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小学生編

見守って 23

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 汗だくの憲吾さんと美智さんが、ガシッと手を取り合っているのを見て、一気に脱力した。

「ふぅ……」

 何が起きたのか分からない程、2時間があっという間に過ぎていた。とにかく……美智さんはお腹が抱えて苦しんでいて、僕は励ますことしか出来なかった。

 ふらり……と、一瞬よろけると、背後から僕をしっかり支えてくれる逞しい人がいた。

「おっと危ない!」
「あ、宗吾さん?」
「そ、俺」
「な……なんで」

 振り返れば宗吾さんも汗だくで、額に玉のような汗を浮かべている。まるで憲吾さんと一緒に走って来たみたいだ。

 あっ、もしかしたら?

「その通りだよ。兄さんを空港まで迎えに行って、車でビューンと連れてきた。車に乗っている間以外は、兄さんがズンズン走るもんだから、この通り汗だくだ。あちぃ~」
「くすっ、会社は大丈夫でしたか」
「あぁ、今日はなんとかなるから思い切って午後休を取って来た。だが瑞樹はこれから仕事だろう? 車で送るよ」
「助かります。わ! もうこんな時間だ」

 午後は会議が入っているので、そろそろ行かないと。かなり後ろ髪を引かれる思いだが、仕方が無い。

「憲吾さん、痛いっ……」
「だ、大丈夫か! 美智、俺どうしたらいい?」

 憲吾さんの顔……見たこともない程、必死だ。

「うううう、痛い、痛い!」
「美智!」

 しっかり手を握り合う光景に、安堵した。

 僕が助言しなくても大丈夫。

 バトンタッチです。後は頑張って下さいと心の中で唱え、一礼した。

「兄さん、瑞樹が帰る……って」
「あの、宗吾さん、大丈夫です。今は、それどころではないので」
「瑞樹、本当にありがとう。兄に変わって礼を言わせてくれ。今日の君、頼もしかったぞ」
「いえ、こちらこそ、美智……お姉さん……の役に立てて嬉しかったです」

 まだ言うのが恥ずかしかったが、『お姉さん』と呼べたことを、宗吾さんに伝えたかった。

「そうか! 良かったな」

 宗吾さんは僕の言葉に、破顔した。

 この明るく裏表ない笑顔が好きだ。
 この笑顔を見ると、幸せになる。

「瑞樹、ありがとう。仕事に行くのね」
「お母さん、具合はどうですか」
「そうねぇ……流石に疲れたので、一度家に帰って休もうかしら」
「あ、じゃあ宗吾さんはお母さんを送って下さい」
「ん? 瑞樹は?」
「僕は電車で戻ります」
「何言ってんだ? 瑞樹も母さんも二人とも乗ればいい」
「あ……はい」
「遠慮深い瑞樹も好きだが、俺がもっと一緒にいたいんだ!」

 宗吾さんに髪をくしゃっとかき混ぜられる。
 この癖が好きだ、僕の心を解してくれるから。
   
「兄さん、姉さん。俺たち戻るよ。後は二人で頑張ってくれ!」

 宗吾さんが大声で言うと、ちょうど陣痛と陣痛の狭間で一息ついた憲吾さんと美智さんが、顔を向けてくれた。

「ありがとう。助かったよ。母さん、瑞樹くん、宗吾……」
「ありがとうございます、お母さん、瑞樹くん、宗吾さん……みんな……お姉ちゃん頑張るね‼︎」

 美智さんの小さなガッツポーズ!

「応援しています。お腹の赤ちゃんに会えるの楽しみしています」
「うん。次に会うのはママになった私よ。頑張るわ!」

 出産に臨む女性は逞しい。もう4時間以上、絶え間ない痛みに耐えているのに、ここでその笑顔を浮かべられるなんて、すごい!

「お姉さん、頑張って!」

 僕も伝える。
 美智さんへのエールを!


 **** 

「美智、頑張ろう」
「憲吾さん、ありがとう。あなたが出張を繰り上げて来てくれるとは思わなかったわ」
「今度は、どうしても一緒にいたかった」
「私……幸せ……憲吾さん……大好き」

 妻からの大好きという言葉は、私を奮い立たせる。それは私がずっと欲しかった言葉だ。

  お産は命がけだ。

 なのにどうして最初の妊娠の時、こんな風に寄り添ってやれなかったのか。

 男は外で働いて稼ぐ、外で闘っているのだから充分で、私は偉いだろう。

 そんな訳の分からない固定観念に縛られて……寂しい想いさせたな、美智。

「美智、一緒に親になろう! 親になって学ぶことは多い……一緒に頑張ろう」
「ん……痛い、痛いけど、産むわ」

 産まないと終わらない。
 産まないと始まらない。

 人間の出産という営みは、古来から変わらない。なんとシンプルなのだ。



 しかしその後……定期的に子宮口をチェックしてもらうが、なかなか開いてくれない。陣痛促進剤も投与6時間後にマックスになったというのに。

 流石に美智も私も疲労困憊で、ヘトヘトだ。

「どうして、出てきてくれないの? 私の赤ちゃん……ぐすっ」
「滝沢さんしっかりして下さいね。あまり頑張り過ぎないで、リラックスして身体の緊張を解いて下さい」
「無理……こんなに痛いのに……っ」

 時計の針を見ると、いつの間にか夜の7時だった。俺も美智も促進剤を使えば数時間で産まれると勝手に思っていた。甘かったな。

「痛い、痛い……っ」

 叫ぶ美智の手を握り、腰をさすって必死に励ました!

 どうか、どうか無事に産まれて来てくれ!

 **** 

「お兄ちゃん、赤ちゃんまだかなぁ?」
「そうだね、まだ連絡ないね」

 夕食を食べ終わり、時計を見るともう夜の8時だ。あれから7時間も経っているのに、まだ赤ちゃんに会えないなんて、心配になって来た。

「お兄ちゃんもしんぱい?」
「うん」
「じゃあ、こっち来て」
「ん?」

 芽生くんが僕をベランダに連れ出してくれた。

「お祈りしよう、お空のおほしさまに」
「あ……そうだね!」

 最近……芽生くんに励まされる事が多くなったな。
 
 手を合わせて空を見上げた。

 春の優しい夜空を。

 夏樹……どこにいるの? お兄ちゃんを見守って。

 赤ちゃん……無事に産まれて来るよね?
 お姉ちゃんが待っているんだ。ママになりたいって……

 するとキラキラと天上の星が瞬く。

 大丈夫だよ、ほら、もうすぐ!

 「おーい、今やっと、分娩室に入ったって! もうすぐだぞ」

 リビングから、宗吾さんの嬉しそうな声が届く!

 「もう子宮口全開だから、もうすぐだ! 俺たちも行こう!」



 
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