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小学生編
積み重ねるのも愛 4
しおりを挟む「葉山~、悪い、ちょっといいか」
花のデザインをしていると、菅野に手招きされた。
「何?」
菅野は本格的な一眼レフを抱きしめて、困った表情を浮かべていた。
「どうした?」
「ちょっとヘルプ! 葉山って一眼レフ、扱えるよな」
「まぁ、一応はねよ」
「実は急にカメラマンが手配できなくて、今日は自前で撮れっていわれて……広報室から借りてきたが、さっぱりで、ピントが合わないんだよ~」
「あ……僕でよければ撮影するよ」
「やった! 残業を免れる! 今日は定時に上がりたいんだよ」
「あ、もしかしてデート?」
「まぁな」
同期の菅野は、最近ご機嫌だ。それはそうだよな、あんな可愛い子と恋愛中なのだから。
「それから、また今日の昼休みに付き合ってくれよ」
「やれやれ、今度はどこ?」
「かめやのどら焼き!」
「いいけど、やっぱり菅野のせいで太ったかも」
「えー? どれどれ。太ったのか~ みずきちゃん」
いきなりお腹を擽られて、くすぐったくて笑ってしまった。
「ははっ、よせって」
「みずきちゃん、大変だー お腹ぷよぷよ~」
「う、うそだ!」
菅野とじゃれ合いながら廊下を歩いていると、リーダーとすれ違い、笑われてしまった。
「あ、リーダーすみません」
「いや、大丈夫だよ。それにしても葉山は、いい笑顔を見せるようになったな」
「あ……そうでしょうか」
そう言えば……以前は宗吾さんと芽生くん以外に触れられるのは、駄目だったのに。
菅野の実家に夏休みに泊まらせてもらい、彼の過去を聞き、今を知り、僕は菅野にすっかり心を許しているんだなと思う。
「ん? 葉山はそのカメラを、扱えるのか」
「あ、はい。まだ趣味程度ですが」
「そうか、広報室で写真を撮れる社員を探していたんだ、君を推薦しても?」
「え? あ、はい! もちろんです」
「コンクールの方の準備も進んでいるか」
「頑張ります」
リーダーはいつも僕を推してくれる。本当に有り難いことだ。
僕は……お母さんの残してくれたカメラを弄っているうちに、花を撮影するのがどんどん好きになっていた。
ファインダーを覗く度にお母さんに会えるような、シャッターを押す度にお母さんに触れられるような懐かしく擽ったい心地になるから。
「君が撮った写真も是非見せてくれ」
「あ、はい…… あの、今度写真教室にも通おうと思っています」
「頑張れよ」
ポンと肩に手を置かれ、嬉しくなった。
リーダーはあの事件の一部始終と顛末を知っている。あの事件以来……暫く対人恐怖症になっていた僕を気遣い、温かく見守ってくれていたのだ。
「あ、悪い。もう……大丈夫なのか」
「はい、そのようです」
信頼しているリーダーに触れられるのも、大丈夫になっていた。
こうやって時が僕を解決に導いてくれるのか。
そう思うと未来は明るく、来月の函館旅行も楽しみになってくる。
その後、菅野が生けた花をあらゆる角度から夢中で撮った。
「やばい、葉山カメラマン、格好良すぎるんですけど~」
「え?」
「後ろを見ろよ」
「え?」
「女子社員が集まって羨望の眼差しだぜ。よっ、色男!」
「え……っと」(それは宗吾さんが聞いたら大変な掛詞だよ)
確かに背後に人が集まって、騒いでいる。
人に注目されるのが苦手だったのに、今はイヤという絶望的な気持ちではなく、少し嬉しく、少し気恥ずかしかった。
お母さんのカメラのお陰だ。
その晩、残業をして家に戻ると、すぐに芽生くんがタタッと走って出迎えてくれた。
「お兄ちゃん~ おかえりなさい」
「ただいま!」
僕を出迎えてくれる小さな手。
「こっちこっち! 今ね、パパといいもの見てるの」
「何かな?」
芽生くんの小さな手はポカポカで、今日は興奮しているようだ。
楽しい気持ちは僕にも伝染し、なんだかワクワクした気持ちになっていた。
何かいいことがある!
そんな予感がした。
「おー、瑞樹お帰り。なぁこれ見てくれよ」
「宗吾さん、ただいま。あの……何です?」
宗吾さんがPCを指さすので一緒に覗いてみた。
画面は雪景色、その中に茶色い物体が動いている。
「あ……キタキツネですね!」
スライドショーで流れていたのは、僕にとって馴染みの風景だった。
雄大な北の大地とキタキツネや白鳥などが、次々に。
「大沼ですね、ここ」
「やっぱりそうか」
「お兄ちゃん、キツネさん、かわいいねぇ」
「そうだね! あの、どうしたんですか。急に……」
「いや、どんな気持ちだ? この写真を見て、何か感じないか」
何を聞かれているのかよく分からなかったが、一言で言えば……
「懐かしいです、なんだかこんな世界を僕も観ていたような気がします」
「そうか! この写真を撮った人は『nitty《ニタイ》』という
写真家だが、知っているか」
「? いいえ」
nitayって、確か……アイヌ語で『森』という意味だが。
「そうか。実は林さんが」
「あ……もしかして……何か分かったのですか、母のこと、父のこと」
「いや……残念ながら、まだ」
「……そうですか」
交通事故に遭った時、僕はまだ十歳で、しかも事故の恐怖から、それ以前の記憶の大部分を封印してしまったので、お父さんがどんな職業だったのか。お母さんがどんな写真を撮っていたのか……何も分からない。
函館の母に聞いても、大沼にセイに聞いても、詳しいことは分からなかった。
だからなのか、最近モヤモヤと知りたい欲求が湧いてくる。
きっと知るといいことがある。
何故か、そんな明るい予感に包まれているんだ。
「瑞樹、焦るな。この写真は林さんがピックアップしてくれたんだ。君のご両親がご存命だった頃の北海道の写真家のものなんだ。何か縁があればと……他の写真家のもある。一緒に見てくれ」
「そうなんですね」
夕食を食べながら、鑑賞会をした。
その写真も心惹かれるもので、特にnittyという写真家のものが気に入った。
「お兄ちゃん、函館に行ったらキツネさんに会えるかな?」
「そうだね。大沼に行けば……もしかしたら」
「わぁ~ 会えるといいね」
そうだね。
お父さんとお母さんの軌跡にも……会えるといいな。
僕を生んで育ててくれた人のことを知りたいという欲求が、どうしてこんなに湧いてくるのか。
僕はもうこんなに幸せなのに。
「瑞樹、きっとそれは今だからなんだよ。俺と一緒に辿っていこう。大沼にも行ってみよう」
「宗吾さん、ありがとうございます。僕の我が儘を聞いてくださって」
「我が儘なんかじゃないよ。俺も知りたい。もっともっと君のこと」
寄り添ってくれる人が居る。
だから踏み出せることがある。
信頼と愛を積み重ねていけば、越えられるものがある。
きっとね。
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