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小学生編
ゆめの国 6
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おむつ替えをしようと思ったが、彩芽の足があまりに細く折れそうで、戸惑ってしまった。
人はこんなにも無力で小さな存在として、この世に産まれてくるのか。
「憲吾さん、足はそっと持ち上げてね。それでおまたはしっかりふいてあげてね。はい、オムツを腰を浮かして差し込んで……」
「わ、分かった」
「ふぎゃあ、ふぎゃあ」
「あぁ~駄目よ。オムツはもっと奥にして、それじゃお腹がキツすぎるわ」
「う……分からない」
「えっとね、こうよ」
結局、美智に全部やり直してもらった。
不慣れな私の手先は不器用過ぎて、がっくしと肩を落とす結果になった。
「憲吾さん、誰でも最初は初めてよ」
「あぁそうだったな。そんな簡単なことも忘れていたなんて……馬鹿だな」
そうか……机上の学問で優秀なだけでは駄目なのだな。
学生時代、とにかく何でも自分で体験することを心がけ『座右の銘』としていた明るい宗吾を疎んじていたのを、今更ながら後悔してしまった。
「憲吾さん、そんなことないわ。私、憲吾さんの生き方だって有りだと思うわ。今、足りないと思えるのなら、気付いた時に補充すればいいだけじゃない?」
「美智……」
「憲吾さんに足りないのはねぇ~」
美智が私を励まそうと、わざとおどけた言い方をしてくれる
「彩芽……ママは、パパの想像力を育てるお手伝いをしてくるわね」
美智は娘に授乳させながら、目を輝かせた。
「ねぇ、想像してみない?」
「何をだ?」
「彩芽の部屋が、将来どんな風になるのか」
「いいね」
「何色だと思う?」
「ピンクの壁紙だ」
「もっと具体的に言って」
「うーん……そうだ。白い雲が浮かんでいるピンクの空はどうだ?」
「素敵! 床はどうする?」
なるほど、彩芽の部屋のイメージをしてみようという誘いらしい。
実家に引っ越したら部屋を一部改装する。その時一緒に彩芽の部屋も作ったらと、母が申し出てくれた。
「そうだな……彩芽が転んでも危なくないように、プレイマットを敷きつめた方がいいんじゃないか」
「そうね! 小さいうちは必須よね」
「あ、じゃあベッドはパステルカラーだ。夢見るような可愛いマシュマロみたいな感じがいい。それで木馬とドールハウスは買ってあげたい。あとは女の子だから大きくなってからも使えるドレッサーと鏡台を置こう。白くてハートのモチーフがついた可愛い家具に目をつけてある!」
「え?」
そこまで一気にまくしたてて、ハッとした。
「憲吾さん、もうリアルに見に行ってくれたってこと……?」
「あぁ……その……そうだ」
「わぁ嬉しい! 落ち着いたら私も彩芽と一緒に見に行きたいわ」
「そうだな。私たちはもうふたりきりじゃない」
彩芽はおっぱいを飲んで満足したらしく、また眠ってしまった。
すると美智はスケッチブックを出して、さらさらと私の夢を詰め込んだ『いつかの子供部屋』の絵を描いてくれた。
「絵を描くことあんなに好きだったのに、あの子がお空にいってから忘れていたわ」
「そうだったな。そこまで追い詰められていたのに……気付けず悪かった」
「ううん、今の憲吾さんと私、そして彩芽がいるのは過去があるからよ」
美智が描いた絵は、ざっくりとした白黒の絵だったが、私達の目には、パステルカラーの『こどもの城』が、ふわりと浮かび上がっていた。
「可愛い部屋だな」
「ありがとう。ここで、宗吾さんと瑞樹くん、芽生くんを呼んで、彩芽のお誕生日パーティーをするのが夢なの。お義母さんも一緒にね」
いつかの夢が叶うように……
私たちは協力しあって子育てをしていこう。
今の私は、身体を動かして学びたいことだらけだ。
こんなに子供が可愛いなんて知らなかったから。
****
「お兄ちゃん、お船から下りるときは、なんて言うの?」
えっと……イタリア語のことかな? こういうのは宗吾さんの専門分野だ。
「宗吾さん、知っていますか」
「あぁ、それなら『アリベデルチ』がいいんじゃないか」
流石だな。宗吾さんは以前はもっと海外出張の多い部署にいて、アメリカやイタリアに特によく行っていたそうだ。イタリア語も日常会話なら出来るようで、すごい。
「アリ……デ……ルチ?」
「いや『アリベデルチ』だよ、芽生には難しいだろう」
「ううん、おぼえるもん! あーちゃに聞かれた時、ちゃんと教えてあげたいんだもん」
なるほど、彩芽ちゃんのためになんだね。
年下の従姉妹の存在が、芽生くんを変えていく
僕も夏樹に何を聞かれても答えられるカッコイイお兄さんを目指していたなと遠い昔を思い出した。
とても自然豊かな土地に住んでいたので、草花の名前を一生懸命、覚えたよ。特に冬場……家籠もりしている間は、母が撮った無数の写真を床に広げて、図鑑と照らし合わせて覚えた。
『おにいちゃん、これはなんてなまえ?』
『夏樹、これはスズランだよ』
『しゅじゅ……らん?』
『す・ず・ら・ん』
「すずらん』
『そうだよ、よく言えたね』
『えへへ、おにいちゃん、すごいね』
人って、誰かに何かをしてあげたい時って頑張れる。
芽生くんを見て思い出すことだった。
芽生くんは『アリベデルチ』と言いたかったようだが、やっぱり難しかったようで、結局……潔く「チャオ!」と元気に挨拶し下船した。
明るく溌剌とした笑顔だったので安心したよ。
うん、それでいいよ。
今の君が、一番感情を込められる言葉でいいよ。
急いで大人にならなくていい。
もっともっと沢山見せて欲しい。
僕が見たかった子供時代を――
人はこんなにも無力で小さな存在として、この世に産まれてくるのか。
「憲吾さん、足はそっと持ち上げてね。それでおまたはしっかりふいてあげてね。はい、オムツを腰を浮かして差し込んで……」
「わ、分かった」
「ふぎゃあ、ふぎゃあ」
「あぁ~駄目よ。オムツはもっと奥にして、それじゃお腹がキツすぎるわ」
「う……分からない」
「えっとね、こうよ」
結局、美智に全部やり直してもらった。
不慣れな私の手先は不器用過ぎて、がっくしと肩を落とす結果になった。
「憲吾さん、誰でも最初は初めてよ」
「あぁそうだったな。そんな簡単なことも忘れていたなんて……馬鹿だな」
そうか……机上の学問で優秀なだけでは駄目なのだな。
学生時代、とにかく何でも自分で体験することを心がけ『座右の銘』としていた明るい宗吾を疎んじていたのを、今更ながら後悔してしまった。
「憲吾さん、そんなことないわ。私、憲吾さんの生き方だって有りだと思うわ。今、足りないと思えるのなら、気付いた時に補充すればいいだけじゃない?」
「美智……」
「憲吾さんに足りないのはねぇ~」
美智が私を励まそうと、わざとおどけた言い方をしてくれる
「彩芽……ママは、パパの想像力を育てるお手伝いをしてくるわね」
美智は娘に授乳させながら、目を輝かせた。
「ねぇ、想像してみない?」
「何をだ?」
「彩芽の部屋が、将来どんな風になるのか」
「いいね」
「何色だと思う?」
「ピンクの壁紙だ」
「もっと具体的に言って」
「うーん……そうだ。白い雲が浮かんでいるピンクの空はどうだ?」
「素敵! 床はどうする?」
なるほど、彩芽の部屋のイメージをしてみようという誘いらしい。
実家に引っ越したら部屋を一部改装する。その時一緒に彩芽の部屋も作ったらと、母が申し出てくれた。
「そうだな……彩芽が転んでも危なくないように、プレイマットを敷きつめた方がいいんじゃないか」
「そうね! 小さいうちは必須よね」
「あ、じゃあベッドはパステルカラーだ。夢見るような可愛いマシュマロみたいな感じがいい。それで木馬とドールハウスは買ってあげたい。あとは女の子だから大きくなってからも使えるドレッサーと鏡台を置こう。白くてハートのモチーフがついた可愛い家具に目をつけてある!」
「え?」
そこまで一気にまくしたてて、ハッとした。
「憲吾さん、もうリアルに見に行ってくれたってこと……?」
「あぁ……その……そうだ」
「わぁ嬉しい! 落ち着いたら私も彩芽と一緒に見に行きたいわ」
「そうだな。私たちはもうふたりきりじゃない」
彩芽はおっぱいを飲んで満足したらしく、また眠ってしまった。
すると美智はスケッチブックを出して、さらさらと私の夢を詰め込んだ『いつかの子供部屋』の絵を描いてくれた。
「絵を描くことあんなに好きだったのに、あの子がお空にいってから忘れていたわ」
「そうだったな。そこまで追い詰められていたのに……気付けず悪かった」
「ううん、今の憲吾さんと私、そして彩芽がいるのは過去があるからよ」
美智が描いた絵は、ざっくりとした白黒の絵だったが、私達の目には、パステルカラーの『こどもの城』が、ふわりと浮かび上がっていた。
「可愛い部屋だな」
「ありがとう。ここで、宗吾さんと瑞樹くん、芽生くんを呼んで、彩芽のお誕生日パーティーをするのが夢なの。お義母さんも一緒にね」
いつかの夢が叶うように……
私たちは協力しあって子育てをしていこう。
今の私は、身体を動かして学びたいことだらけだ。
こんなに子供が可愛いなんて知らなかったから。
****
「お兄ちゃん、お船から下りるときは、なんて言うの?」
えっと……イタリア語のことかな? こういうのは宗吾さんの専門分野だ。
「宗吾さん、知っていますか」
「あぁ、それなら『アリベデルチ』がいいんじゃないか」
流石だな。宗吾さんは以前はもっと海外出張の多い部署にいて、アメリカやイタリアに特によく行っていたそうだ。イタリア語も日常会話なら出来るようで、すごい。
「アリ……デ……ルチ?」
「いや『アリベデルチ』だよ、芽生には難しいだろう」
「ううん、おぼえるもん! あーちゃに聞かれた時、ちゃんと教えてあげたいんだもん」
なるほど、彩芽ちゃんのためになんだね。
年下の従姉妹の存在が、芽生くんを変えていく
僕も夏樹に何を聞かれても答えられるカッコイイお兄さんを目指していたなと遠い昔を思い出した。
とても自然豊かな土地に住んでいたので、草花の名前を一生懸命、覚えたよ。特に冬場……家籠もりしている間は、母が撮った無数の写真を床に広げて、図鑑と照らし合わせて覚えた。
『おにいちゃん、これはなんてなまえ?』
『夏樹、これはスズランだよ』
『しゅじゅ……らん?』
『す・ず・ら・ん』
「すずらん』
『そうだよ、よく言えたね』
『えへへ、おにいちゃん、すごいね』
人って、誰かに何かをしてあげたい時って頑張れる。
芽生くんを見て思い出すことだった。
芽生くんは『アリベデルチ』と言いたかったようだが、やっぱり難しかったようで、結局……潔く「チャオ!」と元気に挨拶し下船した。
明るく溌剌とした笑顔だったので安心したよ。
うん、それでいいよ。
今の君が、一番感情を込められる言葉でいいよ。
急いで大人にならなくていい。
もっともっと沢山見せて欲しい。
僕が見たかった子供時代を――
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