706 / 1,730
番外編
その後の三人『さらに……初々しい日々』6
しおりを挟む
「カズくん~ねぇねぇ、ちょっといい?」
チェックアウトのお客様の波が去り、一息ついていると、妻に呼ばれた。
「何?」
「あのね、羊さんの荷物に何かお菓子でも入れようと思うんだけど、何がいいかな?」
「流石、気が利くな」
「うふふ、私、家族連れに弱いのよ。あの坊やとっても可愛かったし」
「はは、そうだったな。また……リピートしてくれるといいな」
俺は、売店でいつも扱っている若木旅館オリジナルのかるかんの箱を手に取った。
長芋かるかんは素材の持ち味を生かし、ふんわり柔らかく蒸したもので、まろやかな甘さは、瑞樹の好むものだった。
「これが、いいんじゃないか」
「あ、そうよね。旅館の名物だものね。私もこれ大好き! じゃあ羊さんのチェックアウトお願いします。宿泊費は……カズくんにつけておくわね」
妻が真面目な顔で言うので、フッと笑ってしまった。
「ありがとうな」
「え?」
「昨夜……良かったよ」
「も、もうカズくんってば、恥ずかしいことをいきなり言わないでよ」
「ははっ、じゃあ……君が発送を頼む」
「住所は、えっと宿泊者名簿を見ればいいわね」
「あぁ、今、持ってくる」
まだ少し変な感じだな、瑞樹宛の荷物を、妻が作るなんて。
しかしこれが俺たちの新しいスタイルだと思うと、清々しくなる。
こうと決めたら進むのみだ。真っ直ぐに……躊躇わずに。
「ふぅん……東京かぁ」
「懐かしい? 君だって大学と就職は向こうだったし」
「そうねぇ……でも、もう充分堪能したかな。故郷に帰ってきて良かった」
「そうだな。俺も同じだよ。よーし、今日も頑張ろう!」
「うん!」
一緒に風呂にも入った羊のぬいぐるみは、妻が丁寧にドライヤーをかけてくれたので、空に浮かぶ白い雲のように、ふわふわになっていた。
さぁ羊くん、瑞樹の元へ帰れ。元気でな。
****
「おばあちゃん、おしえて」
「なあに?」
「どうして今日はお兄ちゃんとパパにおべんとをつくったの? もう大人なのに」
「あらあら、大人になったからといってお弁当を持っていったらいけないなんて決まりはないのよ」
芽生の素朴な疑問が可愛らしかった。
「ふーん、そうなんだね。よかった。大人になると、いろいろたのしみがへっちゃうってシンパイしてたんだ」
「芽生もお弁当好き? あの宗吾がよく二年間も作り続けたわね」
「えっとねぇ、お兄ちゃんが来てからすごくなったんだよ。パパがおかずをつくって、お兄ちゃんがつめてくれたよ。あのねあのね、お兄ちゃんの飾り付け、すごかったよ」
「まぁ、どんな風に?」
「えっとね、ノリがお花のかたちなの。夜に、いっしょに図鑑を見るんだよ」
「ふふっ、すてきね。瑞樹くんらしいわ」
芽生が一生懸命にお話ししてくれるのも嬉しくて、こんな和やかな時間を持てることに感謝した。そしてこの歳になって新しい息子が出来たのも、やっぱり嬉しいわ。
旅行疲れを癒やしてあげたくて、久しぶりにお弁当作りを思い立ったの。お弁当箱は憲吾と宗吾が高校の時に使っていたアルミのだったけれども、大丈夫かしら。
幼稚園から高校までお弁当作りをしてきた日々を思い出しながら、朝からいろいろ作ってしまったわ。何を食べても美味しそうに喜んでくれる瑞樹くんだから、作り甲斐もあって、楽しかったわ。
唐揚げに肉じゃが、卵焼き……今風なものは作れないけれども、息子たちの好物を詰めたの。どうかお口に合いますように。
****
「葉山先輩~ おはようございます」
「あぁ金森、おはよう」
「あれあれ? 何を大事そうに持っているんですかぁ~」
「……何でもない」
五月蠅いのに見つかった。本当に申し訳ないけれども、このお弁当について金森に説明する気はしなかった。
「おらおら金森ぃ~! 無駄口叩く暇あるなら、さっさと準備しろよ」
「うげっ! 菅野先輩は人使いが荒すぎますよ」
「何言ってんだ? もうすぐ新入社員が入ってくるんだ。お前も先輩になる。さぁもっともっと働け~」
クスッ、菅野ありがとう。
それにしてもお昼休みが楽しみだな。中身が何か想像するだけでワクワクするものなんだね。
昨日まで旅行で外食続きだったこともあり、家庭の味が恋しかった。いつもはランチは菅野と外に食べに行くことが多いが、今日はここで食べよう。
待ちに待った昼休み、ドキドキしながらお弁当の包みを開けた。
わぁ、アルミのお弁当箱だ。すごい年季が入っている!
これって、もしかして宗吾さんの使ったものなのかな? そう思うだけでドキドキした。高校時代の宗吾さんって格好良かっただろうな。あぁ僕、どれだけ宗吾さんが好きなのか。
思わずひとり微笑んでしまった。
すると女性社員に冷やかされた。
「葉山くんが珍しいわね。お弁当なんて」
「あ……はい」
「彼女さんの愛妻弁当かな~? いいわね」
「あ、いえ、これは母が作ってくれたものです」
こう答えて、密かにドキドキしてしまう。いいのかな……この返答で? 宗吾さんのお母さんは、僕の三人目のお母さんだから間違いではない。
「いいなぁ、私もまた母に頼もうかな。やっぱり美味しいよね、手作りって」
「はい!」
「葉山くん、いい笑顔! こんな息子を持ったらお母さんは幸せね! ごゆっくり」
先輩が去ってから、そっと蓋を開けてみた。そこには、とても美味しそうな唐揚げに肉じゃが、そして大好物の卵焼きが綺麗に並んでいた。
「すごい! 全部手作りなんだ……本当に美味しそう」
思わずゴックンと喉が鳴る。僕は宗吾さんと付き合いだしてから、食にも貪欲になったようだ。こんなに食欲が湧くなんてあり得なかった。
今の僕は『生きる力に溢れている』のだと、実感した。
「では、いただきます!」
小さく声に出して……箸を手に持った。
チェックアウトのお客様の波が去り、一息ついていると、妻に呼ばれた。
「何?」
「あのね、羊さんの荷物に何かお菓子でも入れようと思うんだけど、何がいいかな?」
「流石、気が利くな」
「うふふ、私、家族連れに弱いのよ。あの坊やとっても可愛かったし」
「はは、そうだったな。また……リピートしてくれるといいな」
俺は、売店でいつも扱っている若木旅館オリジナルのかるかんの箱を手に取った。
長芋かるかんは素材の持ち味を生かし、ふんわり柔らかく蒸したもので、まろやかな甘さは、瑞樹の好むものだった。
「これが、いいんじゃないか」
「あ、そうよね。旅館の名物だものね。私もこれ大好き! じゃあ羊さんのチェックアウトお願いします。宿泊費は……カズくんにつけておくわね」
妻が真面目な顔で言うので、フッと笑ってしまった。
「ありがとうな」
「え?」
「昨夜……良かったよ」
「も、もうカズくんってば、恥ずかしいことをいきなり言わないでよ」
「ははっ、じゃあ……君が発送を頼む」
「住所は、えっと宿泊者名簿を見ればいいわね」
「あぁ、今、持ってくる」
まだ少し変な感じだな、瑞樹宛の荷物を、妻が作るなんて。
しかしこれが俺たちの新しいスタイルだと思うと、清々しくなる。
こうと決めたら進むのみだ。真っ直ぐに……躊躇わずに。
「ふぅん……東京かぁ」
「懐かしい? 君だって大学と就職は向こうだったし」
「そうねぇ……でも、もう充分堪能したかな。故郷に帰ってきて良かった」
「そうだな。俺も同じだよ。よーし、今日も頑張ろう!」
「うん!」
一緒に風呂にも入った羊のぬいぐるみは、妻が丁寧にドライヤーをかけてくれたので、空に浮かぶ白い雲のように、ふわふわになっていた。
さぁ羊くん、瑞樹の元へ帰れ。元気でな。
****
「おばあちゃん、おしえて」
「なあに?」
「どうして今日はお兄ちゃんとパパにおべんとをつくったの? もう大人なのに」
「あらあら、大人になったからといってお弁当を持っていったらいけないなんて決まりはないのよ」
芽生の素朴な疑問が可愛らしかった。
「ふーん、そうなんだね。よかった。大人になると、いろいろたのしみがへっちゃうってシンパイしてたんだ」
「芽生もお弁当好き? あの宗吾がよく二年間も作り続けたわね」
「えっとねぇ、お兄ちゃんが来てからすごくなったんだよ。パパがおかずをつくって、お兄ちゃんがつめてくれたよ。あのねあのね、お兄ちゃんの飾り付け、すごかったよ」
「まぁ、どんな風に?」
「えっとね、ノリがお花のかたちなの。夜に、いっしょに図鑑を見るんだよ」
「ふふっ、すてきね。瑞樹くんらしいわ」
芽生が一生懸命にお話ししてくれるのも嬉しくて、こんな和やかな時間を持てることに感謝した。そしてこの歳になって新しい息子が出来たのも、やっぱり嬉しいわ。
旅行疲れを癒やしてあげたくて、久しぶりにお弁当作りを思い立ったの。お弁当箱は憲吾と宗吾が高校の時に使っていたアルミのだったけれども、大丈夫かしら。
幼稚園から高校までお弁当作りをしてきた日々を思い出しながら、朝からいろいろ作ってしまったわ。何を食べても美味しそうに喜んでくれる瑞樹くんだから、作り甲斐もあって、楽しかったわ。
唐揚げに肉じゃが、卵焼き……今風なものは作れないけれども、息子たちの好物を詰めたの。どうかお口に合いますように。
****
「葉山先輩~ おはようございます」
「あぁ金森、おはよう」
「あれあれ? 何を大事そうに持っているんですかぁ~」
「……何でもない」
五月蠅いのに見つかった。本当に申し訳ないけれども、このお弁当について金森に説明する気はしなかった。
「おらおら金森ぃ~! 無駄口叩く暇あるなら、さっさと準備しろよ」
「うげっ! 菅野先輩は人使いが荒すぎますよ」
「何言ってんだ? もうすぐ新入社員が入ってくるんだ。お前も先輩になる。さぁもっともっと働け~」
クスッ、菅野ありがとう。
それにしてもお昼休みが楽しみだな。中身が何か想像するだけでワクワクするものなんだね。
昨日まで旅行で外食続きだったこともあり、家庭の味が恋しかった。いつもはランチは菅野と外に食べに行くことが多いが、今日はここで食べよう。
待ちに待った昼休み、ドキドキしながらお弁当の包みを開けた。
わぁ、アルミのお弁当箱だ。すごい年季が入っている!
これって、もしかして宗吾さんの使ったものなのかな? そう思うだけでドキドキした。高校時代の宗吾さんって格好良かっただろうな。あぁ僕、どれだけ宗吾さんが好きなのか。
思わずひとり微笑んでしまった。
すると女性社員に冷やかされた。
「葉山くんが珍しいわね。お弁当なんて」
「あ……はい」
「彼女さんの愛妻弁当かな~? いいわね」
「あ、いえ、これは母が作ってくれたものです」
こう答えて、密かにドキドキしてしまう。いいのかな……この返答で? 宗吾さんのお母さんは、僕の三人目のお母さんだから間違いではない。
「いいなぁ、私もまた母に頼もうかな。やっぱり美味しいよね、手作りって」
「はい!」
「葉山くん、いい笑顔! こんな息子を持ったらお母さんは幸せね! ごゆっくり」
先輩が去ってから、そっと蓋を開けてみた。そこには、とても美味しそうな唐揚げに肉じゃが、そして大好物の卵焼きが綺麗に並んでいた。
「すごい! 全部手作りなんだ……本当に美味しそう」
思わずゴックンと喉が鳴る。僕は宗吾さんと付き合いだしてから、食にも貪欲になったようだ。こんなに食欲が湧くなんてあり得なかった。
今の僕は『生きる力に溢れている』のだと、実感した。
「では、いただきます!」
小さく声に出して……箸を手に持った。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる