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成就編

春風に背中を押されて 10

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 会社の給湯室で珈琲を飲んでいると、菅野に声を掛けられた。

「お? 葉山も休憩か」
「あぁ、菅野も?」
「そう!」
「珈琲、飲む? 今淹れたばかりなんだ」
「サンキュ! なぁ、芽生坊って無事に卒園したのか」
「芽生坊? くすっ、何だか、可愛い呼び方だね」
「だろ? クリクリと可愛い目が印象的だからな」

 今日は朝から仕事が立て込んで、疲れて一服していたのだが、菅野が来てくれて、更に気分転換出来そうだ。

「うん、卒園したよ」
「あの可愛い幼稚園の制服姿も、もう見納めか」
「そうなんだ。分かってはいたけれども、少し寂しいよ」

 謝恩会から帰宅して、制服を脱いだとき、あぁもう二度とこの制服を着て幼稚園に行くことはないんだなとしみじみと思ってしまった。子供の成長に卒業はつきもものだ。芽生くんもこの先もいろんなことを卒業して、大人になっていく。

 僕からもいつか巣立ってしまうのだ。その日のことを考えると、やっぱり寂しくなるな。

「葉山、そう寂しがるなって。まだまだ小学生になるところだろう。まだまだ家族の存在が大事な時期だ。芽生坊のランドセル姿、可愛いだろうな。何色だ?」
「それがね、焦げ茶色にグリーンのアクセントが効いていて、すごく格好いいんだ」
「ふっ」

 菅野が眩しそうな目で、僕を見つめていた。

「あっ、ごめん。何だか……力が入りすぎた?」
「いいって。俺になら大いに『親バカ』していいぞ」

 僕の発言を『親バカ』と言ってくれるなんて、菅野は本当にいい奴だ。
 僕と宗吾さんの関係を、すべて理解してくれている良き理解者なんだよ。

「ありがとう。そうだ! 卒園式の写真、見る?」
「あぁ、ぜひ!」

 嬉しくなって、信頼している菅野にならと、スマホの写真を見せてあげた。

「おう! 可愛いなぁ、拡大していい?」
「もちろん。表情をよく見て欲しいよ」
「おぉ~芽生坊、一人前の顔をしてんな」
「そうなんだ。しっかり卒園証書を受け取って、その時の表情が本当に良くて」
「あれ? へぇ、ついでに葉山もかなりイケてるぞ」
「?」
「くくっ、4月の新入社員歓迎会の余興は、これに決まりだな」
「へっ?」

 嫌な予感がして、奪い取ると、あぁぁ……バッチリ、バレた。

 いつのまに切り替わって……

 これって、あの日の……僕のメイド姿だ‼

 あの日は無性に宗吾さんが恋しくなって、宗吾さんの匂いを求めてメイド服とドラキュラの衣装を引きずり出して、匂いを嗅いでしまった。(僕……いよいよ変かも)そして、その後は芽生くんに請われるがままに、メイド服を着てしまった。

「ぼ、僕には断じて女装の趣味はないよ‼」
「しー! 馬鹿、静かにしろって」
「う、うん」
 
 慌てて口を手で押さえた。

「分かってるって。しかし、最高に楽しそうな写真だな。家族で謝恩会だな」
「う……そうなんだ」

 こんなこと話すのも、素直に認めるのも……全部、親友の菅野だからだ。

「いいじゃん! 家族でないと、こういうの無理だもんな。俺は秘密を守るから気にするな。それより、葉山が羽目を外せて、こんな馬鹿騒ぎも出来るようになって、嬉しいぞ。お前、この先何があっても……きっと、もう大丈夫だな」

 菅野も自然に『家族』という言葉を使ってくれる。それが嬉しかった。

「あ……そうだね。確かに……そうだね」

 いよいよ、今週末に迫っていた。

 僕はいよいよ湯布院へ『幸せな復讐』をしに行く。

 こうやって菅野にも大丈夫だと認められ、ますます自信に繋がった。

 自信を持って、顔を上げて、堂々と行こう。

 きっと……お前に会ったら、僕は自然とこう言うだろう。

「元気だった? 僕は元気だったよ」と……

 


****

 メイド服の葉山は、違和感なく可憐だった。それに葉山の女装が可愛いのは社内旅行で証明済みだから、別に驚きやしないぞ。それよりも葉山が屈託無く笑う姿に、感動した。

 同期の『葉山瑞樹』という男は……仕事は出来るし、人当たりもいい。しかし、ふとした瞬間に覗く儚さ、執着のなさが、知り合ってからずっと気になっていた。

 2年前の冬から春にかけて、よく給湯室の壁にもたれて黄昏れていたよな。あの頃の切なく、やるせない瞳が忘れられないよ。あの頃のお前に何があった? それから1年前も大変だったな。手に大怪我をして休職して……。

 だが滝沢宗吾さんと出会って過ごすうちに、どんどん人間味が出て明るくなって来た。葉山が……葉山自身に自信も持てるようになっている。

「そういえば、芽生坊はもう春休みだろ? また、どこかに行くのか」
「うん……卒業旅行に行くよ」
「へぇ? 2月にスキーに行ったばかりなのに、今度はどこへ?」
「……南へ」

 葉山の顔が、瞬時に引き締まったのを見逃さなかった。

 何かを決意したような、何かふっきれたような爽やかな笑顔だった。

 どこへ何をしに行くのか詳細は分からないが、わざわざ『卒業』という言葉を使うからには、葉山自身が何かから卒業したいからなのだろう。

「行ってこいよ! 家族で、いい思い出を沢山作って来いよ」
「うん! ありがとう。そうだね……そうするよ!」

  また明るく笑ってくれたので、安堵した。

 大丈夫だ。今の葉山なら、何があっても揺らがない。

 家族の土台がしっかり出来、土壌が潤っているからな。

 
 
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