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小学生編

北国のぬくもり 13

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 待合室で待っていると、看護師さんに呼ばれた。

「おめでとうございます! 無事に産まれましたよ。今、奥様が個室に移りますので、いらして下さい」
「あ、あのっ、みっちゃん……妻は無事ですか」
「はい、母子共に健康です」
「あぁ……よかった」

 待合室から個室に移動すると、ベッドに寝かされたみっちゃんが戻って来た。

「おめでとうございます。お疲れさま、皆さんお待ちですよ」
「ありがとうございます」

 みっちゃんの声……元気そうで良かった。

 俺が出迎えると、にっこりと笑ってくれた。沢山の管に繋がれていて大変そうだが、意識もはっきりしていたので安心した。

「ヒロくん、赤ちゃん、女の子よ。早く名前を考えないとね」
「お、女の子か!」

 声が上擦ってしまった。頭の中がお花畑になってしまいそうだが、まだ早い。

 みっちゃんに伝えたいことがある。

「みっちゃん、産んでくれてありがとう。そして、お疲れさま」
「ヒロくん、とうとうパパになったね」
「みっちゃんはママになったな」
「うん! ふたりで子育ても楽しもうね」

 そこからみっちゃんのご両親も集まり、和やかな時間になった。

 暫くすると看護師さんが、また声をかけてくれた。

「赤ちゃんの処置が終わったので、こちらにお連れしてもいいですか」
「ぜひ! 早く逢いたいわ」

 いよいよだ。看護師さんに抱っこされてやってきたのは、本当に小さな小さな赤ん坊だった。

「さぁ、どうぞ。ちょうど今起きたところですよ」

 まずみっちゃんが抱っこする。あぁすっかり母の顔だな、慈愛に満ちた表情を浮かべている。

「顔が丸くてかわいいね。目を開けているわ。ヒロくんも抱っこして」
「あぁ」

 ふと、潤が生まれた日を思い出した。10歳も年下だったから、鮮明に覚えている。父さんが嬉し泣きをしていた。その頃父さんはもう……病魔に冒されていたので、新しい命の誕生に直面し、心から感謝していた。同時に「この子が大きくなるまで一緒にいられない」と詫びていたのが、とても印象的だった。

 それにしても……この赤ん坊が俺の娘なんだと思うとしみじみと感動した。腕におそるおそる抱けば、それなりにずしっと重く、命の重みを感じた。

「ヒロくん、お母さんと瑞樹くんに知らせた?」
「あ、まだだ! 名前もまだだ!」
「男の子でも女の子でも『優』の漢字をつけようと約束したのは覚えている?」
「もちろんだ」

 優しい人になって欲しい。ふたりのシンプルな願いだった。
 
「何がいいかなぁ~、少し、考えていいか」
「うん、早く呼びたいな」
「分かった」

 母さんは電話口で泣いてくれた。

「広樹がついにお父さんになったのね。今までお父さんの代わりを沢山してくれてありがとう。これからはあなたの赤ちゃんのお父さんを優先させてね」
「母さん……」
「腰が痛くてすぐに会えないのが残念よ。退院を心待ちにしているわ」
「あとで写真を送るよ」

 それから瑞樹に電話をかけた。

「もしもし……あっ、広樹兄さん、もしかして!」

 可憐な声が弾んでいた。

「あぁ、無事に産まれたよ。女の子だ」
「わぁ……兄さん。おめでとう」
「ありがとうな。レストランの方は無事に終わったのか。ひとりで大丈夫だったのか」
「兄さん、兄さん……みっちゃんも赤ちゃんも無事?」

 まったく瑞樹らしいな。自分のことより、いつも周りを大切にして。だから俺は瑞樹を大切にしたくなる。

「あぁ、無事だ。母子共に健康だ」
「良かった、本当に良かった」
「お、おい。瑞樹、泣くなって」
「ごめんなさい、ほっとしたから」
「女の子だよ。瑞樹の姪だ。可愛がってくれよ」
「女の子だったの? 嬉しい。嬉しいよ!」

 電話の向こうの声が明るくなる。

「店を早めに閉めて、会いに来てくれ」
「うん!」
 
 かわいい返事に、つい目尻が下がる。

****

「瑞樹、無事に産まれたのか」
「はい、女の子だそうです」
「そうか、うちの兄さんとますます意気投合だな」
「ですね。じゃあ、そろそろ撤収しましょう」
「おお」

 瑞樹は最終点検をして、レストランオーナーに挨拶をした。

「いやぁ、君……えっと、葉山生花店さんは素晴らしい出来映えだね。うちのレストランがまるで野原のようになったようだよ」
「ナチュラルなお料理の内容に合うように、野外を意識してみました」
「いい腕前だな。これはサービスだよ」

 サービスだと? 俺の瑞樹に何を?

 っと思ったら、瑞樹はピンク色のオーガンジー袋に入ったドラジェを受け取っていた。

「あ、ありがとうございます」
「末永くお幸せに」
「え?」
「あぁこっちの話、気にしないで」

 ドラジェとはアーモンドに白やピンク色の砂糖ペーストをコーティングしたもので、ヨーロッパでは結婚式や誕生日などの祝い菓子として用いられているものだ。 

「宗吾さん、お土産までいただいてしまいました。このお菓子って、ナッツですか」
「アーモンドだよ。今日の結婚式の引き菓子じゃないか」
「成程、でも、どうしてアーモンドなんでしょうね?」
「アーモンドは実を一杯つけるから多産や繁栄を意味しているのさ。まぁ……つまり幸せの象徴だ。さては、俺と瑞樹の関係を見破ったのかな? それともさっきの電話が聞こえたのか」
「あ……」

 車にせっせと持ち帰る資材を積み込んでいた瑞樹の耳が、赤くなる。
 
 入れ替わりに車が到着して、純白のウェディングドレスの女性が降りてきた。

「……綺麗ですね」
「瑞樹の次にな」
「も、もう――何を言って」

 ハンドルを握ろうとする瑞樹の左手薬指に、すっと指輪をつけてやった。

「あ……持って来ていたんですか」
「おまじないさ」
「ゆめの国でも……ここでも驚かされます」
「瑞樹がいい、瑞樹が好きだ、瑞樹を愛している」

 小さな不安はすぐに取り除く。

「俺たちには芽生がいるし、姪っ子も産まれた。充分に……幸せだよな」
「あ……はい」

 指輪を見つめた瑞樹の頬が、どんどん上気していく。

 綺麗な色に染まっていく。
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