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小学生編

見守って 11

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  イテテ……

 身体が痛くて、目が覚めた。

 あー? 俺、あのまま床で寝てしまったのか。

 座ったまま大きく伸びをし、芽生のベッドを見ると瑞樹が落っこちそうになっていた。

「おっと、危ない!」
 
 芽生の寝相が悪くて、瑞樹を端に追いやっていた。

 シングルベッドでは、狭くなってきたな。

 よし、そろそろ起こしてもいい時間か。瑞樹を横抱きしてベッドから静かに下ろしてやった。

「ん……」
 
 瑞樹の寝顔を覗き込むと、ふんわりと微笑んでいた。これは、まるで天使の寝顔だな。きっと一晩中いい夢を見ていたのだろう。でも、そろそろいいか。俺の元に戻って来てくれるか。

「みーくん、もう朝だぞ」
「えっ!」

  耳元で囁いてやると、瑞樹はすぐにパチッと目を覚ました。
 
「おはよう! いい夢を見ていたようだな。眠りながら笑っていたぞ」
「あの、今……どうして、その呼び方を?」
「あぁ、この車の裏に書いてあったから」
「え?」

 青い車の裏側を見せてやると、瑞樹は照れ臭そうに笑った。

「恥ずかしいですね。なんだか……」
「いや『みーくん』って可愛いな。俺も今度、瑞樹が『そうくん』と呼んでくれたら『みーくん』と呼び返そうかな」
「えぇっ、やっぱり……恥ずかしいです」
「なんで? 可愛いよ」

 顔をグイッと近づけると、瑞樹は自ら目を閉じてくれた。
 
 寝起きの瑞樹の唇は俺のものでいいよな?
 
「お・は・よ・う」
 
 今日もまた一日が始まる! おはようのキスは一日の始まりの合図。
 
「今日もいい日になりそうだな」
「はい、そうくん!」

 ドキッとした。かなり蕩けさせないと言ってくれない『そうくん』呼びを、まさか素面で、朝一番に言ってくれるなんて想定外だったから。
 
「おいおい、今日はサービス精神旺盛だな。朝からいい気分だよ、みーくん!」
「嬉しかったんです。実は亡くなった母と青い車でドライブする夢を見ていました」

  瑞樹は話してくれる。彼が見た大切な夢の内容を――

「そうか、良かったな」
「はい、夢がもうすぐ覚めるのは夢の中でも分かっていたんです。あぁ、もう覚めたら僕のことを『みーくん』と呼んでくれる人はいないんだなって寂しくなっていたら、宗吾さんが僕を『みーくん』と呼んでくれたので、あの……すごく嬉しかったです」

 瑞樹が俺の背中に手を回し、抱きついてくれる。

 まだ夢から醒めきっていないのか、ふわふわしていて可愛いな。

 だから俺も瑞樹を抱きしめてやる。

 ぎゅっとくっつくと、心がポカポカになっていく。
  
「そうくん……昨日言えなかったから……あの、お帰りなさい。昨日は遅かったのですか」
「あぁ、1時頃だったかな? ごめんな。俺、まだ酒臭いか」
「んー、少しだけ。くすっ、でもシャワーは浴びたようですね」
「あぁ、あんな状態では、神聖な子供部屋に入れないよ」
「本当にお疲れさまです」
 
 瑞樹の方から、もう一度キスしてくれた。

「お付き合いで……そんなに遅くまで、大変でしたね」
「ありがとうな」
「あ、あの僕……そろそろ顔を洗ってきますね」
「あぁ」

 照れ臭そうに洗面所に瑞樹が入っていくのを名残惜しく見届けて、はたと気が付いた。

 俺、瑞樹に謝ることが二つある!

「宗吾さーん、どうしてスーツをここで洗ったのですか。これ、ドライクリーニングですよ」
「瑞樹、すまん!」

 ガバッと頭を下げると、瑞樹がキョトンとした。

「そ、宗吾さん? 一体どうしたんですか」
「実は……昨日ハプニングがあってスーツが汚れて……それで洗ったんだ」
「ハプニング?」
「その……酔った後輩の女の子が背中にぶつかって、スーツが汚れたんだ」

 もう口紅は落ちていたが、やはり真実を伝えたくなった。
 
「あ……もしかして口紅が付いちゃったんですか。大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても……それよりも僕のためにスーツを駄目にするなんて……申し訳なかったです」
「いや、どうしても、一刻も早く落としたかったんだ」

 素直な気持ちだ。本気でそう思った。思わず力説すると瑞樹が微笑んだ。
 
「宗吾さんのそういう所、好きです。僕……」
「瑞樹……」
 
 俺は瑞樹の顔を手で包んで、じっと見つめた。

 清楚な顔立ち、卵形の綺麗な輪郭……自然な発色の桜色の唇。

 朝日が似合う瑞樹が眩しくて……

 また唇を重ねてしまった。

「ん……」

 いい夢をみたばかりの瑞樹はいつになく甘い吐息で、俺も幸せのお裾分けをもらっているような気分になる。

「青い車、届いて良かったな」
「はい……セイが送ってくれたんです」
「あ、あのさ……その件でも、ごめん‼」

 両手を合わせて謝ると、またキョトンとされてしまった。
 
「くすっ、今度は何ですか」
「車さぁ……暗くて見えなくて……蹴飛ばしてしまったんだ。そしたら車輪が取れてしまったんだ」
「あ、床に置きっぱなしで……僕の方こそ、すみません。怪我しませんでしたか」
 
 違う違う! 瑞樹が謝る場面ではない!
 君はいつもこうだ。そんな瑞樹が好きだが、切なくなるよ。

「あれ? でも壊れていませんよ?」
「あぁ。これで速攻修理したよ」
「え……それって」
 
 洗面所に置きっぱなしにしていた小さなネジ回しを見せると、瑞樹の澄んだ瞳から突然、涙が溢れた。

 透明な水のように澄んだ涙だった。

「お、おい……泣くなよ。ごめんな。君の大切なものを壊してしまって」

 泣いている理由が掴めなくてオロオロしてしまう。

「ち……ちがうんです。昨日、思いだしたばかりだから……」
「何をだ?」
「小さい頃、車輪が同じように外れてしまったことがあって……その時お父さんがすぐに修理してくれたんです。ちいさなネジ回しで器用に……それで、『瑞樹、壊れても悲観するな。こうやって修理出来るよ』と……」
「そうだったのか」


 俺、君の父さんに少しは近づけたか。
 瑞樹の瞳から溢れる透明な涙があまりに綺麗で、思わず指先で触れてしまった。

「……綺麗な涙だな」
「くすっ」
「ん? 今度は何故笑う?」
「えっと……昨日芽生くんにも同じこと言われました。やっぱり似たもの親子ですね」
「なんだって~!」

 そこで子供部屋から芽生の声。

「お兄ちゃん~、パパ~どこぉ?」
「あ……起きましたね」
「あぁ、行こう!」

 瑞樹は涙を自分で払い、明るく笑っていた。

  その笑顔は昨日より更に明るく輝いていた。

「パパ、お兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、芽生!」
「芽生くんおはよう」
「わぁ……やっぱり三人そろっているのがいいね」
 
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