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小学生編
降り積もるのは愛 4
しおりを挟む「瑞樹くん、君と話せてよかったよ」
「僕もです。撮って頂いた写真……本当に自然で感動しました」
「君の腕も、磨けば光るよ」
「そうでしょうか」
お世辞かもしれないと思ったが、林さんの笑顔が真っ直ぐだったので嬉しくなった。
僕の母は……大沼のペンションに飾ってあった数々の写真で気付いたことだが、駆け出しのフォトグラファーだったのでは?
「そうだよ、君の手は花を生けるだけでなく、写真の才能もありそうだな」
「あ……ありがとうございます。あ、あの……母に似たのかもしれません」
「お母さんもカメラを?」
「はい……もしかしたら……駆け出しのフォトグラファーだったのかもと思っています」
「そうなの、名前は?」
誰かにこんな風に母のことを話したことはない。
僕がこんなに饒舌に語るのも珍しい。
「あ、あの母は……青木……澄子《すみこ》と言いました。もし何か知っていることがあれば」
「あおきすみこさん? ちょっと調べてみるよ」
「あ……ありがとうございます」
僕と林さんとのやりとりを、宗吾さんが優しく大らかな眼差しで見守ってくれる。
「瑞樹、新年早々、いい傾向だな。君が自分の両親の過去に興味を持つなんて」
「す、すみません。僕、夢中で出しゃばり過ぎました」
「そんなことないさ。他の男なら許さんが、林さんは俺も一目置くカメラマンだ。頼りになるしな」
「あ……はい」
すると林さんが鞄の中から名刺を取りだして、僕にくれた。
「実は俺、今度……カメラ教室を恵比寿のカルチャースクールでやるんだ。よかったら瑞樹くんもおいで」
「えっ、いいんですか。僕……ずっと自己流だったので、習ってみたかったんです」
「いいんじゃないか」
「わぁ、お兄ちゃんもおけいこするんだね、いいと思う」
宗吾さんと芽生くんが背中をそっと押してくれる。
それが嬉しくて心地良くて、小雪舞う野外なのに、たき火に集まっているようなポカポカな心地になった。
「さぁ雪も降ってきたし、ここで解散しよう」
「だな、新年早々、風邪を引いたら困るしな」
「林さん、サンキュ!」
****
粉雪まみれの三人が宗吾さんの実家に再び帰って来たのは、お昼過ぎだった。
「おばあちゃん~おなか、すいた」
「まぁ寒かったでしょう。さぁ、まずはお風呂よ。こんなに冷たくなって」
「お風呂? おばあちゃんちのお風呂、広いからダイスキー おにいちゃんとパパといっしょにはいってもいい?」
「もちろんよ。さぁ三人共、早くはいってらっしゃい。お雑煮を作っておくから」
というわけで、僕たちは新年早々、宗吾さんのご実家の湯船にドボンと浸かっている。
「瑞樹~ ラッキーだなぁ~ 今年は虎だし、なんだかこう血がムラムラと騒ぐんだ」
宗吾さんが寅のように『ガオーッ』と湯船のお湯を大量に零しながら、両手をあげてジェスチャーするので驚いた。
「そ、宗吾さんは寅年じゃないですよ。も、もう静かにしてくださーい!」
「パパ、じっとしてて。お湯がこぼれちゃうよ」
「なんだよ~ ケチぃ」
け、ケチっていくつなんですかーっと突っ込みたくなったが、宗吾さんの熱い視線が僕の胸や下半身を辿るので、ドキドキしてしまった。
宗吾さんの目力は強い。
だから……視線だけで触れられている気分になってしまうから駄目だ。
「め、芽生くん、洗ってあげよう」
「うん!」
「パパはそこでおとなしくしていてね。うごいちゃダメですよー」
「くすっ」
檻の中のトラみたいに、宗吾さんがじっとしている。
これは夜に反動が来そうだなと、肩をすくめた。
三人でポカポカになってお風呂から上がると、着替えがなかった。
「あれ? 母さん、着替えは-?」
「置いてあるでしょう。カゴの中よ」
「?」
宗吾さんがカゴを覗くと、黄色いものが見えた。
「なんだ、これ?」
「わー パパ。これトラさんだ」
「まさか!」
なんとなんと全身すっぽり着ぐるみのような衣装は、トラのものだった。
「に、兄さんですかー また!」
「やったー ボクたちトラさん三兄弟になれるんだね」
「う……うわぁ……」
憲吾さんは着ぐるみフェチだ、絶対!
クリスマスには三匹のクマだったし。
立派な弁護士さんの、意外な趣味を被るのは、僕たち三人なのか。
「はは……こ、これ……着るんですか」
「当たり前だぞ。さぁ誰が一番似合うかな?」
「それはもちろん」
芽生くんと顔を見合わせて――
「宗吾さんです!」
「パパだよー」
「へへっ、ガォォー!」
その通り、宗吾さんが全身トラの姿になってトラのマネをすれば、ハマりすぎていた。
「キャー! トラサンにたべられる」
「芽生くん、早く逃げよう!」
「待て待てー ガォォー!」
もうその後は、ドタバタだ。
こんなふざけた新年は初めてだ。
「こらー あなたたち、走り回らないの」
「ガォォー!」
「わぁぁ~」
「ふ……ふぎゃああ」
ああもうっ、彩芽ちゃんを泣かしてしまって大人げない。
「瑞樹くんと芽生、あーコホンコホン、宗吾はともかく君たちは可愛い。よく似合っているよ」
そして僕たちの前にはデレ顔の憲吾さん。
この兄弟は……なかなかの曲者だ!
「さぁこっちにおいで。お年玉をあげよう」
「わぁい!」
芽生くんが憲吾さんからお年玉をもらう。
「あー コホン、瑞樹くんにもある」
「え?」
「その……もらってくれ。私は弟に甘いんでね」
「いいなー 兄さん、 俺にもくれよ」
「宗吾にはそのトラの着ぐるみセットだ」
憲吾さんが銀縁の眼鏡の端を持って、にやりと笑った。
これが僕らの元旦だ。
羽織袴でさっきまでキメていたのに、トラ姿で正座してお屠蘇をいただいていた。
心が弾ける!
心が躍る!
こんなに楽しいお正月は久しぶりだ。
笑う門には福来たる。
今年は笑って笑って、楽しく明るく過ごしたい。
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