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小学生編

ゆめの国 7

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「お兄ちゃん、ボク……来年は『アベ……』って、ちゃんと言えるようになる」
「うん! 応援しているよ」
 
   くすっ、舌を噛みそうな慣れない言葉だったから、もう忘れてしまったみたいだね。それならば……こうしてあげよう。僕は鞄からメモを取り出し、『アリベデルチ』と書いてあげた。

「わぁ、ありがとう。おぼえられなかったら、かいておけばいいんだね」
「そうだよ、これは大切なことだよ。お兄ちゃんもお花の名前覚えるとき、紙に書いて頑張ったよ」
「うん、わかった!」
「よし、良いお返事だね」
「えへへ」

 芽生くんは嬉しそうに、メモを折りたたんでいた。

「瑞樹はいつもよく気が回るよな。俺にはない繊細な心だよ。いつもありがとうな」
「いえ、そんな……」
「おっと、みーずき、そうじゃないだろ?」
「あ、どういたしましてですね」

 僕は褒められると、つい照れ臭くなり謙遜してしまう。  宗吾さんからは、素直に受け取ってくれと言われているのに反省だ。

「そうそう、俺は心からそう思っているんだから素直に受け取ってくれよ」
「はい、ありがとうございます」
「瑞樹、大丈夫だ、その調子だ!」

 さり気なく手に触れてくれ、心がふわっと軽くなった。

 『プラスの言葉』を使うのって、いいね。

 宗吾さんは、いつも僕を見つめてくれる。見守られ気遣ってもらえると、僕は自分を大切にしたくなる。僕なんかとつい考えてしまう癖はもうなくしたい。僕も幸せになっていいのだから。

 だから言葉から変えていこうと宗吾さんが言ってくれている。

 明るく前向きになれる言葉を、放とう!

 もっともっと――

 僕は僕自身の気持ちに、誠実でありたい。

「よし、次はあれに乗ろう!」

『ツリー・オブ・ストーリー』

  とても高い建物で見上げると、上の方から悲鳴が聞こえた。

「お、お兄ちゃん……もしかして……あそこから乗りものが落ちるの?」
「そうみたいだね。怖い? 宗吾さん、芽生くんの身長でも乗れますか」
「あぁ102 cm以上だから、大丈夫だ」
「……どうしようか。違うのでもいいよ」
「ううん! メイのってみたい!」
「じゃあ行って見ようか」

 芽生くんはいつもは『ボク』って言うのに……『メイ』と言う時は少し甘えた時だ。本当に大丈夫かな? でも芽生くんの挑戦したい気持ちを尊重しよう。

 列に並び出すと、芽生くんがさり気なく僕の手を握ってきた。だから僕もギュッと握り返してあげた。

 僕はね、いつでも芽生くんの不安を取り除ける存在になりたいから嬉しいよ。僕を必要としてくれているのが有り難いよ。

 芽生くんは今一人で挑戦しようとしている! 
 だから僕も応援しよう!

 ところが、室内の装飾のある廊下に入ると、芽生くんが「ううっ……」と突然泣き出した。

「どうした? 怖いのか。芽生、落ちるのなんて一瞬だぞ」

 宗吾さんが励ますが、芽生くんはひっくひっくと泣くばかり。

「どうしたのかな? 大丈夫だよ。お兄ちゃんに話してごらん」
「ぐすっ、お兄ちゃん怖いよ~」

 芽生くんは、僕の腰に手をまわしで抱きついてきた。目をギュッと瞑っているな。何か急に見たくないものでもあったのかな? あ、もしかして……

「宗吾さん、もしかして、この部屋が怖いのでは?」
「あ、そうか。あそこに芽生の嫌いなミイラがいる」

 宗吾さんが小声で教えてくれたので、なるほどと思った。

「芽生くん、こっち側を歩こうね。こうしたらお兄ちゃんとパパしか見えないよ」
「あ……本当だ。お兄ちゃん……ありがとう!」

 何を恐れるのか。

 それは……人それぞれだ。
 
 幼い頃は、特定の何かが以上に苦手なことがある。

 僕は、極端なほど……ひとりが苦手だった。

 だから幼い頃はいつも母の手を握り、服の端を掴んでいた。そして夏樹が生まれてからは、その手を握っていた。

「瑞樹、乗り物は垂直落下するってさ。吹き飛ばしに行こう!」
「何をですか」
「ずっと苦手だったものをさ」
「あ、はい!」

 アトラクションのコンセプトについて説明を受け、小さな部屋に通される。

 芽生くんはようやく顔をあげてくれた。

「もういないよ。大丈夫だよ」
「よかった~ あのね……ボク、ミイラが苦手なんだ」
「うんうん、苦手なものってあるよね」
「お兄ちゃんにもある?」
「うん……ひとりが苦手だったよ」
「じゃあ、もう大丈夫だね」

 芽生くんがニコッと笑ってくれたので、素直に頷いた。

「うん、芽生くんと宗吾さんがいるから、ひとりじゃない」
「うん! そうだよ。お兄ちゃんも、もうだいじょうぶ」

 最近の芽生くんには、よく泣かされそうになる。

  僕たちは乗り物の座席に3人で並んで、上昇した。

  一番上で急に視界が開ける。

 海だ! 海が見える!

「瑞樹、海を恐れるな」
「はい、そうですね」

 海は果てしなく……広く深い。
 
 でも……恐れない。怖がらない。

 僕の哀しみを包み、これからの世界に送り出してくれる力強さを感じる。

 カタンと音を立て、座席が垂直落下を始めた。

「わああぁぁー!」

 宗吾さんの大きな声。

「わぁ~!」

 芽生くんのワクワクした声。

「あぁぁ……」

 僕の(少し)怯えた声が響く。

 そしてまた途中で上昇していく。

 身を任せて楽しもう。 この瞬間を!

「また上るぞ」
「はい」

 宗吾さんと芽生くんと僕。

 三人の力で上昇していくように感じた。

 上がったり下がったり人生はアップダウン。

 でもいつだって忘れない。この上昇気流の感覚を――!

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