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小学生編

降り積もるのは愛 9

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 1月3日

「お兄ちゃん、さむいねぇ」
「うん、今日は冷えるね」

 朝から曇天で、かなり冷え込んでいる。

「雪また見たいな」
「そうだね。もしかしたら……今日、降るかもしれないよ」

 朝の天気予報で、午前中から都心でも雪がちらつくと言っていた。

「雪、つもるかな?」
「だといいね」
「わぁぁ~ じゃああそびにいけるように、早くおそうじしちゃおうよ」
「そうだね」
「じゃあ、サンバくんをつれてくるね」
「うん!」

 芽生くんと寝室に入ると、宗吾さんがまだグーグーと眠っていた。

「宗吾さん、起きないのですか」
「うううん……まだ眠い」
「くすっ、子供みたいですね」
「お兄ちゃん、パパ、冬眠しているのかも」
「え? そうなの?」
「うん。クマって冬眠するんでしょう」
「そうだよ」

 トラの着ぐるみは洗濯したので、昨夜は宗吾さんはクマの着ぐるみを着て眠った。

「ふふっ、もう少し寝かしてあげようか。パパも疲れているんだね」

 僕を抱きすぎて? そんな甘い余韻が頭の中に浮かんで照れ臭くなった。

 昨夜は芽生くんと三人で川の字で眠ったが……その前に何をしたのか僕は知っている。

「お兄ちゃん、サンバくんは?」
「あとにしようか」
「うん!」

 芽生くんはお手伝い好きなので僕の後ろをチョコチョコとくっ付いてくる。それが可愛くて、思わず目を細めてしまうよ。

「洗濯は外に干さない方がいいね」
「うん! 雪がふるかもだもんね」
「だね」

 部屋干しした黄色いトラの抜け殻に囲まれて、僕と芽生くんは今日もコタツでまったり過ごした。

「お兄ちゃん、雪が降ったら何をしたい?」
「そうだね。雪だるまをつくりたいかな」
「じゃあボクが作ってあげる!」
「ありがとう」

 そんなことを言っていると、本当に空から雪が静かに舞い降りてきた。

 ふわり、ふわり――

 窓を開けて触れてみると、削りたての氷みたいに柔らかく軽い雪だった。
 
「あ……今日はいい雪だね、これは積もるかも」
「ほんと? やったー! 雪さんもっともっとふれふれ」」

 芽生くんは子犬のように嬉しそうな顔で、窓に張り付いている。

 ふふ、可愛い尻尾が見えるようだよ。

「ふぁぁぁ……よく眠ったよ」
「あ、宗吾さん! 雪です。 雪が降ってきました」
「お? 今度は積もりそうだな。元旦の雪は舞う程度ですぐやんじゃったからな」
「はい、僕の勘では、これは結構積もると思います」

 雪国育ちの僕の血が騒ぐ。

「ふっ、子供みたいに興奮してるな」
「あ……すみません」
「いや、いいよ。無邪気な瑞樹も可愛い」
「あ……はい」

 照れ臭くなってしまう。
 宗吾さんの言葉はいつも直球だから。

 雪は都会の喧噪を掻き消して、しんしんと降り続けている。
 
 灰色の世界を、真っ白に雪化粧していく。

「お兄ちゃん、見て! もうあんなに白くなっているよ」
「お昼を食べたら、マンションの下の公園に行ってみようね」
「うん!」
「雪遊びは瑞樹に任せた」
「ふふ、宗吾さんはまだ寝起きですものね」
「悪い!」

 芽生くんにダウンコートを着せて、マフラーをぐるぐる巻きにして、耳当てもつけてあげた。

「雪道では走ってはダメだよ」
「うん! 雪だるま、つくってもいい?」
「もちろんだよ」

 中庭の小さな公園には誰もまだ足を踏み入れていないので、見事な雪景色になっていた。

 キュ、キュ、新雪を踏みしめる音が心地良い。

 遠い昔、見渡す限りの銀世界を夏樹と走った。

 あの日、聞こえた音だ。

 小さな芽生くんの黒髪にも雪が積もっているのを見て、ふと思い出してしまう。

「お兄ちゃん、雪がいっぱいつもったら、ナツキくんも遊びにくるかもしれないよ」
「え……」
「お兄ちゃん、会いたいんでしょう?」
「……うん」

 最近の芽生くんは勘が鋭いので、僕は泣かされっぱなしだよ。
 
「雪って、天国にいるナツキくんからのおくりものなんだよね」
「そうだよ」

 僕が空を見上げると、雪が目の中に飛び込んできて体温で溶けていった。

「お兄ちゃん、ないているの?」
「ううん、これは雪……雪が目の中に」
「そうなんだね……あのね、ゆきだるま作ってあげるね」
「うん」

 遊具に積もった雪を芽生くんが手ですくって、手の平サイズの雪だるまを作ってくれた。



「お兄ちゃん、この子はナツキくんだよ。連れて帰ろうよ」
「……うん」

 雪の世界から連れ出したら解けちゃうよとは、言えなかった。

「心配しないで」
「うん」

 でも芽生くんの優しい気持ちを大切にしたかった。

「きっと大丈夫だよ」
「?」

 リビングに戻ると、宗吾さんが玄関でタオルを持って出迎えてくれた。

「楽しかったか」
「はい!」
「パパ、見て~」
「おお! 洗面器をもってくるよ」
「うん」
「すぐに解けちゃうぞ。これ、冷凍庫に入れとくか」
「ううん、このままにしておいて」
「……そうか」
「……」
 
 既に解けかかっている雪だるまを見て、少しだけ切ない気持ちになった。

「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん……雪が消えても芽生くんがいるもんね」

 コートを脱いでリビングに戻ると、雪だるまは姿を消そうとしていた。
 暖房の下だ、当たり前か。

「お兄ちゃん、ちょっと目をとじて」

 小さくてひんやりした手が、僕の視界を塞ぐ。

「うん?」
「魔法をかけてあげる。雪がだいすきなお兄ちゃんのために」

 目を開けると、信じられないものが見えた。




「あ!」
「えへへ、とけない雪だるまだよ!」
「どうしたの?」
「おばあちゃんにお願いしたんだ」
「驚いたよ」

 フェルトで作った雪だるまのマスコットが、お皿の上にちょこんと載っていた。

「可愛いね、うれしいよ」
「よかった~ ほんとうはボクがつくりたかったんだけど、まだむずかしくって、おばあちゃんと冬休みにつくったんだよ」
「あ……ありがとう! 芽生くん」
 
 その晩、僕は幸せな夢を見た。

 僕はピンク色の兎になって雪だるまを作っていた。

 芽生くんと宗吾さんに見立てた二つの雪だるまを。

 しかも僕の横には夏樹がいて、一緒に手伝ってくれた。

『これは、おにいちゃんの新しい家族だね』
『そうなんだ。もう知っていると思うけど、宗吾さんと芽生くんだよ』
『じゃあぼくも芽生くんみたいに、解けない魔法をかけてあげる」
『夏樹……ありがとう!』

 翌朝、お皿の上にはピンクの兎と大きな雪だるまが増えていた。





「えへへ、昨日出し忘れちゃったんだけど、おばあちゃんがこっちも作ってくれたんだ」

 芽生くんの無邪気な笑顔は、今日もキラキラだ。

 僕の心にも明るい気持ちがやってくる。

 僕は心から嬉しく思い、芽生くんを抱きしめて、「ありがとう」と何度も言った。

 そんな様子を、宗吾さんはいつも大らかに温かく見守ってくれていた。

 これが僕らのお正月。

 降る雪は冷たいが、降り積もった雪はどこまでも温かく、心の中に残っている。

 それは僕が……愛を身近に感じているからだね。

 
  










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