上 下
691 / 1,730
番外編

その後の三人『家へ帰ろう』5

しおりを挟む

「はい、若木旅館です」
「あの、すみません。本日チェックアウトしたものですが」

 この声……!

「はい、お泊まりありがとうございました」
「実は、そちらに忘れ物をしたようで」

 俺は努めて……淡々と応対した。

「お客様のお名前と内容を教えていただけますか」
「あぁ、菖蒲の部屋に泊まったものですが」

 やはり! 彼は……瑞樹の相手だ。

「実は息子が羊のぬいぐるみを忘れたようで、たぶん送迎バスの中に」

 今日の忘れ物はタグをつけて保管しているので確認済だが、羊のぬいぐるみはなかった。

「……申し訳ございません。あいにくぬいぐるみは本日届いていないようですが」
「そうですか、うーむ参ったな、あの子が幼い頃から一緒に眠っているのに」
「それは大変ですね。もう一度バスを見て来ます」
「有り難い! ただ……飛行機の時間が迫っていて、あと10分ほどしか」
「分かりました。折り返しこの番号にかけます!」

 絶対に見つけてあげたいと思った。

 だから記憶を必死に辿った。

 あの坊やが手に持っていたぬいぐるみは、見た気がする。

 あぁ……そうだ、朝食会場に連れて来ていたな、少し黒ずんだモコモコの毛の羊だ。

「ごめん、忘れ物を探してえくるよ」
「え! もう外は暗いのに?」
「急ぐんだ」
「でも今日はもう届けられないでしょう?」
「分かっているさ! でもあるかないかだけでも教えてあげたくて」
「そうね! あ、懐中電灯持って行って。バスの座席の下とか盲点かも」
「ありがとう」

 送迎のバスの鍵を持って、夜道を駐車場までひた走った。

 見つけてやりたい。
 
 置き去りしてしまった瑞樹のように、ぬいぐるみにだって……寂しい思いはもうさせたくないからな。

 それにしても、春の夜はいい。

 月がほわんと明るくて……菜の花畑を照らしている。

 希望が散らばっている。

 確か夜便だと言っていたな。

 時計をちらりと確認すると、飛行機の出発時刻が迫っていた。

「ハァ、ハァ」

 息を切らしてバスの中に入り、床を這いつくばって探すが見つからない。

 懐中電灯で隈なく探したが、なかった。

「違う場所かも」

 諦めきれずに、バス停付近を探すがない。

「駄目か」

 時計の針は、あと3分。

 その時、宿の本館に繋がる小道に白いものを見つけた。

「あ!」

 慌てて駆け寄ると、それは薄汚れた羊のぬいぐるみだった。
 
 運転手が見つけて忘れ物ボックスに入れる前に落ちてしまったのか……真相はわからないが、とにかく良かった。

「……お前だって、置いてきぼりはイヤだよな。分かるよ」

 泥まみれになってしまった羊の目が寂しそうに濡れているようで……切なくなった。

 おっと! こうしている場合では……早く電話しないと。

「若木旅館ですが、ありました! 気付かずに大変申し訳ありませんでした」
「よかった! 探してくれてありがとう! それを聞けて安心したよ」
「はい。もう飛行機の時間ですよね。明日お送りします。登録のご住所で宜しいですか」
「あぁ……あの住所だ。あそこは瑞樹と俺たち家族が暮らしている家なんだ」
「そうなんですね。もう……寂しくないですね」

 つい余計なことを言ってしまった。

「あ、あの……芽生くんに伝えて下さい。道端に転がっていたので泥まみれになっていたので温泉にいれて最高のおもてなしして、お届けしますと」
「ありがとう! それを聞いたら喜ぶよ。はは、君はいい奴だな」
「今晩は俺の息子と寝るので寂しくないと」
「ありがとう! 更に安心するよ」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
「着払いでいいので送って下さい」
「いえ、降車時にすぐに気付いていれば……こちらの責任ですので」
「申し訳ない」
「いえ!」

 気持ちのいい電話だった。
 お互い、幼い子供がいる父親なのだと感じた。

 ****

 宗吾さんと一馬が話している会話にじっと耳を傾けた。

 どうやら見つかったようだ!

 膝に抱っこしていた芽生くんにも、じんわりと笑顔を戻ってくる。

「よかったね」
「お兄ちゃん……ごめんね。ボク……バスのなかで、羊のメイくんにも景色を見せてあげようと出して……でも足湯のことを考えだしたら忘れちゃって……」
「置いてきぼりは寂しいよね」
「うん、メイくんと今日はいっしょにねむれないんだね。ボクにはおにいちゃんとパパがいるから大丈夫だけど、メイくん……さみしいね」

 優しい芽生くん。ぬいぐるみの立場になって考えられるなんて――

「それは心配ないぞ」

 電話を切った宗吾さんが、快活な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「羊のメイはもう一泊するってさ、宿が気に入って、バスに乗って戻ってしまったようだな。とにかく今から温泉で、夜は小さな坊やと眠るから大丈夫だそうだ。明日の飛行機で帰ってくるよ」
「ほんと! 本当なの?」
「そうだよ。宿の人が教えてくれた」

 芽生くんの眼がキラキラと輝く。

「やったぁ! やったぁ! やっぱりあそこには『しあわせやさん』がいるんだ」
「良かったね。芽生くん!」
「パパ、お兄ちゃんありがとう! あ、急がないと。パパーおにーちゃん、早く早く!」

 一気に元気を取り戻した芽生くんに引っ張られるように、搭乗口に向かった。

「お客様、お急ぎ下さい~! 最終手続きですよ!」
「す、すみません!」

 旅の旅情とはほど遠い、最後の最後までドタバタだったが、なんとか間に合った!

「瑞樹、これも家族ならではの思い出だな。楽しかった!」
「あ……はい!」

 宗吾さんの言う通りだ。

 僕たち三人だから生まれるエピソード。

 きっと後々『あの時は~』と、思い出話に登場するだろう!

 そんな日々もいつかやってくる。

 僕の未来には――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...