865 / 1,730
小学生編
湘南ハーモニー 40
しおりを挟む昨夜は崩れ落ちるように眠りについたせいか、随分早く目覚めてしまった。
「ん……宗吾さん?」
宗吾さんと芽生くんは、重なるように畳の上で眠っていた。酷い寝相で雑魚寝に近い状態だ。部屋の空気を換気するために障子と窓を開けると、風鈴の音がちりんと涼を運んでくれた。
今日も暑い一日になりそうだ。
あっ、ここからは寺の中庭が一望出来るんだな。
すると濃紺の作務衣に長髪を無造作に束ねた流さんの姿が、竹林から現れた。
流さんも僕の視線に気付き、こちらを見上げたので、朝の挨拶をした。
「おはよう!」
「あ……おはようございます」
「もう、皆、起きたのか」
「いえ、まだぐっすりです」
「そうか。なぁちょっと降りてこないか」
「?」
急いで顔を洗って庭に降りると、流さんに笑われた。
「瑞樹くん、寝癖がすごいな」
「え?」
「猫っ毛なんだな」
「そうかもしれません」
「こっち、こっち」
案内された場所は、寺の奥庭だった。
そこには夏の花が満開になっており、思わず息を呑んでしまった。
「これは、すごいですね!」
紫の桔梗に白やピンクのダリア、白いトルコギキョウなど見事に咲いていた。
「瑞樹くんって、生花デザイナーだよな?」
「はい、そうですが」
「実はやってみたいことがあって」
「なんでしょう?」
流さんは、一枚の写真を見せてくれた。
それは紫陽花を手水鉢に浮かべたもので、美しく癒やされるものだった。
「これは花手水《はなちょうず》といって、最近、寺でやるところが増えているそうだ」
「耳にしたことがあります。わぁ……とても素敵ですよね」
花手水とは、神社やお寺にある手水舎《ちょうずや》の手水鉢に色鮮やかな花を浮かべることで、見た目の華やかさからフォトジェニックな空間として、最近注目されている。
「瑞樹くんにも出来るか」
「え? 僕がですか」
「そうだ」
未経験だし……仏門に縁がない僕が手を出してもいいのだろうか。
「あの、流さんに手解きしながらなら」
「おぉ! そうか、俺でも出来るのか」
「はい! 花を想う心があれば、誰でも花に触れていいのです」
「いい言葉だ」
二人で色鮮やかな花を摘み、水を張った手水鉢にそっと浮かべていった。
「おぉ! 瑞樹くんは流石だな」
「流さんもセンスがいいです」
「そうか」
僕たちは意気投合して、花手水を一気に完成させた。
「これは翠が喜びそうだな」
「あの……流さんと……翠さんって」
「ん?」
しまった! つい野暮なことを口に出してしまった。
昨夜の宗吾さんの言葉を思い出し、反省した。
『みーずき、いろんな恋があっていいんじゃないか。この月影寺はそれぞれの愛で満ち溢れているから』
「いえ……その、二人はお似合いですね」
そう告げると、流さんは向日葵のような明るい笑顔になった。
「……そうか、そう見えるか。ありがとうな。嬉しいよ」
「このお寺は愛で満ちています。だから僕も大好きです」
「いつでも来るといい」
「はい、ありがとうございます」
ペコッと挨拶すると、窓から声がした。
「瑞樹、何をしている?」
「宗吾さん、おはようございます!」
「お兄ちゃん、おはよー」
「あ、芽生くんも起きたんだね」
「そっちにいってもいい?」
「おいで!」
程なく、まだパジャマ姿の芽生くんが元気よく走ってきた。
宗吾さんはまだ眠そうで、頭もボサボサでゆっくり歩いて来る。
くすっ、僕は飾らない宗吾さんが好きだ。
「おにーちゃん、おはようー」
手を広げてしゃがむと、ポスッと胸の中に収まってくれた。
「ふふっ、よく眠れたかな?」
「うん! あのね。何していたの?」
「見てご覧」
抱っこして花手水を見せてやると、芽生くんが目を輝かせた。
「わぁぁ! お花畑が出来ている!」
「これね、お水にお花を浮かべているんだよ」
「きれい!」
「へぇ『花手水』か……いいな」
「宗吾さんはご存じでしたか」
「CMで使ったことがあるが、月影寺の花手水は最高だな。流石瑞樹だな」
宗吾さんが顎に手を当ててしげしげと眺めているので、照れ臭くなった。
「何をしているんだい?」
住職姿の翠さんも、ヒョイと竹藪から顔を覗かせた。
「兄さん、これを見て下さいよ」
「へぇ、綺麗だね。瑞樹くんが作ってくれたのかい?」
「俺が頼んで、俺も一緒に」
「いいね。寺を訪れる人の癒やしになるね」
翠さんに気に入ってもらえ、流さんはますます上機嫌だ。
「お兄ちゃんは、お花さんのことが大切なんだね。いいお友だちなんだね」
「え?」
「なかよしだから、こんなにきれいにかざってあげられるんだね」
「あ……ありがとう」
相手を大切に思う。それは人でもモノでも同じだ。
「素晴らしいね。芽生くんは大切なことを知っているんだね。この人を幸せにしたいという気持ちは、とても大切なんだよ。僕も相手が自分と一緒にいることで寛いでくれ、愛される喜びを感じてくれたら嬉しいと思うよ」
翠さんの話し方は穏やかで核心を突いているので、聞き入ってしまう。
「目の前にいる人を見てご覧。きっと彼はここまで来るのに色々な経験をしてきたはずだ。それは良いことばかりではなく、悲しく悔しく切なく傷つくことだったかもしれない。相手をあるがまま受け止め抱きしめられたら、二人の絆はどんどん深まっていくだろうね」
僕は宗吾さんを見つめ、宗吾さんは僕を見つめた。
目の前にいる大切な人だ。
いつの間にか丈さんと洋くん、そして学ラン姿の薙くんもやってきた。
僕らは瑞々しい花手水を囲んで、翠さんの説法に耳を傾けた。
それは、深い深い愛の話だった。
「人間ってね……相手を愛せば愛すほど、相手の幸せが自分の幸せだと感じられるようになる生き物で、そこまで誰かを愛せた時には自分の中にも本当に幸せな温もりが充満し、心からの幸せを感じられるようになると、仏様も仰っているんだよ」
翠さんの深い言葉から、ふと『ハーモニー』という言葉が頭に浮かんだ。
オーケストラの人たちが常にお互いの音を聴いてお互いの心に耳を澄ましているのと同様に、人も自分の心に耳を澄ますだけでなく、相手の心にも耳を澄ませば、その関係はきっと上手くいく。
つまり言い換えれば……沢山の人同士の関係が上手くいっていることを『ハーモニー』と言うのかもしれない。
ならば……今ここに集う人たちもハーモニーだね。
「瑞樹、ここに来て良かったな」
「はい。大切なことを教えてもらえました」
「俺たち、いいハーモニーを奏でていこう」
「あの……僕も同じことを考えていました」
「ふっ、それもハーモニーさ」
「あ……はい!」
気付けば花手水を囲んで、優しい思いが繋がり、大きな縁が出来ていた。
僕らは『湘南ハーモニー』
この出会い、この想いを大切に生きていく。
風に身を任せて、また飛び立てる。
花手水にさしこむ朝日のように、爽やかな朝だった。
あとがき(不要な方は、飛ばしてください)
****
40話にて『重なる月』とのクロスオーバー『湘南ハーモニー』が終わりました。『重なる月』未読の方には分かりにくい部分もあったかもしれません。
40話に渡りお付き合い下さいまして、本当にありがとうございます。
更新の度に、沢山のスタンプやスターで応援していただけて、励みになっていました。私が毎日更新していけるのは、待って下さる方がいらっしゃるから。更新を追って読んで下さる方がいらっしゃるから。一緒に私の妄想ワールドを楽しんで下さる読者さまに感謝しています。
一馬と会うところで完結させた『幸せな存在』、芽生の小学生編としてここまでほぼ毎日書いてきました。実はもう殆ど書きたかったことは書いてしまい、今後はどうしようかなと迷い中なので、もしかしたら暫くお休みいただくかもしれません。
管野くんとこもりんの話を番外編として書くのもありなのかしら?
読んでみたいシーンなどリクエストも募集中ですので、お気軽に……♡
読者さまと作り上げていくスタイルなので、お待ちしています。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる