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小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 4
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青ざめる顔。
震える身体。
瑞樹を抱きしめ、口づけと抱擁で俺の温もりを分けてやった。
今日の俺は少々強引で、彼に無理強いをしている自覚はある。
だが、ここで乗り越えないと、控えめでいじらしい君は、いつまで経っても故郷で伸び伸びと過ごせないだろう。
今日、函館空港に着いてから、どこか浮かない顔。ちぐはぐな笑顔、しきりにチラチラと何かを気にする様子に、心が痛んだ。
『高橋 柾《まさき》』
それが瑞樹を拉致監禁した男の本名だ。
君がアイツの情報を、どこまで知っているのか分からない。
あの男が経営していた『高橋建設』は、函館では有数の大きな会社で知名度も高かった。だから広告宣伝のための看板を至るところに張り巡らせ、工事現場も市内で多かったのも当然だ。
つまりあの会社のマークを街で見かける確率が高いのを、君は知っていたから、今回も気にしていたのだ。
工事現場のマークをやり過ごすことは乗り越えられたようだが、まだ完璧ではなかったのも知っている。
広告代理店の仲間を通じて地元の情報を調べてもらうと、以前は……あいつ自身がヘルメットを被り出演していたポスターもあった。これは居たたまれなかったろう。君が学生時代、積極的に帰省できなかったのは潤くんとの問題だけでないのが伝わってきた。
瑞樹が今までどんなに怖い思いをして、函館で息を潜めて過ごしていたのか。想像するだけで、苦しくなる。
実は昨年、林さんから急に呼び出され、偶然にも高橋柾という男の行方を知ることとなった。
あれから彼は出所してグループホームで過ごしており、最初は改心せずにまたとんでもない悪巧みを練っていたようだが、それを阻止してくれた人物がいたそうだ。その人の仲介もあり、高橋はとある人物と出会い、過去を悔い、反省し、人の痛みを知る男に生まれ変わったそうだ。
今はもう……函館には戻らず、その人と遠い場所で真面目に人生をやり直しているという情報を得た。
彼が経営していた会社は、彼が刑期を受けたことにより経営が悪化し高橋一族は、大手ゼネコンの小林組に経営譲渡してから地元を離れたそうだ。
つまり罪のない従業員の生活は保障され、高橋一族だけがごそっといなくなった状態だそうだ。
だから今から君を連れて行く場所には、もう『高橋建設』という看板はない。
詳しい経緯は知らなくていいから、とにかくもうないことだけは瑞樹の目で、しっかりと確かめて欲しい。
「宗吾さん……ごめんなさい。僕、やっぱり無理です。怖いんです」
「もう少しだ。あのビルだろう」
「うっ」
瑞樹の瞳が濁る。
もう帰ろうかとも思ったが……ここで一歩踏み出せなかったら、瑞樹はずっと引き摺ってしまうだろう。
惨いようだが、塗り替えてやりたいのだ!
「来い!」
「あっ」
嫌がる瑞樹の手を引いて、会社の前に立たせた。
足がカタカタ震えている。
肩が小刻みに震えている。
「瑞樹、頼むから顔を上げてくれ。どうか……君の目でちゃんと確かめて欲しい」
人通りもない道だ。
俺は優しく君の顎を掴んで、顔をあげさせた。
「あ……」
君は絶句していた。
忌々しい『高橋建設』の社名看板は、もうここにはない。
明るいオレンジ色と緑の『小林組』というメジャーな看板が輝いていた。
「あ……、もうない。名前が……小林組って……この会社なら僕も入社式の設営で行ったことがあります」
「そういうこと。経営譲渡してあの一族は函館から出て行ったんだ」
瑞樹は、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「お、おい。大丈夫か」
「宗吾さん……僕……気が抜けてしまいました」
「だから、もう大丈夫だって言っただろう」
「はい……でも……信じられなくて、ごめんなさい」
今すぐ君を抱きしめたい衝動に駆られた。
それが出来ないのがもどかしいよ。
「もう一つやりたいことがある」
「何ですか」
「向こうからこちらに歩いてきてくれ」
「一人で歩けるところが見たいのですか」
「出来そうか」
「やってみます」
瑞樹がふっと微笑んで、背を向けた。
「宗吾さん……ちゃんと見ていて下さいね」
「おぉ!」
ミルクティー色のダウンコートを着た瑞樹が、さっきよりずっと明るい表情で俺に向かって歩いてくる。
俺はちょうどアイツの会社だったビルの正面玄関で、瑞樹に話し掛けた。
手に持っていた紙袋を開き、小さな白薔薇のブーケを取り出して、瑞樹の手に持たせた。
「葉山……瑞樹くん」(こんな風に呼ぶのは初めてかもな)
「え……は、はい」
「俺と付き合って下さい」
「そ……宗吾さんは……うっ……もう……全部……塗り替えてくれるのですね」
「そうだ。もう悪夢は見ない。もう全部上書きしてやった」
広樹から事前に聞いていた。
高校時代ストーカー被害にあったきっかけ。あいつとの最悪な出会いがどんなものだったか。
真っ赤な薔薇の大きな花束をいきなり差し出されて、告白されたと……
そんな思い出は、俺が全部塗り替える。
これは広樹に頼んで、こっそり作ってんもらった
白薔薇の花言葉は『純潔』だけでない。 白薔薇はパートナー間でのサプライズプレゼントにもピッタリな花で、その理由は「相思相愛」「約束を守る」という花言葉があるそうだ。(広樹がアドバイスしてくれたんだ)
「瑞樹と俺は『相思相愛』だろう?」
「あ……はい」
「俺は君をひとりにさせないと誓う。その約束を永遠に守るよ」
その時、車のクラクション音が響く。
「よし、迎えが来たな」
「宗吾、瑞樹……大丈夫か。乗れよ」
広樹が花屋のバンで迎えに来てくれたのだ。
「いいタイミングだ」
「兄さん……兄さんっ」
瑞樹は後部座席で、白いミニブーケ持ったまま俺の胸にもたれ……やはりまた泣いてしまった。
「……ほっとしたんです。もう怖くないのが嬉しくて……」
あとがき(不要な方はスルーです)
震える身体。
瑞樹を抱きしめ、口づけと抱擁で俺の温もりを分けてやった。
今日の俺は少々強引で、彼に無理強いをしている自覚はある。
だが、ここで乗り越えないと、控えめでいじらしい君は、いつまで経っても故郷で伸び伸びと過ごせないだろう。
今日、函館空港に着いてから、どこか浮かない顔。ちぐはぐな笑顔、しきりにチラチラと何かを気にする様子に、心が痛んだ。
『高橋 柾《まさき》』
それが瑞樹を拉致監禁した男の本名だ。
君がアイツの情報を、どこまで知っているのか分からない。
あの男が経営していた『高橋建設』は、函館では有数の大きな会社で知名度も高かった。だから広告宣伝のための看板を至るところに張り巡らせ、工事現場も市内で多かったのも当然だ。
つまりあの会社のマークを街で見かける確率が高いのを、君は知っていたから、今回も気にしていたのだ。
工事現場のマークをやり過ごすことは乗り越えられたようだが、まだ完璧ではなかったのも知っている。
広告代理店の仲間を通じて地元の情報を調べてもらうと、以前は……あいつ自身がヘルメットを被り出演していたポスターもあった。これは居たたまれなかったろう。君が学生時代、積極的に帰省できなかったのは潤くんとの問題だけでないのが伝わってきた。
瑞樹が今までどんなに怖い思いをして、函館で息を潜めて過ごしていたのか。想像するだけで、苦しくなる。
実は昨年、林さんから急に呼び出され、偶然にも高橋柾という男の行方を知ることとなった。
あれから彼は出所してグループホームで過ごしており、最初は改心せずにまたとんでもない悪巧みを練っていたようだが、それを阻止してくれた人物がいたそうだ。その人の仲介もあり、高橋はとある人物と出会い、過去を悔い、反省し、人の痛みを知る男に生まれ変わったそうだ。
今はもう……函館には戻らず、その人と遠い場所で真面目に人生をやり直しているという情報を得た。
彼が経営していた会社は、彼が刑期を受けたことにより経営が悪化し高橋一族は、大手ゼネコンの小林組に経営譲渡してから地元を離れたそうだ。
つまり罪のない従業員の生活は保障され、高橋一族だけがごそっといなくなった状態だそうだ。
だから今から君を連れて行く場所には、もう『高橋建設』という看板はない。
詳しい経緯は知らなくていいから、とにかくもうないことだけは瑞樹の目で、しっかりと確かめて欲しい。
「宗吾さん……ごめんなさい。僕、やっぱり無理です。怖いんです」
「もう少しだ。あのビルだろう」
「うっ」
瑞樹の瞳が濁る。
もう帰ろうかとも思ったが……ここで一歩踏み出せなかったら、瑞樹はずっと引き摺ってしまうだろう。
惨いようだが、塗り替えてやりたいのだ!
「来い!」
「あっ」
嫌がる瑞樹の手を引いて、会社の前に立たせた。
足がカタカタ震えている。
肩が小刻みに震えている。
「瑞樹、頼むから顔を上げてくれ。どうか……君の目でちゃんと確かめて欲しい」
人通りもない道だ。
俺は優しく君の顎を掴んで、顔をあげさせた。
「あ……」
君は絶句していた。
忌々しい『高橋建設』の社名看板は、もうここにはない。
明るいオレンジ色と緑の『小林組』というメジャーな看板が輝いていた。
「あ……、もうない。名前が……小林組って……この会社なら僕も入社式の設営で行ったことがあります」
「そういうこと。経営譲渡してあの一族は函館から出て行ったんだ」
瑞樹は、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「お、おい。大丈夫か」
「宗吾さん……僕……気が抜けてしまいました」
「だから、もう大丈夫だって言っただろう」
「はい……でも……信じられなくて、ごめんなさい」
今すぐ君を抱きしめたい衝動に駆られた。
それが出来ないのがもどかしいよ。
「もう一つやりたいことがある」
「何ですか」
「向こうからこちらに歩いてきてくれ」
「一人で歩けるところが見たいのですか」
「出来そうか」
「やってみます」
瑞樹がふっと微笑んで、背を向けた。
「宗吾さん……ちゃんと見ていて下さいね」
「おぉ!」
ミルクティー色のダウンコートを着た瑞樹が、さっきよりずっと明るい表情で俺に向かって歩いてくる。
俺はちょうどアイツの会社だったビルの正面玄関で、瑞樹に話し掛けた。
手に持っていた紙袋を開き、小さな白薔薇のブーケを取り出して、瑞樹の手に持たせた。
「葉山……瑞樹くん」(こんな風に呼ぶのは初めてかもな)
「え……は、はい」
「俺と付き合って下さい」
「そ……宗吾さんは……うっ……もう……全部……塗り替えてくれるのですね」
「そうだ。もう悪夢は見ない。もう全部上書きしてやった」
広樹から事前に聞いていた。
高校時代ストーカー被害にあったきっかけ。あいつとの最悪な出会いがどんなものだったか。
真っ赤な薔薇の大きな花束をいきなり差し出されて、告白されたと……
そんな思い出は、俺が全部塗り替える。
これは広樹に頼んで、こっそり作ってんもらった
白薔薇の花言葉は『純潔』だけでない。 白薔薇はパートナー間でのサプライズプレゼントにもピッタリな花で、その理由は「相思相愛」「約束を守る」という花言葉があるそうだ。(広樹がアドバイスしてくれたんだ)
「瑞樹と俺は『相思相愛』だろう?」
「あ……はい」
「俺は君をひとりにさせないと誓う。その約束を永遠に守るよ」
その時、車のクラクション音が響く。
「よし、迎えが来たな」
「宗吾、瑞樹……大丈夫か。乗れよ」
広樹が花屋のバンで迎えに来てくれたのだ。
「いいタイミングだ」
「兄さん……兄さんっ」
瑞樹は後部座席で、白いミニブーケ持ったまま俺の胸にもたれ……やはりまた泣いてしまった。
「……ほっとしたんです。もう怖くないのが嬉しくて……」
あとがき(不要な方はスルーです)
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