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小学生編
恋 ころりん 6
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東京の加々美花壇に入社するのを機に、俺は江ノ島の実家を出た。
知花ちゃんの思い出が沢山散らばっている地にこれ以上留まるのが、息苦しかったんだ。
江ノ島も鎌倉も、彼女と歩いた道のりの全てが、悲しみの雨で濡れていた。
彼女は俺を言葉で解き放ってくれたのに、俺が駄目で……残りの大学生活は、出口のないトンネルを歩いているように鬱々とした日々だった。
そんな俺に、生きる張り合いが出来た。
あれはいつも俯いてばかりで……誰ともろくに目を合わさない葉山が、俺が研修で作ったアレンジメントを見た途端、驚いた様子で腕を掴んできたんだ。
そんなこと、普段する奴ではないので、意外だった。
「あ、あの……この花のタイトルは?」
「……葬送だよ」
白百合を使って自由にアレジメントを作れるという研修で……俺は密かに知花ちゃんを偲んでいたのだ。
「そうか……とても癒やされるよ」
葉山の澄んだ瞳に、ドキリとした。
彼も親しい人の死を、受け止めたことがあるのかもしれない。
かといってガードの堅い葉山は、絶対に自分のプライベートについて語らない。
いつも一歩下がって控えめな奴。
遠慮の塊みたいで、放っておけないよ。
彼が何を抱えて、何に怯え生きているのか、知りたくなった。
だから注意深く観察していくと、葉山が本当はとても優しくて情に脆い、清楚な人間なのが次第に伝わってきた。だからその日から俺は傍で葉山を見守りサポートし、彼が心から素直に笑える日がやって来ることを願った。
しかし相変わらず……彼の笑顔は、殆ど見られない。
微かに微笑む程度で、感情を露わにしない。
人って、そうではないだろ?
生きていたら、笑ったり泣いたり様々なのに、どうしてだ?
晩秋の日曜日。
外苑前の銀杏並木を一人であてもなく歩いていると、私服の葉山を偶然見かけた。
いつも一人なのに……とても気を許した表情で、背が高い男と歩いていた。
「へぇ……あんな表情もするのか」
興味を持って、そっと後をつけると、途中で葉山が立ち止まった。
どうやら葉山のスニーカーの靴紐が取れかかったようで、しゃがもうとすると……隣の男が制し、自ら跪いて結び直してあげていた。
……男同士で何やってんだ?
「よせって、自分で出来るよ」
「いいから、じっとしてろ」
「もうっ」
その時、葉山が嬉しそうに擽ったそうに、笑った。
その笑顔がとても可憐で驚いた。
会社でも、もっと笑えばいいのに。
笑った方が絶対に可愛いのに!
葉山の可憐な笑顔に、生前の知花ちゃんの可憐な笑顔を重ねて、俺は涙ぐんだ。
「会いたいよ……知花ちゃん。新しい恋なんて出来そうもない」
****
「あの、菅野? 僕の話、聞いてる?」
「ごめん、ちょっと耽っていた」
そんな切ない関係だった葉山とは、今は互いに認め合う親友になれて嬉しいよ。
「もしかして、小森くんのこと考えていたの?」
「お! そうだ。それそれ、葉山に折り入って聞きたいことがあるんだ」
「うん、僕でよければ相談に乗るよ」
「じゃあさ、今日の仕事の後、ちょっとだけ飲みに行かないか」
「少しだけなら、付き合うよ。何でも聞いていいよ」
なんて言ってくれたくせに、ファミレスのブース席で耳まで真っ赤にして俯くって、どういうこと?
「なぁ、だからさ、キスより先に進みたいんだよ。そろそろ」
「う、うん……」
「男同士でも、ちゃんと最後まで出来るんだよな?」
「えっ! そそそ、それを……ぼ、僕に聞く?」
「だってお前しかいないもん。ネットの情報は信じられん。経験者に話を聞かないと」
「け、経験者……!」
葉山が目の前で絶句している。
「ぼ、僕には……絶対……無理だ」
病気かと思うほと顔を真っ赤にして興奮した様子に、葉山は相当な恥ずかしがり屋だと思った。いやもしかしたら、こんな下世話な会話に加わった経験がないのかもしれないな。
修学旅行とかでこっそりしただろ? 相手は女の子だが、下ネタで盛り上がったりしなかったのか。
いや、葉山に下ネタは似合わないか。
似合うのは……誰だ?
真っ先に浮かんできたのは『宗吾さん』だ!
「菅野、もうこれ以上は聞かないで……僕には無理だ。ごめん」
「イイってイイって! 俺も悪かった。ところで今日これから葉山の家に遊びに行っていいか」
「うん、宗吾さんも菅野ならいつでも大歓迎だって言っていたよ」
そんなわけで、俺は葉山にくっついて、滝沢ファミリーの家にお邪魔した。
「瑞樹ぃ~ お帰り、遅かったな」
「おにいちゃーん、会いたかったよぉ~」
玄関を閉めた途端、いきなりのハグ攻撃。
「わっ! ちょっと宗吾さんってば」
玄関の扉に押しつぶされる!
宗吾さんの手がギュッと回ってきて、背後の俺の腰にまで回ってきたので、ギョッとした。
ひぃ~ そんなとこモミモミしないで下さいよ!
「あれ? 瑞樹? なんか、ごつくなったな」
「ちょっ……後ろに菅野がいるんですよ!」
「へっ?」
「あ、どーも!」
ニッと笑って挨拶すると、宗吾さんの方がギョッとした。
****
「小森くん、どうしたの?」
「住職~ このお寺でも滝行って出来ますか」
「ん? どうした、いきなり? 僕に事情を話してご覧よ」
住職が優しく聞いてくれる。
だから……つい頼ってしまう。
「あ……あのですね……その……ああああ、愛を深めたくて」
「へっ?」
「つまりですね、お口にチューの次に進みたいんです!」
「えぇっ」
住職は耳まで真っ赤にして、狼狽えだしてしまったよ。
駄目だ。これじゃ嫌われちゃう!
住職に嫌われる → お饅頭や最中が食べられなくなる → いやだ!
「ご、ごめんなさい。変な事聞いて……副住職の所に行ってきます」
「あ、待って……流は駄目だ」
僕は住職が呼び止めるのも聞かず、副住職の所に走った。
「流さん~ 教えてくださいよ~ 指南して下さいよ~!」
僕……管野くんのお役に立てる人になりたいんです!
知花ちゃんの思い出が沢山散らばっている地にこれ以上留まるのが、息苦しかったんだ。
江ノ島も鎌倉も、彼女と歩いた道のりの全てが、悲しみの雨で濡れていた。
彼女は俺を言葉で解き放ってくれたのに、俺が駄目で……残りの大学生活は、出口のないトンネルを歩いているように鬱々とした日々だった。
そんな俺に、生きる張り合いが出来た。
あれはいつも俯いてばかりで……誰ともろくに目を合わさない葉山が、俺が研修で作ったアレンジメントを見た途端、驚いた様子で腕を掴んできたんだ。
そんなこと、普段する奴ではないので、意外だった。
「あ、あの……この花のタイトルは?」
「……葬送だよ」
白百合を使って自由にアレジメントを作れるという研修で……俺は密かに知花ちゃんを偲んでいたのだ。
「そうか……とても癒やされるよ」
葉山の澄んだ瞳に、ドキリとした。
彼も親しい人の死を、受け止めたことがあるのかもしれない。
かといってガードの堅い葉山は、絶対に自分のプライベートについて語らない。
いつも一歩下がって控えめな奴。
遠慮の塊みたいで、放っておけないよ。
彼が何を抱えて、何に怯え生きているのか、知りたくなった。
だから注意深く観察していくと、葉山が本当はとても優しくて情に脆い、清楚な人間なのが次第に伝わってきた。だからその日から俺は傍で葉山を見守りサポートし、彼が心から素直に笑える日がやって来ることを願った。
しかし相変わらず……彼の笑顔は、殆ど見られない。
微かに微笑む程度で、感情を露わにしない。
人って、そうではないだろ?
生きていたら、笑ったり泣いたり様々なのに、どうしてだ?
晩秋の日曜日。
外苑前の銀杏並木を一人であてもなく歩いていると、私服の葉山を偶然見かけた。
いつも一人なのに……とても気を許した表情で、背が高い男と歩いていた。
「へぇ……あんな表情もするのか」
興味を持って、そっと後をつけると、途中で葉山が立ち止まった。
どうやら葉山のスニーカーの靴紐が取れかかったようで、しゃがもうとすると……隣の男が制し、自ら跪いて結び直してあげていた。
……男同士で何やってんだ?
「よせって、自分で出来るよ」
「いいから、じっとしてろ」
「もうっ」
その時、葉山が嬉しそうに擽ったそうに、笑った。
その笑顔がとても可憐で驚いた。
会社でも、もっと笑えばいいのに。
笑った方が絶対に可愛いのに!
葉山の可憐な笑顔に、生前の知花ちゃんの可憐な笑顔を重ねて、俺は涙ぐんだ。
「会いたいよ……知花ちゃん。新しい恋なんて出来そうもない」
****
「あの、菅野? 僕の話、聞いてる?」
「ごめん、ちょっと耽っていた」
そんな切ない関係だった葉山とは、今は互いに認め合う親友になれて嬉しいよ。
「もしかして、小森くんのこと考えていたの?」
「お! そうだ。それそれ、葉山に折り入って聞きたいことがあるんだ」
「うん、僕でよければ相談に乗るよ」
「じゃあさ、今日の仕事の後、ちょっとだけ飲みに行かないか」
「少しだけなら、付き合うよ。何でも聞いていいよ」
なんて言ってくれたくせに、ファミレスのブース席で耳まで真っ赤にして俯くって、どういうこと?
「なぁ、だからさ、キスより先に進みたいんだよ。そろそろ」
「う、うん……」
「男同士でも、ちゃんと最後まで出来るんだよな?」
「えっ! そそそ、それを……ぼ、僕に聞く?」
「だってお前しかいないもん。ネットの情報は信じられん。経験者に話を聞かないと」
「け、経験者……!」
葉山が目の前で絶句している。
「ぼ、僕には……絶対……無理だ」
病気かと思うほと顔を真っ赤にして興奮した様子に、葉山は相当な恥ずかしがり屋だと思った。いやもしかしたら、こんな下世話な会話に加わった経験がないのかもしれないな。
修学旅行とかでこっそりしただろ? 相手は女の子だが、下ネタで盛り上がったりしなかったのか。
いや、葉山に下ネタは似合わないか。
似合うのは……誰だ?
真っ先に浮かんできたのは『宗吾さん』だ!
「菅野、もうこれ以上は聞かないで……僕には無理だ。ごめん」
「イイってイイって! 俺も悪かった。ところで今日これから葉山の家に遊びに行っていいか」
「うん、宗吾さんも菅野ならいつでも大歓迎だって言っていたよ」
そんなわけで、俺は葉山にくっついて、滝沢ファミリーの家にお邪魔した。
「瑞樹ぃ~ お帰り、遅かったな」
「おにいちゃーん、会いたかったよぉ~」
玄関を閉めた途端、いきなりのハグ攻撃。
「わっ! ちょっと宗吾さんってば」
玄関の扉に押しつぶされる!
宗吾さんの手がギュッと回ってきて、背後の俺の腰にまで回ってきたので、ギョッとした。
ひぃ~ そんなとこモミモミしないで下さいよ!
「あれ? 瑞樹? なんか、ごつくなったな」
「ちょっ……後ろに菅野がいるんですよ!」
「へっ?」
「あ、どーも!」
ニッと笑って挨拶すると、宗吾さんの方がギョッとした。
****
「小森くん、どうしたの?」
「住職~ このお寺でも滝行って出来ますか」
「ん? どうした、いきなり? 僕に事情を話してご覧よ」
住職が優しく聞いてくれる。
だから……つい頼ってしまう。
「あ……あのですね……その……ああああ、愛を深めたくて」
「へっ?」
「つまりですね、お口にチューの次に進みたいんです!」
「えぇっ」
住職は耳まで真っ赤にして、狼狽えだしてしまったよ。
駄目だ。これじゃ嫌われちゃう!
住職に嫌われる → お饅頭や最中が食べられなくなる → いやだ!
「ご、ごめんなさい。変な事聞いて……副住職の所に行ってきます」
「あ、待って……流は駄目だ」
僕は住職が呼び止めるのも聞かず、副住職の所に走った。
「流さん~ 教えてくださいよ~ 指南して下さいよ~!」
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