932 / 1,743
小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 4
しおりを挟む
青ざめる顔。
震える身体。
瑞樹を抱きしめ、口づけと抱擁で俺の温もりを分けてやった。
今日の俺は少々強引で、彼に無理強いをしている自覚はある。
だが、ここで乗り越えないと、控えめでいじらしい君は、いつまで経っても故郷で伸び伸びと過ごせないだろう。
今日、函館空港に着いてから、どこか浮かない顔。ちぐはぐな笑顔、しきりにチラチラと何かを気にする様子に、心が痛んだ。
『高橋 柾《まさき》』
それが瑞樹を拉致監禁した男の本名だ。
君がアイツの情報を、どこまで知っているのか分からない。
あの男が経営していた『高橋建設』は、函館では有数の大きな会社で知名度も高かった。だから広告宣伝のための看板を至るところに張り巡らせ、工事現場も市内で多かったのも当然だ。
つまりあの会社のマークを街で見かける確率が高いのを、君は知っていたから、今回も気にしていたのだ。
工事現場のマークをやり過ごすことは乗り越えられたようだが、まだ完璧ではなかったのも知っている。
広告代理店の仲間を通じて地元の情報を調べてもらうと、以前は……あいつ自身がヘルメットを被り出演していたポスターもあった。これは居たたまれなかったろう。君が学生時代、積極的に帰省できなかったのは潤くんとの問題だけでないのが伝わってきた。
瑞樹が今までどんなに怖い思いをして、函館で息を潜めて過ごしていたのか。想像するだけで、苦しくなる。
実は昨年、林さんから急に呼び出され、偶然にも高橋柾という男の行方を知ることとなった。
あれから彼は出所してグループホームで過ごしており、最初は改心せずにまたとんでもない悪巧みを練っていたようだが、それを阻止してくれた人物がいたそうだ。その人の仲介もあり、高橋はとある人物と出会い、過去を悔い、反省し、人の痛みを知る男に生まれ変わったそうだ。
今はもう……函館には戻らず、その人と遠い場所で真面目に人生をやり直しているという情報を得た。
彼が経営していた会社は、彼が刑期を受けたことにより経営が悪化し高橋一族は、大手ゼネコンの小林組に経営譲渡してから地元を離れたそうだ。
つまり罪のない従業員の生活は保障され、高橋一族だけがごそっといなくなった状態だそうだ。
だから今から君を連れて行く場所には、もう『高橋建設』という看板はない。
詳しい経緯は知らなくていいから、とにかくもうないことだけは瑞樹の目で、しっかりと確かめて欲しい。
「宗吾さん……ごめんなさい。僕、やっぱり無理です。怖いんです」
「もう少しだ。あのビルだろう」
「うっ」
瑞樹の瞳が濁る。
もう帰ろうかとも思ったが……ここで一歩踏み出せなかったら、瑞樹はずっと引き摺ってしまうだろう。
惨いようだが、塗り替えてやりたいのだ!
「来い!」
「あっ」
嫌がる瑞樹の手を引いて、会社の前に立たせた。
足がカタカタ震えている。
肩が小刻みに震えている。
「瑞樹、頼むから顔を上げてくれ。どうか……君の目でちゃんと確かめて欲しい」
人通りもない道だ。
俺は優しく君の顎を掴んで、顔をあげさせた。
「あ……」
君は絶句していた。
忌々しい『高橋建設』の社名看板は、もうここにはない。
明るいオレンジ色と緑の『小林組』というメジャーな看板が輝いていた。
「あ……、もうない。名前が……小林組って……この会社なら僕も入社式の設営で行ったことがあります」
「そういうこと。経営譲渡してあの一族は函館から出て行ったんだ」
瑞樹は、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「お、おい。大丈夫か」
「宗吾さん……僕……気が抜けてしまいました」
「だから、もう大丈夫だって言っただろう」
「はい……でも……信じられなくて、ごめんなさい」
今すぐ君を抱きしめたい衝動に駆られた。
それが出来ないのがもどかしいよ。
「もう一つやりたいことがある」
「何ですか」
「向こうからこちらに歩いてきてくれ」
「一人で歩けるところが見たいのですか」
「出来そうか」
「やってみます」
瑞樹がふっと微笑んで、背を向けた。
「宗吾さん……ちゃんと見ていて下さいね」
「おぉ!」
ミルクティー色のダウンコートを着た瑞樹が、さっきよりずっと明るい表情で俺に向かって歩いてくる。
俺はちょうどアイツの会社だったビルの正面玄関で、瑞樹に話し掛けた。
手に持っていた紙袋を開き、小さな白薔薇のブーケを取り出して、瑞樹の手に持たせた。
「葉山……瑞樹くん」(こんな風に呼ぶのは初めてかもな)
「え……は、はい」
「俺と付き合って下さい」
「そ……宗吾さんは……うっ……もう……全部……塗り替えてくれるのですね」
「そうだ。もう悪夢は見ない。もう全部上書きしてやった」
広樹から事前に聞いていた。
高校時代ストーカー被害にあったきっかけ。あいつとの最悪な出会いがどんなものだったか。
真っ赤な薔薇の大きな花束をいきなり差し出されて、告白されたと……
そんな思い出は、俺が全部塗り替える。
これは広樹に頼んで、こっそり作ってんもらった
白薔薇の花言葉は『純潔』だけでない。 白薔薇はパートナー間でのサプライズプレゼントにもピッタリな花で、その理由は「相思相愛」「約束を守る」という花言葉があるそうだ。(広樹がアドバイスしてくれたんだ)
「瑞樹と俺は『相思相愛』だろう?」
「あ……はい」
「俺は君をひとりにさせないと誓う。その約束を永遠に守るよ」
その時、車のクラクション音が響く。
「よし、迎えが来たな」
「宗吾、瑞樹……大丈夫か。乗れよ」
広樹が花屋のバンで迎えに来てくれたのだ。
「いいタイミングだ」
「兄さん……兄さんっ」
瑞樹は後部座席で、白いミニブーケ持ったまま俺の胸にもたれ……やはりまた泣いてしまった。
「……ほっとしたんです。もう怖くないのが嬉しくて……」
あとがき(不要な方はスルーです)
震える身体。
瑞樹を抱きしめ、口づけと抱擁で俺の温もりを分けてやった。
今日の俺は少々強引で、彼に無理強いをしている自覚はある。
だが、ここで乗り越えないと、控えめでいじらしい君は、いつまで経っても故郷で伸び伸びと過ごせないだろう。
今日、函館空港に着いてから、どこか浮かない顔。ちぐはぐな笑顔、しきりにチラチラと何かを気にする様子に、心が痛んだ。
『高橋 柾《まさき》』
それが瑞樹を拉致監禁した男の本名だ。
君がアイツの情報を、どこまで知っているのか分からない。
あの男が経営していた『高橋建設』は、函館では有数の大きな会社で知名度も高かった。だから広告宣伝のための看板を至るところに張り巡らせ、工事現場も市内で多かったのも当然だ。
つまりあの会社のマークを街で見かける確率が高いのを、君は知っていたから、今回も気にしていたのだ。
工事現場のマークをやり過ごすことは乗り越えられたようだが、まだ完璧ではなかったのも知っている。
広告代理店の仲間を通じて地元の情報を調べてもらうと、以前は……あいつ自身がヘルメットを被り出演していたポスターもあった。これは居たたまれなかったろう。君が学生時代、積極的に帰省できなかったのは潤くんとの問題だけでないのが伝わってきた。
瑞樹が今までどんなに怖い思いをして、函館で息を潜めて過ごしていたのか。想像するだけで、苦しくなる。
実は昨年、林さんから急に呼び出され、偶然にも高橋柾という男の行方を知ることとなった。
あれから彼は出所してグループホームで過ごしており、最初は改心せずにまたとんでもない悪巧みを練っていたようだが、それを阻止してくれた人物がいたそうだ。その人の仲介もあり、高橋はとある人物と出会い、過去を悔い、反省し、人の痛みを知る男に生まれ変わったそうだ。
今はもう……函館には戻らず、その人と遠い場所で真面目に人生をやり直しているという情報を得た。
彼が経営していた会社は、彼が刑期を受けたことにより経営が悪化し高橋一族は、大手ゼネコンの小林組に経営譲渡してから地元を離れたそうだ。
つまり罪のない従業員の生活は保障され、高橋一族だけがごそっといなくなった状態だそうだ。
だから今から君を連れて行く場所には、もう『高橋建設』という看板はない。
詳しい経緯は知らなくていいから、とにかくもうないことだけは瑞樹の目で、しっかりと確かめて欲しい。
「宗吾さん……ごめんなさい。僕、やっぱり無理です。怖いんです」
「もう少しだ。あのビルだろう」
「うっ」
瑞樹の瞳が濁る。
もう帰ろうかとも思ったが……ここで一歩踏み出せなかったら、瑞樹はずっと引き摺ってしまうだろう。
惨いようだが、塗り替えてやりたいのだ!
「来い!」
「あっ」
嫌がる瑞樹の手を引いて、会社の前に立たせた。
足がカタカタ震えている。
肩が小刻みに震えている。
「瑞樹、頼むから顔を上げてくれ。どうか……君の目でちゃんと確かめて欲しい」
人通りもない道だ。
俺は優しく君の顎を掴んで、顔をあげさせた。
「あ……」
君は絶句していた。
忌々しい『高橋建設』の社名看板は、もうここにはない。
明るいオレンジ色と緑の『小林組』というメジャーな看板が輝いていた。
「あ……、もうない。名前が……小林組って……この会社なら僕も入社式の設営で行ったことがあります」
「そういうこと。経営譲渡してあの一族は函館から出て行ったんだ」
瑞樹は、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「お、おい。大丈夫か」
「宗吾さん……僕……気が抜けてしまいました」
「だから、もう大丈夫だって言っただろう」
「はい……でも……信じられなくて、ごめんなさい」
今すぐ君を抱きしめたい衝動に駆られた。
それが出来ないのがもどかしいよ。
「もう一つやりたいことがある」
「何ですか」
「向こうからこちらに歩いてきてくれ」
「一人で歩けるところが見たいのですか」
「出来そうか」
「やってみます」
瑞樹がふっと微笑んで、背を向けた。
「宗吾さん……ちゃんと見ていて下さいね」
「おぉ!」
ミルクティー色のダウンコートを着た瑞樹が、さっきよりずっと明るい表情で俺に向かって歩いてくる。
俺はちょうどアイツの会社だったビルの正面玄関で、瑞樹に話し掛けた。
手に持っていた紙袋を開き、小さな白薔薇のブーケを取り出して、瑞樹の手に持たせた。
「葉山……瑞樹くん」(こんな風に呼ぶのは初めてかもな)
「え……は、はい」
「俺と付き合って下さい」
「そ……宗吾さんは……うっ……もう……全部……塗り替えてくれるのですね」
「そうだ。もう悪夢は見ない。もう全部上書きしてやった」
広樹から事前に聞いていた。
高校時代ストーカー被害にあったきっかけ。あいつとの最悪な出会いがどんなものだったか。
真っ赤な薔薇の大きな花束をいきなり差し出されて、告白されたと……
そんな思い出は、俺が全部塗り替える。
これは広樹に頼んで、こっそり作ってんもらった
白薔薇の花言葉は『純潔』だけでない。 白薔薇はパートナー間でのサプライズプレゼントにもピッタリな花で、その理由は「相思相愛」「約束を守る」という花言葉があるそうだ。(広樹がアドバイスしてくれたんだ)
「瑞樹と俺は『相思相愛』だろう?」
「あ……はい」
「俺は君をひとりにさせないと誓う。その約束を永遠に守るよ」
その時、車のクラクション音が響く。
「よし、迎えが来たな」
「宗吾、瑞樹……大丈夫か。乗れよ」
広樹が花屋のバンで迎えに来てくれたのだ。
「いいタイミングだ」
「兄さん……兄さんっ」
瑞樹は後部座席で、白いミニブーケ持ったまま俺の胸にもたれ……やはりまた泣いてしまった。
「……ほっとしたんです。もう怖くないのが嬉しくて……」
あとがき(不要な方はスルーです)
11
お気に入りに追加
834
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる