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小学生編
日々うらら 11
しおりを挟む芽生くんの二学期は、大忙しだ。
樹々が紅葉していくように、いろんな行事で日々が鮮やかに色づいていく。
季節は巡り、十月最初の土曜日。
今日は学校公開日だ。
「あの、やっぱり行くのは遠慮しておきます」
「えぇ? お兄ちゃんにも見にきてほしいよ」
「でも……」
「瑞樹、遠慮するなって」
「いえ……やっぱり行きません。ちょっと洗濯物を干してきます」
頑なに断ってしまって、ごめんなさい。
心の中で謝った。
芽生くんはまだ一年生だから、無邪気に僕を慕ってくれるが、成長していくにつれ、僕という存在に疑問を抱くことがあるだろう。年頃になれば違和感を抱き、嫌悪感も抱かれるかもしれない。そのきっかけは、きっと周りを気にするようになることからだろう。
だから、そろそろ公の場に顔を出すのは控えた方がいい。
幼稚園のように誰もが受け入れてくれる環境ではない。もちろん万人に受け入れてもらおうなどとは思っていない。だからこそ事前に避けられるものなら、回避した方がいいのでは?
そんな風に、最近思うようになっていた。
「どうした? 難しい顔をしてんな」
「すみません」
「どうした? 謝ることないぞ」
「……」
「みーずき、何でも話し合おうぜ!」
宗吾さんが真剣な眼差しで、聞いてくれる。
僕の気持ちを伝えても? 不安で心配なこの気持ちを。
「実は心配なんです。芽生くんが成長すれば、周りの子も成長していきます。そんな中、僕のことで芽生くんが揶揄われるようなことがあってはならない。足を引っ張るのは……」
「そうか、そこを気にしていたのか。正直まだまだな世の中だ。でも少なくとも今現在は誰も君の存在に違和感は持っていない。若く見えるから、芽生の年の離れた大学生のお兄ちゃんだと見られているようだが」
「だ、大学生?」
いくらなんでも……僕は、もういい歳だ。
「はは、本当だよ。瑞樹は十歳は若く見える」
「言い過ぎですよ」
「な、行こう! 行ける時には素直に行った方がいいぞ。一年生の芽生は今だけだぞ」
「うっ……」
宗吾さんが強烈なゆさぶりをかけてくる。
「お兄ちゃん、来てほしい~。あのね、ボクのかいた白いアサガオ、げたばこの上にはってあるんだよ~ みてほしいんだ」
芽生くんもグイグイと手を引っ張ってくれる。
「いいの? 本当に……」
「当たり前だ」
「あたりまえだ」
「くすっ、芽生くんパパのマネ?」
「お兄ちゃんのだーいすきなパパのマネしてみた」
「ふっ、分かった。行かせていただくね」
「やった~ 今日のにじかんめは体育だよ。運動会のれんしゅうもするんだよ」
芽生くんが無邪気に僕に、しがみついてくれる。
キラキラ輝く黒い瞳に、元気が出てくるよ。
気を抜くと後向きになってしまう僕をサポートしてくれて、ありがとう。
人は変わりたいと願っても、ここまで生きてきた性格や経験によって、あと一歩が踏み出せないことが多い。そんな時は周りの人に背中を押してもらったり、手を引いてもらってもいいと思う。自分ひとりでは出来ないことも、誰かと一緒なら乗り越えられる。
そんな風に人を信頼し交流していくのって、とても心豊かなことだ!
「うん、絶対に見に行くね」
「よし、じゃあ、朝ご飯にしよう」
「はい!」
食卓に座ると、こんがり焼けたトーストが並んでいた。そこに宗吾さんがドヤ顔でやってきた。
「昨日スーパーで見つけてさ! これ、かけてみろよ」
「こしあんクリーム?」
「クリーム状で柔らかいから、パンに塗りやすいぞ」
「あ……はい」
「おいしそう~」
ドレッシングみたいな形状で、パキッと折ると、ちゅるんとこしあんがクリーム状に出てくる。
「おもしろい~ 絵をかけそうだよ」
「本当だね」
「そうだ! よつばをかいてみるね」
「いいね」
芽生くん、とても上手に四つ葉と自分の名前をトーストの上に描けたよ。
「上手!」
「お兄ちゃんはよつばの方をたべてね。きっといいことがあるよ」
「あ……うん。芽生くんは優しいね」
寝癖のついた髪を優しく撫でてあげると、芽生くんは目を閉じて、うっとりとした表情になった。
僕も寝起きにお母さんから、こんな風に触れられるのが好きだったな。懐かしい気持ちで芽生くんを見つめると、ニコッと笑ってくれた。
すると宗吾さんが僕の髪を撫でてくれた。
「瑞樹も寝ぐせがついているぞ」
「あ……」
「まぁ、君の場合それがラフな感じで可愛いんだが」
「あ、ありがとうございます」
「そ、宗吾さんは……前髪下ろしていた方が素敵です」
「はは、君とバス停で会った時は、固めすぎてたな~」
「ふふっ」
あの日のことを思い出して、じわりとまた幸せになった。
僕の幸せと出会った日だから。
「いってきます」
「いってらっしゃい。あとでね」
「芽生、気をつけていくんだぞ」
「はーい!」
いつもの光景に、いつもの挨拶。
僕はこれを当たり前だと思わない。
日常に散らばる小さな幸せの欠片だと思っている。
だから大切にしたい。
玄関で見送った後、今度はベランダに出て見送った。
まだ大きなランドセルを背負った芽生くんが、お友達と楽しそうに笑っている姿を見て、嬉しくなる。どうかこのまま元気にスクスク成長して欲しい。
「もう行ったか」
「はい、あ……角を曲がってしまったのでもう見えませんが」
「そうか、今日も……いつも丁寧に芽生に接してくれてありがとう」
宗吾さんに導かれ、リビングで抱擁しあった。
「僕……芽生くんの成長が楽しみで、つい。あの、でしゃばり過ぎていませんか」
「ふぅ、君はいつまで経っても謙虚だな。もう君が半分育てているようなもんだぞ」
「ですが……」
「みーずき、そうだよ!」
宗吾さんがそうだと言えば、そうだと思える。僕と宗吾さんの間に生まれた信頼関係は揺らがない。
「でさ、君も成長しているよ」
「え?」
「ますますココ感度良好だ!」
胸を指先で突かれて、真っ赤になる。
「も、もうしんみりしていたのに」
「ははっ、今日も明るく元気に行こうぜ。小学校に行ったら若いパワーを浴びるんだから、負けないようにな」
「は、はい!」
チュッとリップ音。
「久しぶりのあんこ味のキスだな」
「ですね」
「さっきの……菅野に教えてあげたら喜ぶかも」
「瑞樹も気が利くな。写真を撮ったから送ってやろう。くくくっ、あいつら絶対にはまるぞ」
「ですね!」
もう一度リップ音。
止まらなくなるから、ここまでにしないと。そう思うのに……
宗吾さんとのキスが大好き僕は、唇を吸われる度に、腕の中で過敏に震えてしまった。
お互い照れ臭くなって、額をコツンと合わせて深呼吸をした。
「はぁぁー、ここまでにしよう。一時間目から学校見学に行かねば」
「で、ですね」
初々しいのは僕だけではない。宗吾さんも同じだ。
キスだけで僕らは、こんなにもときめいている!
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