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小学生編

見守って 8

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「芽生くん!」
「お兄ちゃん‼」
 
 この1週間、芽生くんを放課後スクールまで迎えに行くのが日課になっていた。4月は比較的僕の仕事はゆとりがあるので、学校に迎えに行くのは僕が担当していた。

 芽生くんと一緒に家まで帰る道すがら、1日にあったことをお喋りするのが楽しみだ。

「お兄ちゃん、今日の給食はね、ジャンボ餃子だったよ」
「ジャンボって、どの位大きいの? 美味しかった?」
「うーん、それがね……」
「うん?」
「お友だちがケースをひっくり返しちゃって、たべられなかったの」
「えぇ?」
「だから……こんどつくってほしいな」
「それは大変だったね。給食は足りたの?」
「ほかの学年からごはんをわけてもらったけど、お腹……空いたなぁ」

 想定外のことが起こるのも小学校だ。まだまだ不慣れな給食の配膳だ、仕方が無いだろう。

「そうか……今日は早めに御飯にしようね」
「うん!」

 小学校にも徐々に慣れ楽しく過ごしているようだが、朝の8時から夕方6時まで親元を離れて過ごすのは大変だ。

 僕は10歳まではお母さんにべったりな子供だったので、今の芽生くんは当時の僕よりずっと頑張っているんだな。

 小学校を離れ繁華街を抜けると、一気に人通りが少なくなる。

 すると芽生くんが、そっと僕の手に触れて来た。

 甘えたい気持ちを感じる小さな手が愛おしくて、ギュッと握ってあげると「えへへ」と照れ臭そうに笑っていた。

「ねぇ、お兄ちゃんはいいことあった?」
「そうだね、今日はお花屋さんをしたよ」
「お店にいたの? 前みたいに」
「そうだよ」
「今はどんなお花があるの?」
「春だから香りのよいものばかりだよ」

 クンクン
 芽生くんがワンちゃんみたいに、僕の匂いが嗅ぐ。

「どうかな?」
「えっとねフリージアの香りがするよ」
「すごい! よく分かったね。今日最後に扱ったお花だよ」
「やったぁ、僕もおはなやさんになりたいな」

 握った手は体温の高い子供らしくポカポカで、1日中、花鋏を持っていた手の疲れが癒えてくる。

「そんな日が来たらいいね」
「いつかジュンくんとお花やさんをするんでしょう? そうしたらボクもおてつだいしたいんだ。だからお花の名前おぼえておくね」

 いつかの夢は、僕たちの未来だ。
 一緒の夢を見られることが嬉しくて溜らないよ。

「ただいまー」
「あれ? まだ帰っていないみたいだね」

 宗吾さん、やはり飲み会になってしまったようだ。

 部屋の中は暗かった。スマホを確認すると歓迎会が入ってしまった旨の連絡が来ていた。宗吾さんは30代半ば、会社でも働き盛りだ。広告代理店という職業柄、飲み会も多い。

「夕食……どうしよう? あ、そうだ、餃子を食べにいこうか」
「え! いいの?」
「ランドセル置いて着替えておいで。そうしたら駅前の中華やさんに行こう」
「うん! やったー! お兄ちゃんとおでかけだぁ~」

 そんなに喜んでくれるなんて……

 宗吾さん、たまにはいいですよね? 

 宗吾さんならきっと今日みたいな日は、こうするんじゃないかな。

 僕にしては大胆な行動だった。
 


 芽生くんは部屋を出る時から、手を繋いでくれた。

「ボク、駅までの道、わかるよー、あんないするね」
「じゃあ連れて行って」
「まかせて」
 
 くすっ、なんだかデートみたいで、ワクワクするな

「ね、ちゃんと駅についたでしょう?」
「うん、すごいね。お店は3階だよ」
「エスカレーターはこっち」

 手をグイッと引っ張られて、擽ったい気持ちになった。宗吾さんに少し申し訳ないと思いながらも、可愛い芽生くんとの時間を楽しんでいる。

 中華料理店でカウンターに座り、メニューを見ると……あった!

「芽生くん、このお店には、ジャンボ餃子があるんだよ」
「わぁぁ、学校のよりもっと大きい! すごい! いただきますー!」
 
 芽生くんが満面の笑みで餃子をガブッと頬張ると、お店の人に笑われた。

「ははっ、可愛い坊やですね。笑顔がパパとそっくりだ」
「え? そうですか」
「いい笑顔をしてくれる」
「ありがとうございます」

 嬉しい。誰が見ても宗吾さんの顔にそっくりで、僕とは血のつながりもない芽生くんと笑顔が似ているだなんて……僕、それだけ笑う機会が増えたのかな。

「お兄ちゃん、ボク、ぎょうざ すごくたべたかったんだ。とってもおいしいね」

 明るくニコニコ笑う芽生くんの笑顔を、じっと見つめてしまった。

 僕もこんな風に明るく笑えているのかな。宗吾さんと芽生くんと出逢ってから、どんどん変化していることを改めて教えてもらった。

「芽生くん、ラーメンは熱いから気をつけて」
「うん!」

 僕のラーメンを取り分けてあげると、芽生くんはふぅふぅと一生懸命息を吹きかけていた。

 ただの平日だ。学校の後、二人で外食しているだけなのに、どうしてこんなに楽しいのかな。

 そう……まるで冒険しているみたい。

 そう言えば、小さい頃、僕は頭の中で想像するのが大好きな子供だった。

 青い車に乗って。

 お母さんが僕だけに買ってくれた車が大好きで、いつもベッドの下に隠して、夜になると車に乗って、いつも想像の旅に出ていた。

 あの車……大沼のセイに電話して、やはりこちらに送ってもらおう。お母さんとの思い出が詰まった車を見るのが辛くて、持ってくることが出来なかったけれども、今なら……大丈夫そうだ。

 あの車を買ってもらった時と同じ年頃になった芽生くんを見ていると、一緒に遊びたくなるんだ。

「さぁ、そろそろ帰ろうか」
「うん。ボクとお兄ちゃんとパパのお家、だーいすき」
「僕もだよ」

 宗吾さんに似て、喜怒哀楽のしっかりした芽生くんといると、いつだって僕も元気になれるよ。



 マンションのポストを見ると、宅配ボックスに何か入っているようだった。

「芽生くん、待って。お荷物が来ているんだ」
「なんだろう? お届けものってワクワクするね」
「うん」

 荷物は大沼のセイからだった。ちょうどセイに電話しようと思っていたので、タイムリーだ。

 しかも箱の中から出てきたのは……

「わぁ~ 青い車だ! これ知ってる! おにいちゃんのお部屋にあったよ」
「な……なんで?」

 まだ何も言っていないのに、セイから送ってくれるなんて。

「おにいちゃん、美味しそうなお菓子も入っているよ」
「本当だ! クッキーにマドレーヌにカップケーキまで。すごいな、全部セイの手作りだ」
「おいしそうだね」

 芽生くんはお腹いっぱいだったはずなのに、目を輝かせていた。

「じゃあお風呂に入ったら、おやつに食べようね」
「やったー! 明日のしたくしてくるね」

 ふふ、人参をぶら下げたみたいだな。




 青い車……久しぶりだ。

 僕はそっと取り出して、優しく抱きしめてみた。

 込み上げてくるのは、思慕の情。

 僕の車。

 大好きなお母さんからの、大切な贈り物。

 僕にとって……永遠の宝物。
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