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成就編
幸せな復讐 11
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鍵を受け取った瑞樹たちが部屋に向かった後、妻が首を傾げた。
「どうした?」
「あのね、今チェックインした男性……どこかで見たような気がして」
「そっ、そうなのか」
ドキッとした。妻は瑞樹との関係は全く知らないはずなのに。見合いで結婚した妻には……俺の東京での生活を詳細には、話せていなかった。
「あぁ、思い出したわ!」
「ど、どこで会ったのか」
聞かずにはいられない。
「私達の結婚式で見たのよ。そうだわ、柱の陰からこちらを見上げていたわ」
「えっ、どんな風に?」
想定外の事を言われ、固まってしまった。
あの日の朝、じゃあ……瑞樹はあれから結婚式場に来ていたのか。
俺、全く気付かなかった。
いや違う! あの時感じた花のような香りは、まさか……。
……
花のような香りに、はっと顔をあげた。
隣には嬉し涙を流す花嫁がいるのに、ホテルのロビーに溢れる人混みに、君の姿を探してしまった。
昨夜、最後に君を抱き、別れを誓った俺達を繋ぐものは、もう何もない。だからこれは残り香だと分かっているのに、記憶が君を求めてしまうなんて。
……
あれは残り香ではなく、現実の瑞樹自身から発せられていたものだったのか。
「彼、礼服姿だったから、他の結婚式の参列者だったのかな? 私たちの招待客ではなかったものね」
「そ、そうか。それで彼はどうした?」
「あのね、とても愛おしそうに……大切なものを見送るような瞳だったので、何だか切なくなっちゃった」
「大切なもの?」
俺はやはり最低だ。
もしあの場に瑞樹が来ていたのなら、てっきり恨みがましい目で睨んでいたと思った自分が恥ずかしい。
瑞樹がそんな人間でないのを、知っているクセに。
「どうしたの? 随分熱心に聞くのね」
「いや……」
「ところで、さっきの方達って、もしかしてご家族かな。『幸せ』が滲み出ていたわよね。いろんな愛のカタチがあっていいと思うの。私は寛大よ!」
妻は楽しそうに、ウインクした。
参ったな。
瑞樹……君はすごいよ。
そして、ありがとう。
瑞樹は、最後の瞬間まで、俺の幸せを願ってくれたのだ。
幸せになることに消極的だった君が、願ってくれた俺のこの幸せ。
俺は守るよ。大事にしていくよ。
そして君の掴んだ幸せを、見せてくれてありがとうな。
ようやくモヤモヤとしていた気持ちが、落ち着いてきた。
といっても、きっと宿泊中、幸せに包まれた瑞樹を見かける度に少しだけチクチクと胸が痛むかもしれない。
だが……それは甘んじて受け入れるよ。
俺の心残りを解き放ちにくれたのかもしれないな……優しい瑞樹だから。
こんな風に考えること自体、俺はまだ瑞樹に甘えているのかもしれないな。
「そろそろ第二陣が到着の時間だな。フロントには俺も立つよ。その方が、早く愛しい息子の春斗に会えるしな」
「あなた……いつも、ありがとう!」
「俺の方こそ、幸せをありがとう」
****
「瑞樹、頑張ったな」
「あ……あの、僕は大丈夫でしたか」
「立派だったよ」
宗吾さんに断言してもらうと、心が軽くなった。
あいつを傷つけたくて……ここに来たのではない。
あいつも……あいつなりに当時の僕を最後まで愛してくれた。
お互い昇華しきれない想いを抱えたまま、新しい幸せを掴んだから、最後の棘を抜いて欲しかったし、抜いてあげたかった。
お互いに卒業なのだ。
この旅の意味は――
「今日のお兄ちゃんはかっこいいね」
「え? そうかな」
芽生くんには何も伝えていないのに、子供って、やっぱり敏感だね。
「お兄ちゃんの知り合いだったの? さっきの人」
「え!」
ますます驚いてしまった。何て答えよう……困ったな。
「そうだよ。瑞樹と……『縁』があった人だよ」
「そうなんだ。お兄ちゃん、会えてよかったね」
「宗吾さん……ありがとうございます。芽生くん、ありがとう」
『縁』があった人…… そう言ってもらえたことが、身に沁みた。
「さてと、部屋はどこかな?」
「あ、館内案内図がありますよ。部屋は離れで……名前は『菖蒲』です」
「菖蒲? 花の名前だな。 何か意味があるんじゃないか」
「え……?」
「ハイハーイ! しょうしょうおまちください」
芽生くんが嬉しそうに、花図鑑を鞄から取り出した。
『菖蒲』は、寒い季節が終わり、田畑に恵みの雨をもたらす花として親しまれてきた。
花言葉は確か……
「えっと、しょうぶだよね?」
「うん……なんて書いてあるかな?」
「あ……これかなぁ。わー漢字ばっかり、お兄ちゃん読んで」
「えっとね『良い便り・メッセージ・朗報・希望・消息・天の使い』と書いてあるよ」
なんだ……これは。
まるで今回の旅のテーマのような文字が並んでいて、鳥肌が立った。
「瑞樹、まさに今の俺たちだな。それから『消息』はマイナスのイメージがあったが、「便り」や「手紙」という意味で捉えると、とても前向きに感じるな」
「はい! 本当にそう思います。あの、良い旅にしましょう。沢山美味しいものを食べて、笑って……」
「それから、一緒に皆で温泉に入ろうな~ お! この部屋ならずっと裸でいてもいいかもな、ははっ」
「は?」
宗吾さんの目が妙に熱心だったので、館内案内図の裏面を見ると、宿泊する『菖蒲』という部屋の見取り図が印刷されていた。
わわ! 離れの部屋に、源泉掛け流しの温泉がついているのか。
これは……まずい。
「えーパパ、ボクはのぼせちゃうから、少しでいいよ~。お兄ちゃんにバトンタッチするね。パパをどーぞ、よろしくね」
わ! 芽生くんからも、お願いされてしまった。
「と、とにかく部屋に、行ってみましょう」
「どうした?」
「あのね、今チェックインした男性……どこかで見たような気がして」
「そっ、そうなのか」
ドキッとした。妻は瑞樹との関係は全く知らないはずなのに。見合いで結婚した妻には……俺の東京での生活を詳細には、話せていなかった。
「あぁ、思い出したわ!」
「ど、どこで会ったのか」
聞かずにはいられない。
「私達の結婚式で見たのよ。そうだわ、柱の陰からこちらを見上げていたわ」
「えっ、どんな風に?」
想定外の事を言われ、固まってしまった。
あの日の朝、じゃあ……瑞樹はあれから結婚式場に来ていたのか。
俺、全く気付かなかった。
いや違う! あの時感じた花のような香りは、まさか……。
……
花のような香りに、はっと顔をあげた。
隣には嬉し涙を流す花嫁がいるのに、ホテルのロビーに溢れる人混みに、君の姿を探してしまった。
昨夜、最後に君を抱き、別れを誓った俺達を繋ぐものは、もう何もない。だからこれは残り香だと分かっているのに、記憶が君を求めてしまうなんて。
……
あれは残り香ではなく、現実の瑞樹自身から発せられていたものだったのか。
「彼、礼服姿だったから、他の結婚式の参列者だったのかな? 私たちの招待客ではなかったものね」
「そ、そうか。それで彼はどうした?」
「あのね、とても愛おしそうに……大切なものを見送るような瞳だったので、何だか切なくなっちゃった」
「大切なもの?」
俺はやはり最低だ。
もしあの場に瑞樹が来ていたのなら、てっきり恨みがましい目で睨んでいたと思った自分が恥ずかしい。
瑞樹がそんな人間でないのを、知っているクセに。
「どうしたの? 随分熱心に聞くのね」
「いや……」
「ところで、さっきの方達って、もしかしてご家族かな。『幸せ』が滲み出ていたわよね。いろんな愛のカタチがあっていいと思うの。私は寛大よ!」
妻は楽しそうに、ウインクした。
参ったな。
瑞樹……君はすごいよ。
そして、ありがとう。
瑞樹は、最後の瞬間まで、俺の幸せを願ってくれたのだ。
幸せになることに消極的だった君が、願ってくれた俺のこの幸せ。
俺は守るよ。大事にしていくよ。
そして君の掴んだ幸せを、見せてくれてありがとうな。
ようやくモヤモヤとしていた気持ちが、落ち着いてきた。
といっても、きっと宿泊中、幸せに包まれた瑞樹を見かける度に少しだけチクチクと胸が痛むかもしれない。
だが……それは甘んじて受け入れるよ。
俺の心残りを解き放ちにくれたのかもしれないな……優しい瑞樹だから。
こんな風に考えること自体、俺はまだ瑞樹に甘えているのかもしれないな。
「そろそろ第二陣が到着の時間だな。フロントには俺も立つよ。その方が、早く愛しい息子の春斗に会えるしな」
「あなた……いつも、ありがとう!」
「俺の方こそ、幸せをありがとう」
****
「瑞樹、頑張ったな」
「あ……あの、僕は大丈夫でしたか」
「立派だったよ」
宗吾さんに断言してもらうと、心が軽くなった。
あいつを傷つけたくて……ここに来たのではない。
あいつも……あいつなりに当時の僕を最後まで愛してくれた。
お互い昇華しきれない想いを抱えたまま、新しい幸せを掴んだから、最後の棘を抜いて欲しかったし、抜いてあげたかった。
お互いに卒業なのだ。
この旅の意味は――
「今日のお兄ちゃんはかっこいいね」
「え? そうかな」
芽生くんには何も伝えていないのに、子供って、やっぱり敏感だね。
「お兄ちゃんの知り合いだったの? さっきの人」
「え!」
ますます驚いてしまった。何て答えよう……困ったな。
「そうだよ。瑞樹と……『縁』があった人だよ」
「そうなんだ。お兄ちゃん、会えてよかったね」
「宗吾さん……ありがとうございます。芽生くん、ありがとう」
『縁』があった人…… そう言ってもらえたことが、身に沁みた。
「さてと、部屋はどこかな?」
「あ、館内案内図がありますよ。部屋は離れで……名前は『菖蒲』です」
「菖蒲? 花の名前だな。 何か意味があるんじゃないか」
「え……?」
「ハイハーイ! しょうしょうおまちください」
芽生くんが嬉しそうに、花図鑑を鞄から取り出した。
『菖蒲』は、寒い季節が終わり、田畑に恵みの雨をもたらす花として親しまれてきた。
花言葉は確か……
「えっと、しょうぶだよね?」
「うん……なんて書いてあるかな?」
「あ……これかなぁ。わー漢字ばっかり、お兄ちゃん読んで」
「えっとね『良い便り・メッセージ・朗報・希望・消息・天の使い』と書いてあるよ」
なんだ……これは。
まるで今回の旅のテーマのような文字が並んでいて、鳥肌が立った。
「瑞樹、まさに今の俺たちだな。それから『消息』はマイナスのイメージがあったが、「便り」や「手紙」という意味で捉えると、とても前向きに感じるな」
「はい! 本当にそう思います。あの、良い旅にしましょう。沢山美味しいものを食べて、笑って……」
「それから、一緒に皆で温泉に入ろうな~ お! この部屋ならずっと裸でいてもいいかもな、ははっ」
「は?」
宗吾さんの目が妙に熱心だったので、館内案内図の裏面を見ると、宿泊する『菖蒲』という部屋の見取り図が印刷されていた。
わわ! 離れの部屋に、源泉掛け流しの温泉がついているのか。
これは……まずい。
「えーパパ、ボクはのぼせちゃうから、少しでいいよ~。お兄ちゃんにバトンタッチするね。パパをどーぞ、よろしくね」
わ! 芽生くんからも、お願いされてしまった。
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