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小学生編

降り積もるのは愛 13

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「母さん、今日は泊まっていけるんだろう?」
「そうよ。でもまだ宿を取っていないの。ねぇ、どこか安く泊まれる場所あるかしら?」
「……あのさ、このホテルに泊まっていけばいいよ。オレが全部出すから」

 潤の口からそんな言葉が出るなんて、驚いたわ。
 函館にいる時は、お小遣いを欲しがってばかりだったのに。

「こんな高いところ駄目よ。ビジネスホテルとかはないの?」
「せっかく函館から来てくれたんだ。いい思いをして欲しい」

 潤は譲らないわ。お財布を握りしめてフロントに行こうとするので、思わず手を引っ張って呼び止めた。
 
「馬鹿ねぇ、潤……母さん、いい思いならもう沢山したわ」
「もっとしてくれよ」
「一度に叶ったらつまらないわ。今日はアフタヌーンティーが出来たんだから、次の楽しみにするわ」
「つ……次?」
 
 潤が目を見開く。

「ま……また来てくれるのかよ」
「当たり前よ。息子が頑張っている姿を見たくない母親なんていないわよ」
「……そうなのか」

 潤がふぅと息を吐く。

「少し散歩しながら話す?」
「そうだな」

 雪がちらちらと降る中、私と潤は再びショッピングモールの中を歩いた。

「母さん、寒くない?」
「ぜーん、ぜん」
 
 寒さなら慣れているので気にならない。むしろ落ち着くわ。

「あのさ……ホテルに泊まらないならさぁ……」
「ん?」
「お……オレの寮に泊まる?」
「いいの?」
「狭いけど、客布団の貸し出しあるんだ」
「うれしいわ」
「じゃ、行くか」
 
 鼻の頭を擦って照れ臭そうにする潤の横顔は、やはり亡くなったあの人によく似ていた。

 何だか、もう少し息子とデートしていた気分よ。
 
「あ……そうだ。もう一度アウトレットのお店に行ってもいい?」
「ん?」
「これ、お店から直接、東京に送ってもらわない?」
「帰りに東京に寄って、直に渡せばいいのに」
「そうねぇ、今回は時間がないし、むしろ、なんだか早く手元に届けてあげたくて」
「あのさ……兄さんのダウンって兄貴のお下がりだったから、もうだいぶ痛んでいたんだ。 だからきっと喜ぶよ」

 そういえば瑞樹には昔から、広樹のお下がりばかり着せていた。

 うちに余裕がなかったのが一番の理由だけれども、そうやってお下がりを着せることで、あなたは我が家の一員なのよと示してあげたかった。

「……親のエゴだったわね。明らかに体型の違う瑞樹に、広樹の服はちぐはぐだったわ」

 今までだったら潤に、こんな相談は出来なかった。
 なのに……今は違うのね。
 あの人に似て来てからなの?
 とても潤が頼りになるわ。

「母さん……瑞樹は、兄さんはいつも嬉しそうに着ていたよ。大きなダウンも温かそうに大切に着ていた」

 潤が励ましてくれるのね、私を……

「ありがとう。潤……」
「だけど流石にもうボロボロだから、新しいダウンコート、きっと喜ぶだろうな」
「そうね。潤と広樹とお揃いだものね」

****
 
 店舗で配送の手配をし店を出ようとしたら、母にまた呼び止められた。

「潤、これ50%オフよ」
「ダウンは70%オフだったよ?」
「この靴はなかなかセールにならないのよ」
「母さん、そんなに詳しかったっけ」
「最近時間が出来たので、札幌のデパートに行ってみたのよ」
「ふーん、そうなのか」

 素通りしようとしたのに、母が手を離さない。

「おーい、母さん。今日はもう散財しただろ?」
「潤、足のサイズは?」
「28cmだけど?」
「私は23.5cmよ」
「だから?」

 母さんが、トレッキングシューズを両手に取って、にっこり笑う。

「緑が潤のサイズで、赤が私のサイズよ」
「お、おう?」
「これは母さんからのスペシャルボーナスよ」
「えぇ!」
「いいから、いいから、お店も改装して最近は売り上げもいいのよ」
「でも……こんな高いの」

 母がオレの背中を押して、レジに向かわせる。

「い、いいのか」
「いいのよ」
「仲良し親子ですね」

 店員に言われて、耳まで赤くなった。

「なんで……靴なんて」
「潤、靴は大切よ。私達、これから新しい靴で新しい道を歩もう。ねっ」

 母の力強い言葉に、うっかり泣きそうになった。

 女手一つで俺たち兄弟を育て上げてくれた母の言葉が身に染みる。

「これは丈夫なトレッキングシューズだから、どんな山も越えられるのよ。私も一緒に歩むから」

 自分の履いている靴を見下ろして、胸が塞がった。

 あの日……履いていた靴だ、これ。

 この靴で東京に出てきて、この靴で空港で後悔し、軽井沢で震えた。

 もう何年も履いて履いて、ボロボロにくたびれた靴だ。

「母さん、ありがとう。おれ……やり直せるのか」
「新しいスタートって言った方が、気持ちいいわね」


 翌日、兄さんからコートのお礼の電話がかかってきた。

 感極まった兄さんは電話口で泣いていた。

 だからオレも、泣きそうになった。

「潤……また会いたいよ」
「オレも兄さんに会いたい」
「またスキーに行くよ。そっちまで行くよ」
「え……」

 そこで母さんに電話を替わった。

「瑞樹、スキーならあなたの故郷でも出来るんじゃない?」
「え……お母さん、それって……」
「潤と一緒に故郷に一度帰っていらっしゃいよ。冬のふるさとは心を温めてくれるわ」
「あ……」
「もちろん宗吾さんと芽生くんも一緒よ。私が会いたいの」

 母さんが兄さんを誘ってくれる。
 オレを誘ってくれる。
 帰っておいでと言ってくれる。

「母さん、嬉しいよ。僕……北海道のパウダースノーが恋しかった」

 兄さんも恋しがってくれているのか。

 オレたちの故郷を……!
 
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