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小学生編

北国のぬくもり 7

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  兄さんの運転する車で一旦、葉山生花店に立ち寄った。

 それにしても僕の宿泊したビジネスホテルからはたった5分の距離なのに、わざわざ迎えに来てくれるなんて。兄さんは過保護だなと思う反面、大切にされていることが伝わり嬉しかった。

 まだ夜も明けきらない空だったが、僕の心は澄んでいた。

「瑞樹、朝からご機嫌だな」
「え……っ、そうかな?」
「さては宗吾に朝っぱらから、突っ込まれたんじゃないか」
「えっ!」

 兄さんの言葉は直球過ぎる‼
 露骨に聞かれて卒倒しそうだ。
 兄さんってこんなキャラだったかな。

 カァァっと頬が火照っていくのを感じた。

「何を驚く? ほら、いつものように瑞樹の反応を突っ込まれて笑わされたんじゃないか。あいつは揶揄ったりするの好きそうだもんな。苛められてないか」

 そ、そっちか……あぁ、び、びっくりした。
 兄さんは僕以上に天然だ!大物だ!

「うん。大丈夫……ちょっとヘン……だけど」
「あー 分かるなぁ」
「兄さん、あの……今日……お父さんになっても、僕は兄さんの弟だよね」

 今日という日を迎えるにあたり、つい甘えたことを言ってしまった。どうしてだろう? 僕は昔から兄さんには甘えられる。

「ごめんなさい。ヘンなこと言って」

 兄さんは一瞬目を見開いた後、破顔した。

「当たり前だろ~、じゃなきゃ、こんなことしないぞ」

 またハグされて、髭を擦りつけられて笑ってしまった。

「もう! 兄さん、くすぐったいよ! ほら、もう仕事しないと」
「瑞樹。あのさ、俺、ブラコンはやめないからな! 父さんになっても」
「ん……僕もだよ。お兄ちゃん……」

 昔みたいに甘えて呼ぶと、兄さんはますます嬉しそうに目を細めてくれた。

「さぁエネルギーチャージしたし、頑張ろう!」
「うん、レストランウエディングの納品は何時?」
「10時だ」
「了解。僕が生け込み作業はやるから大丈夫。仕入れだけ手伝ってもらえばいいよ。早く病院に行ってあげて」
「……だが、ひとりで大丈夫か。母さんは今日はまだ無理だぞ」

 肩に手を置かれ、僕はコクンと頷いた。

「今日は助っ人が入るから」
「あ、そうか。宗吾と芽生くんも花屋さんに?」
「いいかな?」
「当たり前だろ、瑞樹の家族だ!」

 函館の函館花市場までの道すがら、久しぶり北の大地の景色を楽しんだ。

 間もなく7月を迎える。夏の北海道は花のシーズンだ。北国の冬は長く、花々が咲き出すのは五月頃なので、本州よりもぐっと遅い。

 春を待ち侘びていた花たちは、この時期を逃さんとばかりに初夏から夏の終わりにかけて次々と咲き誇る。新緑の中、色とりどりの花々が風に揺れる景色は、言葉にできないほど美しい。

 僕は自然が大好きだ。改めて故郷で思うこと。

「瑞樹、少し前はライラックが綺麗だったぞ」
「懐かしい……リラの花は……本州では見かけないよ」
「そうなのか。こっちでは街路樹になっていることも多いのにな」
「だから……見たかったな」
「なら今度は5月に来いよ」
「そうだね」

 ライラックの花は、モクセイ科なので「金木犀」や「ジャスミン」のように香りが高い。甘く優しい香には、リラックス効果がある。あの匂いに癒やされたいな。

「兄さん、僕……もう、いつでも来ていいんだね」
「あぁ、好きな時に戻って来い。瑞樹は赤ん坊の叔父さんだろ。って瑞樹に叔父さんは似合わないなぁ。『瑞樹兄さん』と呼ばせようか」
「気が早いよ。赤ちゃんがお喋り出来ようになる頃には、僕も30歳を過ぎるんだから、叔父さんでいいよ」
「いや、絶対に駄目だ」
「もうっ、くすっ、兄さんは『頑固なお父さん』になりそうだ」
「それはまずいな」

 とりとめもない話をしていると市場に到着した。

 ここに来るには久しぶりだ。
 
  中には季節の花が溢れている。日本全国から集まった色鮮やかな花々が並んでいたが、僕の心はずっと北国の花に奪われていた。

「兄さん、今日の花はすずらんと白薔薇がメインだったよね」
「そうだ。生きのよいのを選んでくれ」
「あのね、水色を少し入れてもいいかな?」
「いい花があったのか」
「うん、サムシングブルーにちなんで、ブルースターなんてどうかな」
「いいな。花言葉は何だ?」
「 『幸福な愛』『信じあう心』だよ」
「ぴったりだな」

 兄さんと手際よく花を買ってはバンに積み込んだ。

「あ、そうだ、ちょっと待っていて」
「ん? 今日の花を買おう。だって今日は……兄さんがお父さんになる記念日だからプレゼントさせて」
「お、悪いな」

 6月28日の誕生花は『トルコキキョウ』初夏から秋にかけて咲く青紫色や白色の花は清涼感があり、夏の切り花や鉢物として人気だ。

「へぇ『トルコキキョウ』か、いいな」
「兄さん、この花の花言葉は『すがすがしい美しさ』と『優美』だよ」
「いい! 瑞樹みたいでいいな!」
「も、もう――兄さんは弟に甘すぎるよ」

 清々しい美しさ
 優しい美しさ

 どちらも好きな言葉だった。こんな良き日に生まれている赤ちゃんは男の子、女の子どちらだろう?

「あとで、アレンジメントにしてみっちゃんにプレゼントしても?」
「最高だよ。瑞樹らしい贈りもの……嬉しいよ」

 バンから生花店に花の入った箱を搬入しながら、兄さんと一緒に働ける喜びを感じていた。手伝わせてもらえる喜び、役立つ喜びを。

「兄さん、僕ね、ずっとこうしたかったんだ」
「俺もだよ。夢は叶ったな」
「うん。あ……兄さんそろそろ行かないと」
「まだ時間はあるぞ」
「でも……手術の日の面会は8時半からだよ。その時間から行ってあげて」
「そうかな?」
「きっと喜んでくれるよ」

 芽生くんの送迎から学んだが、待ち人の到着は1分1秒でも早いと嬉しいんだ。だから僕は兄さんの背中をトンっと押してあげた。

「兄さん、次会う時はお父さんだね。無事を祈っているよ」
「あぁ、産まれたら知らせるからな」
「うん! 応援しているよ」

 朝日は昇った。

 いよいよ動き出す。
 


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