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小学生編
北国のぬくもり 18
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今宵のことは……生涯忘れられないでしょう。
葉山生花店が生まれ変わる決意をした日よ。
****
夫が病に倒れてから、花屋を訳も分からぬまま引き継いで、ここまで必死に働いてきた。最近は広樹とみっちゃんに任せることが多くなり、ようやく一息つけたけれども、こんな風に何日もじっとしていることはなかったのよ。
一つの場所に留まって冷静に辺りを見渡すと、それまで見えなかった景色が見えてくるのね。
夫が亡くなったのは、潤が赤ん坊の頃、広樹もまだ小学生で、大変な毎日だった。
花のことは何も分からない私だから仕入れに失敗したり、粗悪品を買わされたり散々だった。花屋の売り上げもがた落ちで、辛かった。
でも……亡くなった夫の『花で人を癒やしたい』という遺志だけは、守ってあげたかった。だって早すぎるでしょう? 30代後半でこの世を去るなんて。
その後、潤が5歳になった年に、両親と弟を交通事故で亡くし呆然と樹の下で立ち尽くしていた瑞樹と出会ったのよ。
遠い親戚……といっても私とは血の繋がらないお姉さんの子供だった。とても綺麗で溌剌としたお姉さんのことは、数回会っただけだったのに、印象に残っていたわ。
瑞樹を引き取り、生活はますます大変になった。ひとり親で3人の男の子を育てる日々はギリギリで……店の外観に手を入れたり内装を補修する暇も余裕もなく、気が付いたら薄汚れたコンクリートの、時代から取り残された朽ちた店舗になっていたわ。
使っている花入れも、机も……何もかもボロボロ。
みっちゃんは文句一つ言わず毎日店を手伝ってくれたけれども、これは酷いわ。
夜になって瑞樹と潤、そして宗吾さんと芽生くんが狭い我が家に集まったのを見て、決心したの。
ここ数日考えていたことを実行する時は、今よ。
部屋の改装を申し出ると、皆、何も言わずに役割分担して動き出してくれた。
瑞樹と潤が阿吽の呼吸で動いている光景に、視界が滲んでしまったわ。
「お母さん、間取りのことなんです。このあたりまでお店で……ここにボードとプレイマットを置いてみたらどうですか、こんなイメージで……」
瑞樹が花を描くスケッチブックに、間取り図を描いてくれた。
「今度はね、小さなお子さんにも花に親しんでもらえるようにしたいの」
「なるほど……」
すると隣で目を輝かせていた芽生くんが、嬉しそうに教えてくれたの。
「あのね、ボクがどうしてお花をすきになったか知ってる?」
「どうしてなの? おばあちゃんに教えて」
「それはね『花ことば』の魔法だよ」
「ん?」
「お兄ちゃんがね、いつも教えてくれるの。お仕事であまったお花の『花ことば』を。それでいいなって。だって、ふわふわとやさしかったり、きれいなことばがいっぱいあるんだもん」
花言葉。瑞樹が拘っていたのは知っていたけれども、私や広樹は構わず花を売っていたわね。
「お母さん、母の日や誕生日、プロポーズの花束など……花を贈りたい時って何かを伝えたい時が多いですよね。でも実際には口に出して直接伝えるのが気恥ずかしいので、『花言葉』に込めて贈れたらいいなって、僕はいつも思っていて」
「うんうん、おばあちゃん、見て。このご本には沢山のってるよ」
芽生くんが花言葉辞典を見せてくれた。
子供用に優しくシンプルに書かれたものだった。
「そうね。花を渡した人に、実はこんな意味があるって伝えたら、確かに嬉しいわね」
「これからの時代、花はますます気持ちを伝える大切なツールになっていくと思います。だから花を贈るのは、心を贈るのに等しいとも……お店でよく扱う花の、『花言葉』を分かりやすく書いておくのもいいなと……」
瑞樹のアイデアが輝いて見えた。散々普通の花屋を営んできた。
みっちゃんが来てくれ、孫の優美ちゃんが生まれ、今こそ生まれ変わる時なのね。
「ボクもおてつだいするよ。漢字だって少し書けるようになったもん」
「ふふ。芽生くん、頼もしいわ。子供の視点って大事ね」
「うん!」
バラ 、 カーネーション 、 トルコキキョウ 、ユリ 、 ガーベラ に カスミソウ ……
知りたいわ。優しい花言葉を!
「そうだわ。瑞樹ちょっといい? あの引き出しから通帳を持ってきて」
「うん?」
『葉山瑞樹』と書かれた通帳には、毎月瑞樹が仕送りしてくれたお金がそのまま入っていた。
「あのね、改装費用にこれを使ってもいいかしら?」
「え……いいの? このお金でしてもいいの?」
「瑞樹が頑張って稼いでくれたお金だから、なかなか使えなかったんだけど……このお店のためにいいかしら?」
瑞樹は目元を染め、微笑んでくれた。
優しい笑顔にお姉ちゃんを思い出した。
「もちろんだよ。お母さん、僕も役に立つんだね」
「何言って? あなたはずっと私の支えよ」
「うっ……」
「もう、泣き虫ね。おいで」
泣き崩れる瑞樹の肩を抱き寄せてやった。
「ずっとこうしてあげたかったのよ」
「お……母さん」
「なあに? みーくん」
ふと、そう呼んでみたくなった。
「え? どうして」
「小さい時、こう呼ばれていたんじゃない?」
「なんで知って?」
「母の勘よ」
「うっ……もう泣かせないで」
****
その晩、芽生くんを寝かしつけた後、宗吾さんに呼ばれた。
「みーくん、こっちにおいで」
「も、もう宗吾さんまで、そんな風に呼ばないで下さい」
「ふっ、今日は良かったな」
「はい……僕が改装資金を出せるなんて嬉しいです」
「とびっきり可愛いお店に変身させよう」
「はい!」
「その前にまずはとびっきり可愛い瑞樹になってもらおう」
チュッとキスをされ、甘い夜へと誘われる。
葉山生花店が生まれ変わる決意をした日よ。
****
夫が病に倒れてから、花屋を訳も分からぬまま引き継いで、ここまで必死に働いてきた。最近は広樹とみっちゃんに任せることが多くなり、ようやく一息つけたけれども、こんな風に何日もじっとしていることはなかったのよ。
一つの場所に留まって冷静に辺りを見渡すと、それまで見えなかった景色が見えてくるのね。
夫が亡くなったのは、潤が赤ん坊の頃、広樹もまだ小学生で、大変な毎日だった。
花のことは何も分からない私だから仕入れに失敗したり、粗悪品を買わされたり散々だった。花屋の売り上げもがた落ちで、辛かった。
でも……亡くなった夫の『花で人を癒やしたい』という遺志だけは、守ってあげたかった。だって早すぎるでしょう? 30代後半でこの世を去るなんて。
その後、潤が5歳になった年に、両親と弟を交通事故で亡くし呆然と樹の下で立ち尽くしていた瑞樹と出会ったのよ。
遠い親戚……といっても私とは血の繋がらないお姉さんの子供だった。とても綺麗で溌剌としたお姉さんのことは、数回会っただけだったのに、印象に残っていたわ。
瑞樹を引き取り、生活はますます大変になった。ひとり親で3人の男の子を育てる日々はギリギリで……店の外観に手を入れたり内装を補修する暇も余裕もなく、気が付いたら薄汚れたコンクリートの、時代から取り残された朽ちた店舗になっていたわ。
使っている花入れも、机も……何もかもボロボロ。
みっちゃんは文句一つ言わず毎日店を手伝ってくれたけれども、これは酷いわ。
夜になって瑞樹と潤、そして宗吾さんと芽生くんが狭い我が家に集まったのを見て、決心したの。
ここ数日考えていたことを実行する時は、今よ。
部屋の改装を申し出ると、皆、何も言わずに役割分担して動き出してくれた。
瑞樹と潤が阿吽の呼吸で動いている光景に、視界が滲んでしまったわ。
「お母さん、間取りのことなんです。このあたりまでお店で……ここにボードとプレイマットを置いてみたらどうですか、こんなイメージで……」
瑞樹が花を描くスケッチブックに、間取り図を描いてくれた。
「今度はね、小さなお子さんにも花に親しんでもらえるようにしたいの」
「なるほど……」
すると隣で目を輝かせていた芽生くんが、嬉しそうに教えてくれたの。
「あのね、ボクがどうしてお花をすきになったか知ってる?」
「どうしてなの? おばあちゃんに教えて」
「それはね『花ことば』の魔法だよ」
「ん?」
「お兄ちゃんがね、いつも教えてくれるの。お仕事であまったお花の『花ことば』を。それでいいなって。だって、ふわふわとやさしかったり、きれいなことばがいっぱいあるんだもん」
花言葉。瑞樹が拘っていたのは知っていたけれども、私や広樹は構わず花を売っていたわね。
「お母さん、母の日や誕生日、プロポーズの花束など……花を贈りたい時って何かを伝えたい時が多いですよね。でも実際には口に出して直接伝えるのが気恥ずかしいので、『花言葉』に込めて贈れたらいいなって、僕はいつも思っていて」
「うんうん、おばあちゃん、見て。このご本には沢山のってるよ」
芽生くんが花言葉辞典を見せてくれた。
子供用に優しくシンプルに書かれたものだった。
「そうね。花を渡した人に、実はこんな意味があるって伝えたら、確かに嬉しいわね」
「これからの時代、花はますます気持ちを伝える大切なツールになっていくと思います。だから花を贈るのは、心を贈るのに等しいとも……お店でよく扱う花の、『花言葉』を分かりやすく書いておくのもいいなと……」
瑞樹のアイデアが輝いて見えた。散々普通の花屋を営んできた。
みっちゃんが来てくれ、孫の優美ちゃんが生まれ、今こそ生まれ変わる時なのね。
「ボクもおてつだいするよ。漢字だって少し書けるようになったもん」
「ふふ。芽生くん、頼もしいわ。子供の視点って大事ね」
「うん!」
バラ 、 カーネーション 、 トルコキキョウ 、ユリ 、 ガーベラ に カスミソウ ……
知りたいわ。優しい花言葉を!
「そうだわ。瑞樹ちょっといい? あの引き出しから通帳を持ってきて」
「うん?」
『葉山瑞樹』と書かれた通帳には、毎月瑞樹が仕送りしてくれたお金がそのまま入っていた。
「あのね、改装費用にこれを使ってもいいかしら?」
「え……いいの? このお金でしてもいいの?」
「瑞樹が頑張って稼いでくれたお金だから、なかなか使えなかったんだけど……このお店のためにいいかしら?」
瑞樹は目元を染め、微笑んでくれた。
優しい笑顔にお姉ちゃんを思い出した。
「もちろんだよ。お母さん、僕も役に立つんだね」
「何言って? あなたはずっと私の支えよ」
「うっ……」
「もう、泣き虫ね。おいで」
泣き崩れる瑞樹の肩を抱き寄せてやった。
「ずっとこうしてあげたかったのよ」
「お……母さん」
「なあに? みーくん」
ふと、そう呼んでみたくなった。
「え? どうして」
「小さい時、こう呼ばれていたんじゃない?」
「なんで知って?」
「母の勘よ」
「うっ……もう泣かせないで」
****
その晩、芽生くんを寝かしつけた後、宗吾さんに呼ばれた。
「みーくん、こっちにおいで」
「も、もう宗吾さんまで、そんな風に呼ばないで下さい」
「ふっ、今日は良かったな」
「はい……僕が改装資金を出せるなんて嬉しいです」
「とびっきり可愛いお店に変身させよう」
「はい!」
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