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小学生編

スモールステップ 2

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 芽生くんの通う小学校は、マンションから子供の足だと15分はかかるそうだ。本当は近くに小学校があるのに微妙な境界線のため学区外で、幼稚園のお友達と違う小学校になってしまった。ひとりで大丈夫かな?

「お兄ちゃん、学校って、ちょっと遠いよね」
「そうだね。道は覚えている?」
「えっとね。こっちだったよね!」

 マンションを出た公道で聞いてみると、いきなり逆方向を指さしたので不安になった。

「え、えっと、右じゃなくて左だよ」
「そうだった? あれれ……おかしいな」
「一緒に歩きながら覚えていこうね」
「うん!」

 芽生くんも僕も、ここからは真剣だ。

 最初は真っ直ぐ平らな道で、ガードレールもあるので安心だ。

「おにいちゃん、次はあの角を曲がるんだよね?」
「そうだよ、よく覚えていたね」
「えへへ」

 次は信号だ。

「芽生くん、信号の渡り方を言ってみて」
「うん、信号が青になったら、右左見て、右……右手をあげてだよ」
「そうだよ。車が止まっているか、ちゃんと見てね」

 その先は、駅への抜け道になっているようで狭いガードレールのない道を、トラックなど大型車が次々に通っていく。登校時間には規制してくれたらいいのに……

 僕の手を握っている芽生くんの手が、次第に汗ばんできたのを感じた。

「芽生くん、この道はガードレールがないから、絶対にこの白い線の内側を歩くんだよ」
「う、うん」
「あ、危ない!」

 大きなトラックが結構なスピードで通り過ぎた。
 
 芽生くんを内側に庇うように抱いて、引きつってしまった。

「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ん……あぁ、思ったより交通量が多くて驚いたよ」

 時計を確認すると登校時間とほぼ同じ時間帯だ。うーん、もっとちゃんと確認しておけばよかった。あと数日で芽生くんがこの道をひとりで歩くことになるのは、怖すぎる。

「そういえば登校班ってないのかな?」
「それって、なあに?」
「学校にグループで行くんだよ。高学年のお兄さん達がお世話してくれて」

 よく街で見かける光景だ。その方が安心だよ。
 
「えー知らないよ」

 まずいな。僕が情報についていけてないのか。こんな時こそコータくんのお母さんを頼りたいところだが、別々の小学校なので駄目だ。困ったな……マンションに同じ小学校に通うお子さんっているのかな。

 頭の中が、グルグルしてくる。

「お兄ちゃん、見て! ちいさなお花がさいている」

 すると芽生くんが突然立ち止まり、道の真ん中でしゃがんでしまった。

「わっ! 危ないよ。そこは」
「……だってお兄ちゃん、こわいお顔でどんどん足が速くなってしまうんだもん」
「あ……ごめん」

 しまった。ついあれこれ考えすぎて、脇目も振らず歩いてしまった。これでは芽生くんがつまらなくなるのも無理はない。

「ちょっと休憩しようか」
「うん! お兄ちゃん、横が公園になっているって知っていた?」
「本当だ!」

 左側はブランコや滑り台、砂場など遊具の揃った公園があった。これは格好の遊び場になりそうだ。

  芽生くんと目が合う。

 僕が微笑めば、芽生くんもニコッと笑ってくれる。
 こんなアイコンタクトは、イイネ!

「遊ぼうー! ブランコちょうど二つ空いているよ」
「いいよ!」

 ブランコなんて久しぶりだ。

  揺れる度に不安な気持ちが飛んで、爽快な気持ちになっていく。

「お兄ちゃん、気持ちいい?」
「うん!」
「よかった~ なんとかなるだよ~」
「そうだね、一緒に慣れていこうね」

 芽生くんの言葉が、僕を解してくれる。
 道端の草花を観察くる余裕もなかったのに。

「お兄ちゃん、あそこーお花がいっぱいだね」
「これは、花壇というんだよ。一斉にお花が咲いて綺麗だね」
「うん、でもボクはこっちがすきだよ」

 芽生くんがブランコを降りてしゃがんだ場所には、雑草がびっしり生えていた。『雑草』……僕はこの呼び方があまり好きでない。花壇の花は一斉に咲くが一斉に枯れてしまう。しかし雑草は環境が変化して全滅しないように時期をずらして発芽し、踏まれようが刈られようが耐えて生き抜いていく。

 だから『野の花』と呼ぶのが好きだ。そして僕は野の花のような人になりたい。

 春先は特にいいね。
 花をつける野の花も多いので、芽吹きの季節を体感できる。

 最近は入社式の装飾ばかりで切り花ばかり扱っていたので、久しぶりに土の匂いを嗅いで、ホッとした。そして連動するように……宗吾さんを思い出す。

 宗吾さんは大地だ。
 僕が根を下ろす大地なのだと、しみじみと思う。

「これは、野の花だね」
「ののはな? かわいいね。そうだ! あかちゃん、ののちゃんはどう?」
「え?」
「ほら、おじさんのところの」
「うーん、まだ男の子だか女の子だか聞いていないよ」
「ののちゃんって呼びたいなぁ」
「確かに可愛いね、じゃあ……羊の赤ちゃんの名前にしたらどうかな」
「うん!」
 
   芽生くんと手を繋いで、また歩き出す。

「お兄ちゃん、学校が見えて来た」
「もうすぐゴールだね」
 
 寄り道をしたのもあり、30分以上かかってしまった。

 芽生くんは校門にタッチし、笑っていた。

「やったー! ぶじについたね! そうだ、帰りはひとりで歩いてみるよ」
「えっ……そうなの? 本当に大丈夫」
「うん! お兄ちゃんはうしろからついてきてね」

 緊張した面持ちで歩く、芽生くんの後を歩いた。

 先ほどまで繋いでいた手が空っぽなのは寂しいが、すぐ目の前を歩く姿が見える。

 だから……大丈夫だ。

 芽生くんの背中を見つめていると、天国にいる弟を思い出す。

 夏樹……夏樹、今、天国から見てくれている?

 僕の家族のこと、きっともう知っているんだよね。

 芽生くんはね、夏樹が味わえなかった小学生になったんだ。

 夏樹は早く小学生になりたいと言って、僕のランドセルを背負って遊んでいたね。懐かしい思い出だよ。

 お兄ちゃんは、正直……まだ芽生くんの小さな手を離すのが怖いけれども、頑張るよ。

 僕も成長していかないとね。

 この先は、兄として、未知の世界だ。

 夏樹……天上から見ていて!

 僕らのスローステップを。

 応援して欲しい!

 お兄ちゃんのことを。









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