上 下
823 / 1,730
小学生編

北国のぬくもり 21

しおりを挟む

「芽生くんもおいで」
「え? ボクもいいの?」
「あたりまえよ。さぁ抱っこしてあげる」

 お母さんが僕に続いて、芽生くんを抱き寄せてくれた。

「芽生くん、今日はありがとうね。すごくうれしかったわ」
「え? なにが」
「あのね、お花を置く棚のこと、芽生くんが言ってくれたのよね」
「あ、うん、そうなの」
「私の腰を心配してくれたのね、なんていい子なのかしら」
「えへへ、うれしい」
 
 お母さんに抱っこされる芽生くんは、くすぐったそうに笑っていた。

 そうか、そうだよね。芽生くんもまた母の愛情に飢えているのだ。

「芽生くん、かわいい子、だーいすきよ」

 函館の母の懐は広くて、暖かい、居心地のいい場所だった。

 僕と芽生くんは、そのまま寄り添うように……母の胸に抱かれていた。

***

「みっちゃん、調子はどう?」
「ヒロくん~ 切った所が痛くて辛いわ。帝王切開って、こんなに大変なんだね」

 帝王切開とは、お腹を切開して赤ちゃんを取り出す分娩方法だ。術後は、傷の痛みと子宮収縮の痛みの二つがあり、特に傷の痛みは術後麻酔が切れると生じ、ピークは当日夜~産後二日目だと母からレクチャーを受けてきた。

「三日目位からはだいぶ落ち着いてきて、退院する頃には自由に歩き回れるそうだよ。だから焦らないで」
「ん……昨日は鎮痛剤の点滴してもらったけど……心配だな」
「……そうだ、これ」
「抱き枕?」
「母さんから、休める時は楽な姿勢でゆっくりして欲しいって言ってた」
「わぁ~うれしい! ヒロくんのお母さんって、本当に優しいよね」
「ありがとう。新婚早々……同居してくれてありがとうな」

 ずっとずっと言いたかったこと、今日なら言える。

「花屋も家もボロボロで新婚夫婦の華やかさもなくて……俺、無頓着だったよな」
「どうしたの? ヒロくん、急に何を?」
「実は店を……今日、リフォームしているんだ。弟たちが集まって力を合わせてくれているんだ。だからみっちゃん、退院する日を楽しみにしてくれ」

 どんな風になるのか、まだ分からないが、朝から弟二人と宗吾さんと芽生くんがワクワクした顔で集まって相談しているのを見て、泣きそうになった。

 俺のために、母のために、みっちゃんのために、ありがとうな。

「それはワクワクするね! ヒロくん、でもね、私は家の古さなんて気にしてなかったよ。だって大好きなヒロくんと結婚出来たんだもん! こんなに幸せなことってないわ。家の綺麗さよりも、もっと深い愛情をもらっている」

 あぁ、みっちゃんは最高の嫁さんだ。

 こんな心が広くて優しい人はいない。

「ずっと俺……背負うものが多くて、随分待たせたな」
「そんなことないよ。今でよかったんだよ。だって、潤くんも瑞樹くんも幸せそうだし、赤ちゃんもすぐに授かって、いいタイミングだったね」
「ありがとう、ありがとう。みっちゃん、一生愛してる!」

 ガバッとみっちゃんを抱きしめた。

「痛いって」
「あ、ごめん!」
「くすっ、さぁ優美ちゃんがもうすぐくるわ」
「そうだな、じゃあその前に」

 チュッとみっちゃんとキスをした。

「ふふ、熱々だね。私たち」
「だな」

 その後すぐに助産師さんが優美を連れてきてくれた。

「なんだか一日で太ったみたいだな」
「お顔が落ち着いてきたのよ」
「可愛いなぁ」
「看板娘だもん!」

 みっちゃんの胸に吸い付く様子を見て、また感激してしまった。

 必死に乳首に吸い付く小さな口、みっちゃんの胸から母乳が出ているのが分かり、感無量だ。

 俺は父となり、みっちゃんは母となった。

 赤ちゃんの仕草一つ一つに、俺たちを親へとステップアップしていく。
 
「ヒロくん、お店はいいの? 戻らなくて」
「今日は夕方まで帰ってくるなって。弟たちが店番してくれているから……明日からはゆっくり来られない分、今日はずっといるよ。優美とみっちゃんの傍に」

 ***

 店の後は、優美ちゃんのベビーコーナーにパステル調の家具を組み立て、壁にはカラフルなフラッグ、コルクボードには、芽生お手製のカードを貼った。

 雑誌に出てくるような可愛い部屋だな。

 見違えるように明るい空間になって満足だ。

「どうだ? 芽生」
「どうかな、芽生くん」
「うーん、優美ちゃんのおへや、あとすこしだけ、さみしくない?」
「何が足りない?」
「えっとね、ぬいぐるみー!」
「おぉ! 確かに」
「瑞樹、探しに行こう」
「はい!」

 瑞樹と芽生を連れて、赤煉瓦倉庫にやってきた。観光客向けの可愛い土産物ショップが並んでいるので、インテリアにもなるぬいぐるみが見つかりそうだ。

「瑞樹、君だったら、何のぬいぐるみがいい?」
「あ……あの、僕だったら、やっぱりクマが好きです」
「ふっ瑞樹はゆめの国でもそうだったが、クマ好きだよな。君自身はうさぎみたいなのに……そうか、俺がそんなに好きなのか」

 ニヤリと微笑みかけると、瑞樹がギョッとしていた。

「もう! 宗吾さんは自意識過剰です!」

 頬を膨らませるのも、可愛いだけなのに。

「パパぁ~、あのクマさんはどうかな?」
「お? いいな」
「本当だ」

 芽生が見つけてくれたのは、ピンク色の花柄生地の、クマのぬいぐるみだった。

「宗吾さん、これにしましょう。僕が払います」
「いや、これは俺からだ。クマだしな」
「くすっ、じゃあ僕は芽生くんに何か買ってあげてもいいですか」
「優しいな」
「そうしたいんです。芽生くん、オルゴールの館に行ってみようか」

 どんな時も芽生の心を置いてけぼりにしない、忘れない君が愛おしいよ。

 オルゴールの館には、優しいメロディが流れていて、疲れた身体を癒やしてくれた。

「ここ……高校時代何度か立ち寄ったことがあって……優しい音色が好きなんです」
「いいね」
「芽生くん、今回はどこにも遊びに行けなくてごめんね」
「すごく楽しかったよ。お兄ちゃんとお花屋さん、できたもん」
「嬉しいよ」

 そうだな。ゆめの国ももちろん楽しいが、こんな日常もワンダーランドだな。

「あ、これ、かわいい!」
「本当だ。カレンダーにもなっているね」
「これがいいな」

 芽生が選んだのはリスがくるくる回るオルゴールで、自分で日付を変えるカレンダーだった。

「宗吾さん、自分で日にちを動かすみたいで、いいですね」

 瑞樹の瞳も輝いていた。

 そうだ、君の時間、君の一日は君のものだ。

 瑞樹はもっともっと羽ばたいていい。

 君が羽を休ませられる場所はどんどん増えているのだから。

 函館も大沼も、そんな場所になった。





****

改装後の葉山生花店のイメージ画像(読者さまがあつ森で作ってくださいました)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...