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小学生編

はじめの一歩 2

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 ランドセルは、ぽつんと子供部屋に取り残されていた。

「わー、ランドセルくんごめんね! もう、ボクどうして忘れちゃったのかな」
「くすっ、忘れ物ってそういうものだよ。さぁ背負って」
「うん!」

 まだ中身は筆箱だけなので入学式の飾りのようなランドセルだが、それでも芽生くんの小さな身体には大きく感じた。

「重たくない?」
「うん」

 芽生くんがマンションの外廊下を走ると、カタカタと筆箱の揺れる音がした。

「あ……なんだか、宝物が入っているみたいですね」
「あぁ、沢山の夢が詰まっているんだな」

 その音が呼び鈴のように、僕と宗吾さんは、お互いに自分たちが初めてランドセルを背負った日を思い出していた。

 ****

『みずき、どうしたの? 元気ないわね。俯いてばかりね』
『……な、なんでもないよ』
『もー、この子はいじらしいんだから』

 入学式へ行く道すがら……まだ教科書も入っていないランドセルは軽かったのに、僕の心は重かった。
 
 人見知りが強いので、幼稚園の時も、年少の頃は友達がなかなか出来なくて大変だった。五月の親子遠足では、まだ一緒にお弁当を食べる子がいなくて、お母さんに申し訳ないことした。

 動物園の芝生の端っこで二人でお弁当を広げた。

 でもお母さんは『今日はみーくんと秘密のデートね』と嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔に救われた。

『みずき、足下を見てごらんなさい』
『なに?』
『今日は入学式だから、新しい靴よね』
『うん』
『ほら、あの子も、あの子もみんなピカピカのお靴ね」
『ほんとうだ』
『みんなも一緒よ。じゃあ、ママと足を一歩出してみよう。さぁはじめの一歩よ』
『うん!』

 お母さんと大きく一歩前進した。

『そうよ。ドキドキしているのはみずきだけじゃないわ。みんな一緒! みんな今日、こんな風にはじめの一歩を踏み出したのよ。新しいお友達と出会う日がやってきたのよ』

 ****

「小学生の瑞樹、可愛かっただろうな。入学式はどんな感じだった?」
「今……ちょうど思い出していました。母が『新しい友達と出会う日』と言っていたのを」

 宗吾さんには、思い出を共有して欲しくなった。
 今までだったらひとりで抱えていたものを、伝えたくなった。

「へぇ、それは偶然だな。俺の母もそう言っていたよ」
「そうなんですか」
 
  母の前向きなワクワクする言葉は、宗吾さんのお母さんにも通じる。あぁそうか、お母さんのそういうところが、僕の亡くなった母に似ているのだと、その時になって初めて思った。

「宗吾、瑞樹、芽生! おはよう!」
「お、噂をすれば母さんだ」

 芽生くんの学校は、都心にあるのに一学年1クラスしかないアットホームな学校だった。そのため父兄席に余裕があるので、入学式には祖父母や兄弟なども参加可能と通知が来ていた。だから僕もお母さんも、堂々と一緒に行けるのが嬉しい。
 
 お母さんは朝から控えめな和装で、とても素敵だった。

「母さん、俺の時も着物だったよな」
「当時はどのお母さんも着物だったわよ。今はほとんどいないわね」
「だからより嬉しいよ。芽生のためにありがとう」

 おばあちゃんっ子でもある芽生くんが、さりげなくお母さんの手を握る。

 小さな温もりは、宝物。
 お母さんが少女のように微笑んだ。
 
「あらあら、道案内してくれるの?」
「うん! おばあちゃん! ボクの小学校に行くの初めてでしょう? だから連れて行ってあげるね」
「まぁ、頼もしいこと」

 僕と宗吾さんは、その後ろをゆっくり歩いた。

 芽生くんが草履を履いているお母さんの歩調に合わせて、いつもより少しゆっくり歩いているのが微笑ましくて、僕の心もぽかぽかになる。

 芽生くんって明るくて優しくて、本当にいい子だな。
 
「なんだか、虹の上を歩いているみたいです」
「瑞樹、君も今……とても幸せなんだな」
「はい……とてもいい光景を見せてもらっています。それが嬉しくて」

 僕はまた母の形見の一眼レフを構え、軽快にシャッターを切る。
 
  自然光の中、溢れる笑顔を包み込むように。

『みずき、あなたも、おめでとう!』

 母の声が天から舞い降りてくるような、切ないも幸せな気持ちになった。

 空を見上げて思うこと。

 思慕させて下さい……お母さん。

 僕は今を精一杯生きていくので、時々あなたを思い出してもいいですよね。

 今に感謝し、過去に感謝する。

 それは悪いことではない。

 そう思う、晴れの日の朝だった。
 
 『入学式』

 やがて……その文字を視界に捉えた。

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