703 / 1,730
番外編
その後の三人『さらに……初々しい日々』3
しおりを挟む平日の朝は忙しい。特に旅行帰りは、洗濯物が山のようで大変だ。
「瑞樹、俺が洗濯物を取ってくるから、芽生をそろそろ起こしてくれ」
「はい! 干すのは手伝います」
「ありがとう」
男二人でワタワタするが、こうやって手分けして、なんとかこなしているのさ。脱衣所に置いてある洗濯機から洗濯物を取り出していると、ポロポロと白い屑が衣類にくっついている。
「ん? これは……まさか」
案の定、芽生の小さなズボンをはたくと、大量の白い塵が空に舞った。雪みたいに綺麗だなと一瞬見蕩れたが、違う違う! と頭をブンブン横に振った。
「うぉ……またヤラレタ!」
犯人はティッシュだな。そうか……昨日羊を忘れて空港で芽生がべそをかいた時、鼻水が出て……瑞樹がティッシュを渡していたな。それをポケットに入れたままだったのか。
ううう……瑞樹も俺も抜かった!
いつもなら洗濯前に、几帳面な瑞樹がポケットの中を確かめているのに、昨日は相当疲れていたのだろう。朝は朝で、明け方見た夢に震え、どこかぼんやりしていたしな。
やれやれ……これは朝から掃除機をかけないとならないレベルだ。しかも濡れた洗濯物にこびりついたティッシュはどうすんだ? 俺の黒いズボンなんて目も当てられないぞ。
床にしゃがんで大きな屑を拾おうとして、手がぴたりと止まった。
「これは何だ? ティッシュじゃないみたいだ」
手に取ったらボロボロに崩れそうな四つ折りの……小さなメモだった。
「手紙?」
うっすら読めてしまった文字に、ハッとした。
『瑞樹は水を忘れるな』
『どうか幸せになって欲しい』
これは……瑞樹の前の彼氏からの手紙?
水に滲んで辛うじて読み取れたのは、この二行だけだったが、そう察した。
そうか……君は2年前彼氏との別れ際に、こんな手紙をもらっていたのか。そして返事をしようと、この手紙を由布院に持って行ったのか。
結局渡すことも捨てることも出来ず、また持って帰ってきたなんて、瑞樹らしいな。
「宗吾さん? これは一体……」
そのタイミングで芽生と手を繋いだ瑞樹が、脱衣所にやってきた。
「わー、パパ、すごいね! 雪がふったの?」
「芽生~! コラッ、昨日ティッシュをまたポケットに入れっぱなしにしたな?」
「あ! わっーごめんなさい」
「掃除機をかけるぞ。それと瑞樹もだぞ」
「あ!」
瑞樹がハッとした表情を浮かべた。
「あ……僕も、もしかして入れっぱなしに?」
「あぁ、これは持ち上げたらボロボロになって崩れてしまうだろう。どうする?」
「あ、あの……宗吾さん……それは……あの日の置き手紙です。返そうとも捨てようとも思ったのに結局持ち帰ってしまいました。す、すみません」
「謝ることじゃない。だが、それより良かったのか。もう読めなくなるが」
俺の質問に……瑞樹はもう完璧に吹っ切れているようで、切ない顔ではなく、優しい笑みを浮かべていた。
「宗吾さん……いい機会でした。僕から捨てることも出来なかったけれども、こうやって無くなるのなら、悔いはないですね。あ、あの……不謹慎かもしれませんが芽生くんのティッシュにまみれて、雪に包まれてるみたいで綺麗だなと……だから、このまま浄化されたら……と思います」
確かに、俺もそう思ったよ。
「パパ、おこってる?」
「芽生! もうしちゃ駄目だぞ。床も洗濯物も大惨事だからな」
「うう、ごめんなさい」
「僕も、ごめんなさい!」
瑞樹も一緒になって謝る様子に、俺もくくっと笑ってしまった。
「お前たちは、そんなところも似てきたな」
「え、そうですか」
「おにいちゃんといっしょならいいかな」
俺の言葉は二人を喜ばせたようだ。うーむ、旅館でジュースを同時にこぼしたりと、失敗する箇所が似ていると指摘するのは、やめておいた方がいいか。
「宗吾さん、洗濯物どうしましょう?」
「まぁ……もう時間切れだ。今日は帰ってからするか。そろそろ朝飯を食べないと遅刻するぞ」
「そうですね。じゃあ掃除機だけでも」
「あぁ、飯の準備してくるから、ここは任せた。芽生はおばあちゃんちに行くから着替えろ!」
****
あの日冷蔵庫に張ってあった手紙を一馬に返そうと、旅行に持って行った。
しかし最初は話す機会もなかったし……結局ちゃんと別れを言い合ってお互いの幸せを認め合ったから、今更渡さなくても全部通じていると感じ、最後はシャツの胸ポケットに入れたままだった。
まさかこの2年間大切に持っていた手紙を、こんな風に洗濯してしまうなんて……でも、僕の心はスッキリしている。
僕にはもう必要のない手紙だし、返事は直接伝えられたのだから必要ないという意味なのかな。
手に取ると、予想通りボロボロと崩れて雪と同化してしまった。
だから心を決めて、ティッシュと一緒に掃除機で吸い込んだ。
僕と付き合っていた一馬とは、本当にさよならだな。これからは違うスタイルになろう。これであいつが残した物は、全部消えてしまった。
床が綺麗になると、僕の心もスッキリしていた。
窓の外の青空のように、澄み渡っていた。
これも新しい1日に相応しい出来事だ。
「瑞樹、おーい、目玉焼きが焼けたぞ」
「はい! 今行きます!」
さぁ始めよう!
もう宗吾さんで一色の、僕の今日を――!
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる