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小学生編

降り積もるのは愛 11

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「母さん、オレ……アフタヌーンティーなんて、未知の世界なんだけど」
「私も初めてよ」
「これ、どこから食べるんだ?」
「うーん、やっぱり下のサンドイッチからかしら?」
「ハァ、緊張するなぁ」

 都会に住んでいる、お洒落な兄さんからの贈りものは、軽井沢プリンセスホテルでのアフタヌーンティー・ペアチケットだった。

 白亜の店内には真っ白なグランドピアノが置いてあり、ふかふかの絨毯が敷き詰められていた。暖房もポカポカで、まるで王宮のようだ。

 おまけに三段のお皿には、美味しそうな食べ物がぎっしり載っている。

「とにかく、食べるか」
「そうね。いただきます」

 ところが、上等そうな陶器のティーカップを持つ手がカタカタと震えてしまった。

 あー、もうダサいな。でもこれいくらするんだよ? 落として割ったら大変だ。

 こんな優雅な場所に俺なんて、場違いじゃないか。

 向かいに座る母さんの手も、少し震えていた。

 親子で落ち着かず、ドギマギしていたら、黒いエプロンをした白髪の店員さんが話かけてくれた。

「赤とグリーンのセーターが並ぶと、カーネーションの花みたいで素敵ですね。息子さんとお出かけなんて羨ましいです。私も若い頃、孝行しておけばよかったです」

 オレのグリーンのセーターと母さんの赤いセーター。実はちょっとクリスマスみたいで恥ずかしかったが、このひと言で気持ちが晴れた。心が解けた。

 母さんも嬉しそうに微笑んでいた。

「ありがとうございます。自慢の息子とデート中なんですよ」
 
 いつもひっつめ髪であくせく働いている印象の強い母が、ふんわりと嬉しそうに微笑んでいた。

 今日はキレイだな。

 赤いセーターを着た母は、花のようだとオレも思った。

「潤はお父さんに似てるから、思い出しちゃうわ」
「あのさ……親父って、どんな人だった?」
「え?」

 オレから父親のことを聞くなんて、自分でも驚くよ。

「潤? 本当にお父さんのこと、話してもいいの?」
「もちろんだよ。記憶にないから教えて欲しい」

 以前のオレなら、記憶にない知らない人の話なんてするなって喚いていた。
 
「あのね、潤が一番お父さん似なのよ」
「そうなのか」

  自分では意識していなかったが、軽井沢に来てから顔が引き締まった気がする。函館にいた時のように、夜な夜なチャラチャラ遊びに行くのもやめたし、深酒も煙草もやめた。
  
「あの人は、とにかく花が好きでね、ふふっ」
「ちょ、母さん、『ふふっ』てなんだよ」
「あのね、口癖があって……あー、潤に言って欲しいわ」
「なにを?」
「『君は花のような人』だって」
「キッ、キザだな。オレの父さんってそんな人だったのかよ~」
「ふふ、顔に似合わずにね」
「え? それって、どんな意味だよ」

 母とこんなに和やかな会話したのは、いつぶりだろう。
 母と顔を見合わせて笑ったのは、いつぶりだろう。

「潤、このお店は、瑞樹に守られた空間みたいね」
「分かる。あのカーテンの色、瑞樹みたいな色だもんな」

 優しく柔らかい水色とグリーンの中間のような色だ。
 
「外に降る雪も優しく見えるわね。私達……あの日からあの子を守ってあげないとって、ずっと罪悪感に駆られていたけど……もう大丈夫なのかもしれないわね」
「母さん?」
「うん……もっとちゃんと守ってあげればって、後悔があるのよ」

 あの事件に対して罪悪感を抱いていたのは、オレだけではなかったのか。

「潤、あのね……あなた一人で悩まなくていいのよ。母さんがいつも一緒よ」

 母さんがオレの手に触れてくれる。

 気恥ずかしかったが、とても暖かい温もりだった。

「母さん、オレ……ひとりじゃないんだな」
「そうよ。あなたは私の大切な息子よ」


****

 1月4日。

「あー、明日からもう会社か~」

 ベッドの中で呻くが、返事がない。
 おいおい、また俺だけ寝坊か。
 ところが時計を確認すると、まだ朝の七時だった。

「ん……瑞樹? どこだ?」

 シーツに手を伸ばすが、君がいない。
 たったそれだけのことが寂しくて溜らない。

「瑞樹?」
「あ……宗吾さん、起きたんですか。まだ早いですよ」

 声の方向を見つめると、瑞樹はパジャマにカーディガンを羽織って、窓辺に立っていた。

「そんなところで、何をしていた?」

 冷たい手を掴んで、ベッドに戻してやると……瑞樹は俺の腕の中で清らかに微笑んだ。

「雪が沢山積もっていたので、見ていました」
「積もったのか」
「はい」
「そうか、昨日の雪、なかなかやまなかったもんな」
「見事な雪景色ですよ。まるで大沼や函館みたいで興奮しますね」
「都会の雪は可愛いもんだろう」
「だから嬉しくて、ずっと眺めていました」

 いじらしいことを。

「瑞樹、おはよう」
「あっ……」

 いつもよりあどけない表情の瑞樹に、優しく淡いキスを落として、おはようの挨拶をした。

 毎朝かかさない儀式のようなキスだ。
 瑞樹といると、俺もロマンチストになれるよ。

「瑞樹。外に行こうぜ」
「え……」
「まだ誰も踏んでない雪景色を見たいんだ」
「いいんですか」
「もちろんだ」
「嬉しいです」
「その代わり、もう少し温めてくれよ」
「あ……はい」

 角度を変えて、何度も何度も口づけをした。
 瑞樹と吐息を交歓していくと、身体が温まって来た。

「あ……もう、もう駄目です」
「あ……そうだな。節操無くてごめん」
「い、いえ」

 キスだけで感じて目元を潤ますのも可愛くて、最後は額へのキスで仕上げてやった。

「も、もう……僕、顔を洗って……芽生くんを起こしてきます」


****

 宗吾さんのキスは甘く深く、求められている気持ちがダイレクトに伝わってくるので、僕の身体は過敏に反応してしまう。

 洗面所で冷たい水で洗顔し、欲情しかけた身体をクールダウンさせた。

 こんな身体になるなんて。

 好きで好きで好きで溜まらない人と、一緒に暮らせる喜び。

 心から感謝しよう。

 昨日までの日々と、今日という日の始まりに――

「芽生くん。おはよう! 雪を見に行かない?」

 芽生くんは僕の誘いにパチッと目を覚まして、飛び起きた。

 まだあどけない小さな身体が、両手を広げて僕を呼ぶ。

「いくー! お兄ちゃん、だっこ~」
 
 おはよう! 僕の天使。







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