上 下
766 / 1,743
小学生編

見守って 26

しおりを挟む
 ガラスの向こうの透明なケースの中に眠る小さな赤ちゃん。

 あぁこんな光景は、弟の夏樹を思い出す。

 僕が5歳の時、夏樹が産まれた。

 ……

「瑞樹、見えるか。ほら、抱っこしてあげよう」
「う、うん」

 もう5歳だったけれど、身体の小さかった僕には、背伸びしても赤ちゃんの顔がどうしても見えなくて困っていた。

 するとヒョイとお父さんが抱き上げてくれた。

 少し恥ずかしかったけれども、久しぶりの抱っこが嬉しくて、お父さんの首に手を回してくっついてしまった。

「はは、くすぐったいよ。今日の瑞樹は甘えっ子だな」
「あ、パパ、よく見えるよ」
「ほら、この子が瑞樹の弟だぞ」

 さっきまでこの赤ちゃんはお母さんのお腹の中にいたのに、不思議だな。
 
 わ、小さな手、わ、爪ちゃんとついている。わ、お口もちいさい。

「パパ、この子のおなまえは?」
「夏樹だよ」
「なつき……」
「そうだ。なつきの『樹』はみずきの『樹』だから、瑞樹一文字もらったんだ。瑞樹みたいに優しく元気に成長しますようにと願いを込めたんだ」
「うれしい! うれしいよ。僕、大切にする。夏樹のこと、ずっと!」

 ****

 憲吾さんと芽生くんの会話に、涙がこぼれそうだ。

 僕は最近幸せすぎて、涙もろい。

 僕もね、弟と一文字一緒だったのがとても嬉しかったので、芽生くんの嬉しい気持ちがよく分かるんだ。

「瑞樹くん、娘の名前どうかな?」

 あやめの花は、5月を代表する花の代名詞で、あやめ、かきつばた、菖蒲など、あやめ属の花を「菖蒲《あやめ》」と呼んでいる。
 
 あやめは、すらりと伸びた茎に1~3輪ほどの花を咲かせ、多年草なので毎年美しい花を楽しめるのが魅力で、花業界でも愛されている。

 芽生くんの『芽』を使ってくれるなんて嬉しいな。成長する芽を彩る存在になってくれるのだね。人と寄り添う素敵な名前に感激してしまった。

「彩芽ちゃん、とても素敵な名前ですね」
「あぁ、美智と一緒に考えたんだ。赤ちゃんが生まれてくるのを待ちながら楽しい作業だった。優しく明るく真っ直ぐ育っている芽生は、私たち夫婦の憧れだ。そして五月は瑞樹くんと芽生の誕生月だから、それにちなんだ名前にしたかった」

 予定日は6月だったのに……なんだか、もう心が満たされてポカポカだ。

「瑞樹くん、私もその……花言葉を勉強したんだ。『あやめ』の花言葉は、希望、愛、朗報、優雅……そして『あなたを大事にします』だよな? これで……あっているか」

 憲吾さんが、小さな咳払いをして照れくさそうに、花言葉をいくつも口に出してくれたのが嬉しかった。

「憲吾さん、改めておめでとうございます。僕も自分のことのように嬉しいです」
「瑞樹くんも家族の一員だ。彩芽のこともよろしく頼むよ。花が好きな優しい娘になって欲しいんだ。だから……」
「はい、僕で出来ることがあれば……是非!」

 こうやって僕を一員にしてくれる憲吾さんが、大好きだ。

 宗吾さん、お母さん、憲吾さん、美智さん、そして芽生くん。

 滝沢家の人たちの心は、大らかな海原のようで、僕ものびのびとした気持ちなっていく。

 本当に居心地がいい場所だ。

「あ、あの、僕があやめの花言葉で一番好きなのは『あなたを大事にします』です!」
「私もだよ」
 
 相手を大事にすること。それは人を愛することだと思う。

 人は誰もが大切にされるべき存在だ。これは宗吾さんと芽生くんと過ごすうちに自然と芽生えた感情だ。

 僕も……自分自身も大切に、そして相手も大切にしたい。

「瑞樹くん、頼りにしているよ」
「ありがとうございます」
「ヤバい……二人の会話に、俺、泣きそうだ!」

 隣で宗吾さんが目を赤くして、うるうるしていた。

「俺さ、人と人は全員違うと思ってる、だからこそ互いに認め合って、許し合って……思いやっていきたいんだ。兄さん、俺とそんな関係を目指してくれてありがとうな」

 憲吾さんと宗吾さん。

 ずっと上手くいってなかったのは知っている。あの日、お母さんが倒れた日の憲吾さんと、今目の前にいる憲吾さんが同一人物だなんて信じられない。

 人は変われる、いくつになっても変わりたいと願う心があれば。

「あ、あー赤ちゃん目をあけたよー、あ、泣いちゃいそう」

 芽生くんが嬉しそうに教えてくれ、トコトコ僕たちの前にやってきた。

 それから憲吾さんの手を、グイグイと引っ張った。

「あーちゃんパパ! あーちゃんがさがしてるよ」
  
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...