だ」
「そうなのね! 嬉しいわ」

……

 潤、それがきっかけだったんだね。

 きっとその日から頻繁に会うようになったんだね……それは、とても自然に。

「分かるよ、運命の出会いってそんなものだ」
「兄さんもそうだった?」
「うん、宗吾さんと出会った日から、運命の流れが変わったような気がした」
「オレもだ」
「芽生くんがいたからかな。距離が一気に縮まったよ」
「オレも、いっくんが……最近、オレをパパって呼んでくれたんだ」
「そうなの? 本当に潤に懐いているんだね。その辺りのことも聞かせて欲しいな」
 

……
 
「潤、今日は朝からご機嫌だな。あれか、あの可愛い親子のせいか」
「う……バレバレですか」
「懐いているよな。あの天使のような可愛い子供が、強面のお前に」
「え? おれって強面ですか」
「もうちょい笑った方がいいかもな。ほれっ」

 頬をつねられ苦笑してしまった。瑞樹みたいに少女漫画に出てくるような美形でも優しい顔だちでもないから、無表情でぼーっとしていると、ムッとしているように見えるらしい。
 
「イタタ……北野さん酷いなぁ」
「未来の植物博士くんによろしくな」
「すみません、仕事中に」
「どうせ、冬期は地元の人しか来ないからガラガラだし、大事なお客さんだよ」


 
 いつものように庭の手入れをしていると、ぱふっと背中に小さな温もりを感じた。

「えへへ」
「いっくん! 菫さん」
「また来ちゃいました。いっくんが潤くんのこと気に入ってしまって」
「いっくんだけですか」

 しまった。口が滑った。
 
「え? あ……あのね、私もって言ったら……迷惑よね」
「全然! むしろ嬉しい!」
「あ……いい笑顔。潤君は長野の山みたい。いつもドシンと見守ってくれて頼り甲斐あって」

 照れ臭くて、嬉しくて溜まらなかった。

 菫さんに会うたびに、好きになる。

 いっくんを抱き上げる度に好きになる。

「いっくんね、おにいちゃんがだーいすき」

 無条件な好きに、涙が出た。

 オレがしてきたことを思えば、許されないことなのかもしれないが、この幸せを守りたくなった。

 そしてまたある日、いっくんが涙目でオレに抱きついてきた。

「どうしたんですか」
「保育園で、喧嘩しちゃったみたいで」
「どうした? いっくん?」
 
 高く抱っこしてやり、ほっぺたをくっつけて聞くと、いっくんがポロポロと泣いた。

「オレに話してごらん」
「あのね、ママといっくんって、とってもかわいそうな子なんだって。パパがいないから、ママいじめられちゃう」
「そんなことない! そんなことで幸せかどうかは決まらないよ」
「いっくん……おにいちゃんがパパがいいよぅ」
「え?」
 
 キュンと来た。

 オレもそう思っていたさ。

 いっくんのパパになりたい。菫さんを愛したいって――

 ……

 潤の話に貰い泣きしそうだった。

「兄さん……こんなオレでも望んでもいいか。オレ、この手で二人を幸せにしてやりたいんだ。オレの手……こんなに汚れているのに、二人を汚しちゃわないか……こわくなる」

 潤が自分の手を見つめて苦渋の表情を浮かべたので、僕はその手を包んでやった。

「潤の手はキレイだ。土と植物に毎日触れている立派な手だ!」
「に、兄さん……オレ、こわいよ」
「大丈夫だ! 潤、潤の……この手で幸せを掴んで欲しい」

 潤の手を必死に擦りながら、僕は願った。

 この弟の幸せを、強く、強く――
 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...