681 / 1,730
成就編
幸せな復讐 35
しおりを挟む
「今日の清掃、終わりました」
「お疲れ様。各部屋の忘れ物のチェックはしてくれたか」
「はい! そうだ……これは忘れ物ではないので、一馬さんにお届けしますね」
春斗をまた母に預けてフロントに戻り、清掃スタッフと話していると、意外なものを手渡された。
「菖蒲の部屋の置き手紙ですよ。可愛いですね。あぁ……そういえば小さな坊やが泊まっていましたね」
「……ありがとう」
「こんな風に感謝の言葉を伝えてもらえるのって、嬉しくなりますね」
「あぁ……この仕事をしていて良かったと思う瞬間だよ。こんな可愛いお返事をもらえるなんてな」
手渡された紙には、ニコニコ笑顔の男の子が描かれていた。オレンジ色の洋服は、春斗が大きくなったら着るものだ。
添えられた言葉に泣けてくる。
『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』
しあわせやさんって、俺のことか。
俺を……そんな名前で呼んでくれるのか。
君の大切な瑞樹を、幸せに出来なかった俺なのに?
「カズくん、どうしたの?」
気が付けば、俺に寄り添うように妻が立っていた。
「これを見てくれよ。小さなお客様から、素敵なお礼状をもらったんだ」
「まぁ! なんて優しいの、それにぴったりね、カズくんに」
「俺は……幸せだ。今、幸せだ」
「んふふ。春斗と私がついているから大丈夫! あなたはもっと幸せになるわ」
「君を幸せにしたい」
「わぁ……カズくん、て、照れるわ。さ、さぁ……もう仕事仕事!」
顔を上げると、旅館スタッフが俺と妻の様子を微笑ましく見守ってくれていた。
「この旅館は、主と女将が仲睦まじいですね。暖かい雰囲気で包まれているので、お客様も心から寛げるようですね。お二人が引き継いでから、幸せそうなご家族のリピータ―さんが増えましたよ。頑張って下さい! 若いお二人を応援していますよ!みんな」
古くからいる仲居さんに背中をバンバンと叩かれて、照れ臭くなる。
昔……幸せにしてやりたい人がいた。
しかし彼は幸せになるのをこわがっていた。だからずっとふたりで前にも後ろに進まなかった。ずっと同じ場所であたためてやった。だが……時は流れ、いろいろな事情が重なり、ままならなくなった。だから俺は彼を置いて前に進むことにした。
彼の元から去る時、どうか彼を幸せにしてくれる人が現れ、彼も幸せになりたいと思えるようになって欲しいと願いを込めて、自分勝手な手紙を置いてきた。
だから『しあわせやさん』なんて呼ばれるのはおこがましいが……それでも嬉しかった。
あの手紙の返事を、今、もらった気がした。
瑞樹が掴んだ幸せは、小さな男の子の希望にも優しさにもなっている。
すごいな、瑞樹。君は一気に父親にもなっていた。
俺も負けてはいられない。
俺も頑張るよ!
****
「そ、宗吾さん、もう食べ過ぎですよ」
「こっちの豊後牛コロッケも美味しいぞ。瑞樹、あそこの店と食べ比べしてみないか」
観光辻馬車の後は、気ままな町歩きだ。
軽井沢の商店街のように、お土産物やさんやレストラン、売店がずらりと並んでいるので、宗吾さんは先ほどから買い食いばかりしている。
でも……僕も楽しい! 修学旅行の時、こんな光景を羨ましく眺めていたのを思い出す。あの頃の僕は……自分だけ生き残ったのを責めており、僕だけ楽しいことをするのは亡くなった両親や弟に悪いと、そんなことばかり考えていた。
もっと楽しんで良かったのだ。僕の笑顔が家族の供養になることに気付けずにいた。
「お兄ちゃん、パパ、あんなに食べてだいじょうぶかな?」
「うーん。問題だね」
「だよね! きっとあとで、お腹いたいいたいって、おおさわぎしそう」
「ぷっ!」
「おい! 残念ながら俺の胃はすこぶる健康で丈夫だ。ふたりをぺろりとたべちゃう程になぁ」
芽生くんに襲いかかるマネをする宗吾さんの顔ったら……!
「あはは! もう変なことばかり言わないでくださいよ。コロッケも独り占めしないで、僕にも下さい」
「おぅ! ほら」
顔の前の宗吾さんがかじったコロッケを差し出されたので、パクッと食べたら、サクサクの衣に、ほくほくのじゃがいもで、とても美味しかった。
「わぁ、美味しいですね」
「だろ? ほら、もっと食った食った!」
「ボクもほしい!」
こんな風に食べながら歩くなんて、お祭りに来たみたいだ。
「瑞樹、旅はお祭りみたいだな」
「あ、はい」
「特別な時間なんだ。だから特別なことを沢山していいんだぞ」
「はい! そうですね」
本当にそうだ……そうだった。
小さい時、家族で旅行をした。飛行機に乗って南の土地に来た。
どこだったのか、詳しくは覚えていないが、こんな風にお祭りみたいな時間を過ごしたことがある。。
『瑞樹、もう気持ち悪くない?』
『もう大丈夫だよ』
『良かったわ! じゃあご褒美に何か買ってあげる。何がいいかな~ソフトクリーム? それとも、あのお餅はここの名物よ』
『おい、そんな急に瑞樹に食べさせたら、お腹がびっくりするんじゃないか』
『僕、お餅が食べたい』
『いいわよ! 私も買おうっと、あなたは?』
『はは、君が一番食べたそうだな』
『まぁ! ふふ、当たり。瑞樹、おいで』
キラキラな思い出に包まれていると、宗吾さんに手を引かれた。
「瑞樹、ほら、こっちに来いよ。今度はデザートだ!」
「くすっ……もうこうなったら、とことん付き合います!」
「おぅ! 積極的だな。いいことだ」
宗吾さんといると新しい発見ばかりで、僕も一緒に楽しみたくなる。
宗吾さんと芽生くんと過ごすお祭りのような時間は、とても幸せだ。
「お疲れ様。各部屋の忘れ物のチェックはしてくれたか」
「はい! そうだ……これは忘れ物ではないので、一馬さんにお届けしますね」
春斗をまた母に預けてフロントに戻り、清掃スタッフと話していると、意外なものを手渡された。
「菖蒲の部屋の置き手紙ですよ。可愛いですね。あぁ……そういえば小さな坊やが泊まっていましたね」
「……ありがとう」
「こんな風に感謝の言葉を伝えてもらえるのって、嬉しくなりますね」
「あぁ……この仕事をしていて良かったと思う瞬間だよ。こんな可愛いお返事をもらえるなんてな」
手渡された紙には、ニコニコ笑顔の男の子が描かれていた。オレンジ色の洋服は、春斗が大きくなったら着るものだ。
添えられた言葉に泣けてくる。
『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』
しあわせやさんって、俺のことか。
俺を……そんな名前で呼んでくれるのか。
君の大切な瑞樹を、幸せに出来なかった俺なのに?
「カズくん、どうしたの?」
気が付けば、俺に寄り添うように妻が立っていた。
「これを見てくれよ。小さなお客様から、素敵なお礼状をもらったんだ」
「まぁ! なんて優しいの、それにぴったりね、カズくんに」
「俺は……幸せだ。今、幸せだ」
「んふふ。春斗と私がついているから大丈夫! あなたはもっと幸せになるわ」
「君を幸せにしたい」
「わぁ……カズくん、て、照れるわ。さ、さぁ……もう仕事仕事!」
顔を上げると、旅館スタッフが俺と妻の様子を微笑ましく見守ってくれていた。
「この旅館は、主と女将が仲睦まじいですね。暖かい雰囲気で包まれているので、お客様も心から寛げるようですね。お二人が引き継いでから、幸せそうなご家族のリピータ―さんが増えましたよ。頑張って下さい! 若いお二人を応援していますよ!みんな」
古くからいる仲居さんに背中をバンバンと叩かれて、照れ臭くなる。
昔……幸せにしてやりたい人がいた。
しかし彼は幸せになるのをこわがっていた。だからずっとふたりで前にも後ろに進まなかった。ずっと同じ場所であたためてやった。だが……時は流れ、いろいろな事情が重なり、ままならなくなった。だから俺は彼を置いて前に進むことにした。
彼の元から去る時、どうか彼を幸せにしてくれる人が現れ、彼も幸せになりたいと思えるようになって欲しいと願いを込めて、自分勝手な手紙を置いてきた。
だから『しあわせやさん』なんて呼ばれるのはおこがましいが……それでも嬉しかった。
あの手紙の返事を、今、もらった気がした。
瑞樹が掴んだ幸せは、小さな男の子の希望にも優しさにもなっている。
すごいな、瑞樹。君は一気に父親にもなっていた。
俺も負けてはいられない。
俺も頑張るよ!
****
「そ、宗吾さん、もう食べ過ぎですよ」
「こっちの豊後牛コロッケも美味しいぞ。瑞樹、あそこの店と食べ比べしてみないか」
観光辻馬車の後は、気ままな町歩きだ。
軽井沢の商店街のように、お土産物やさんやレストラン、売店がずらりと並んでいるので、宗吾さんは先ほどから買い食いばかりしている。
でも……僕も楽しい! 修学旅行の時、こんな光景を羨ましく眺めていたのを思い出す。あの頃の僕は……自分だけ生き残ったのを責めており、僕だけ楽しいことをするのは亡くなった両親や弟に悪いと、そんなことばかり考えていた。
もっと楽しんで良かったのだ。僕の笑顔が家族の供養になることに気付けずにいた。
「お兄ちゃん、パパ、あんなに食べてだいじょうぶかな?」
「うーん。問題だね」
「だよね! きっとあとで、お腹いたいいたいって、おおさわぎしそう」
「ぷっ!」
「おい! 残念ながら俺の胃はすこぶる健康で丈夫だ。ふたりをぺろりとたべちゃう程になぁ」
芽生くんに襲いかかるマネをする宗吾さんの顔ったら……!
「あはは! もう変なことばかり言わないでくださいよ。コロッケも独り占めしないで、僕にも下さい」
「おぅ! ほら」
顔の前の宗吾さんがかじったコロッケを差し出されたので、パクッと食べたら、サクサクの衣に、ほくほくのじゃがいもで、とても美味しかった。
「わぁ、美味しいですね」
「だろ? ほら、もっと食った食った!」
「ボクもほしい!」
こんな風に食べながら歩くなんて、お祭りに来たみたいだ。
「瑞樹、旅はお祭りみたいだな」
「あ、はい」
「特別な時間なんだ。だから特別なことを沢山していいんだぞ」
「はい! そうですね」
本当にそうだ……そうだった。
小さい時、家族で旅行をした。飛行機に乗って南の土地に来た。
どこだったのか、詳しくは覚えていないが、こんな風にお祭りみたいな時間を過ごしたことがある。。
『瑞樹、もう気持ち悪くない?』
『もう大丈夫だよ』
『良かったわ! じゃあご褒美に何か買ってあげる。何がいいかな~ソフトクリーム? それとも、あのお餅はここの名物よ』
『おい、そんな急に瑞樹に食べさせたら、お腹がびっくりするんじゃないか』
『僕、お餅が食べたい』
『いいわよ! 私も買おうっと、あなたは?』
『はは、君が一番食べたそうだな』
『まぁ! ふふ、当たり。瑞樹、おいで』
キラキラな思い出に包まれていると、宗吾さんに手を引かれた。
「瑞樹、ほら、こっちに来いよ。今度はデザートだ!」
「くすっ……もうこうなったら、とことん付き合います!」
「おぅ! 積極的だな。いいことだ」
宗吾さんといると新しい発見ばかりで、僕も一緒に楽しみたくなる。
宗吾さんと芽生くんと過ごすお祭りのような時間は、とても幸せだ。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる