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成就編
白銀の世界に羽ばたこう 11
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僕たちはタクシーに乗って、松本観光に向かった。
車の後部座席に座る時も、3人で並び、僕が真ん中だった。
僕の両手をふたりがしっかり繋いでくれるのが、擽ったくも頼もしいよ。
僕は、まるで騎士に守られているようだ。
そのまま静かに思い思いの時を過ごしていた。
外の景色を眺めていた芽生くんに「お兄ちゃん、あんまり雪ないねぇ。明日はもっと雪がみえるところにいく?」と聞かれたので、外の風景に目をやった。
その瞬間……ぞくりと粟立つものがあった。 何かが心の中で蠢き、嫌な感じだ。
「瑞樹?」
「あっ……」
「疲れたのか」
「いえ、潤の仕事ぶりを見て興奮気味ですが……大丈夫ですよ」
たぶん……そう言いかけた時だった。
「おっと」
宗吾さんが突然僕の頭を、自分の胸に押しつけるように抱きしめた。
「えっ、あの?」
「はは、凸凹道で揺れるな」
「え?」
「運転手さん! 悪いが、違う道を行ってくれ」
あ、やっぱり……。
僕が監禁された……あの別荘近くを通過しているのだろうか。道の木立の陰にぞくりと思い出すものがあった。だが肌が粟立つ前に、宗吾さんの胸元に顔を押しつけられたので、はっきりは見えなかった。
この状況を、怖いといえば、怖くなる。
しかし僕はあの日、確かに羽ばたいた。宗吾さんの元に戻ろうと。その結果、二階の窓から落下して大怪我をしたが、僕が僕の力でアイツから抜け出せたことに、深い意味があったはずだ。
今はまだ「大丈夫です」とは……胸を張って言えないが、宗吾さんと芽生くんがいてくれるのが心強い。
「おい、無理だけはするな。素直に吐き出せよ」
「お兄ちゃん……大丈夫だよ。ボクがいるから、こわくないよ」
「……うっ……ありがとう」
気持ち悪い……あの日、あの男に握られたベトベトとした手、身体を執拗に触られた汗ばんだ手を思い出して、吐きそうだ! 慌てて口を手で押さえ、宗吾さんの胸元に自ら顔を押しつけた。
ギュッと目を閉じて祈る……っ、願う!
アイツにはもう捕まらない! 絶対に――
だから亡霊のように過去が追いかけてきても、逃げ切って見せる!
時を駆け抜けて――
僕は今を大切にしたい。今を見つめたい!
「もう少しだ! がんばれ!」
「……は、はい」
今からあの日の僕を救ってくれた人に、会いに行く。これは僕が希望した道だから、怯まない。
「瑞樹、もう着くからな」
「すみません……少し酔ったみたいで」
「おにいちゃん、ついたらお水をもらおうね」
「うん……芽生くんにも、心配かけて……ごめんね」
「お兄ちゃん、こういうときは、あやまらなくていいんだよ。あまえなさいって、いつもおばあちゃんがいっているよ」
「うっ……そうだね。わかった」
宗吾さんのお母さんの優しい眼差しを思い出すと、元気が出てきた。
恐る恐る顔を上げると、『松本観光』と立派な看板が見えて来た。
イングリッシュガーデンを出る時に松本さんのお姉さんに連絡していたので、誰かが玄関に人が出迎えてくれているようだ。
車が近づくにつれて、懐かしいような、意外なような……不思議な気持ちになった。
えっ、あの人って……もしかして!
****
タクシーの中で、俺は大失敗をした。
呑気に晩飯のことを考えている場合ではなかった。
潤の運転だったら絶対に避けたはずの道を進んでいるのに気づいた時は、時、既に遅しだ。
木陰にあの日の忌々しい貸別荘、ログハウスを見つけた時は、血の気が引いた。
君が飛び降りた2階の窓が壊れたまま、廃墟になっていた。
瑞樹もそのタイミングで、芽生と景色を見ていた顔がさっと青ざめた。
まずい!
慌てて下手な理由をつけて抱きしめた。俺の胸の、奥深い所に、閉じ込めてやりたかった。さっきまで朗らかに笑っていた顔が、みるみる強張ってしまい……見ていられない。
(思い出さなくていい! 辛い過去は封じ込めてしまえ!)
最初はそう思った。だが……それでは解決にならないから、瑞樹は敢えてここにやってきたのだ。だから俺は必死に励ました。
一緒に君と乗り越えるために。
何も出来ないのがもどかしいが、君の側にいて手を繋いでいることが、君の支えになっているのが分かった。
俺は役に立っているのか。少しは君の人生に……
そんな心の問いかけに……君は答えてくれる。
「宗吾さんがいてくれるから、僕はここに来ました。敢えて……」
胸元で囁く君が、むくりと顔を上げた時、何かをふっきれたような表情になっていた。
綺麗だ……荒波に揉まれた石のように研ぎ澄まされた光を帯びている。
人生は波だ。
楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも、次々にやってくる。
その波に身を委ねることの大切さを……俺は君から学んでいる。
車の後部座席に座る時も、3人で並び、僕が真ん中だった。
僕の両手をふたりがしっかり繋いでくれるのが、擽ったくも頼もしいよ。
僕は、まるで騎士に守られているようだ。
そのまま静かに思い思いの時を過ごしていた。
外の景色を眺めていた芽生くんに「お兄ちゃん、あんまり雪ないねぇ。明日はもっと雪がみえるところにいく?」と聞かれたので、外の風景に目をやった。
その瞬間……ぞくりと粟立つものがあった。 何かが心の中で蠢き、嫌な感じだ。
「瑞樹?」
「あっ……」
「疲れたのか」
「いえ、潤の仕事ぶりを見て興奮気味ですが……大丈夫ですよ」
たぶん……そう言いかけた時だった。
「おっと」
宗吾さんが突然僕の頭を、自分の胸に押しつけるように抱きしめた。
「えっ、あの?」
「はは、凸凹道で揺れるな」
「え?」
「運転手さん! 悪いが、違う道を行ってくれ」
あ、やっぱり……。
僕が監禁された……あの別荘近くを通過しているのだろうか。道の木立の陰にぞくりと思い出すものがあった。だが肌が粟立つ前に、宗吾さんの胸元に顔を押しつけられたので、はっきりは見えなかった。
この状況を、怖いといえば、怖くなる。
しかし僕はあの日、確かに羽ばたいた。宗吾さんの元に戻ろうと。その結果、二階の窓から落下して大怪我をしたが、僕が僕の力でアイツから抜け出せたことに、深い意味があったはずだ。
今はまだ「大丈夫です」とは……胸を張って言えないが、宗吾さんと芽生くんがいてくれるのが心強い。
「おい、無理だけはするな。素直に吐き出せよ」
「お兄ちゃん……大丈夫だよ。ボクがいるから、こわくないよ」
「……うっ……ありがとう」
気持ち悪い……あの日、あの男に握られたベトベトとした手、身体を執拗に触られた汗ばんだ手を思い出して、吐きそうだ! 慌てて口を手で押さえ、宗吾さんの胸元に自ら顔を押しつけた。
ギュッと目を閉じて祈る……っ、願う!
アイツにはもう捕まらない! 絶対に――
だから亡霊のように過去が追いかけてきても、逃げ切って見せる!
時を駆け抜けて――
僕は今を大切にしたい。今を見つめたい!
「もう少しだ! がんばれ!」
「……は、はい」
今からあの日の僕を救ってくれた人に、会いに行く。これは僕が希望した道だから、怯まない。
「瑞樹、もう着くからな」
「すみません……少し酔ったみたいで」
「おにいちゃん、ついたらお水をもらおうね」
「うん……芽生くんにも、心配かけて……ごめんね」
「お兄ちゃん、こういうときは、あやまらなくていいんだよ。あまえなさいって、いつもおばあちゃんがいっているよ」
「うっ……そうだね。わかった」
宗吾さんのお母さんの優しい眼差しを思い出すと、元気が出てきた。
恐る恐る顔を上げると、『松本観光』と立派な看板が見えて来た。
イングリッシュガーデンを出る時に松本さんのお姉さんに連絡していたので、誰かが玄関に人が出迎えてくれているようだ。
車が近づくにつれて、懐かしいような、意外なような……不思議な気持ちになった。
えっ、あの人って……もしかして!
****
タクシーの中で、俺は大失敗をした。
呑気に晩飯のことを考えている場合ではなかった。
潤の運転だったら絶対に避けたはずの道を進んでいるのに気づいた時は、時、既に遅しだ。
木陰にあの日の忌々しい貸別荘、ログハウスを見つけた時は、血の気が引いた。
君が飛び降りた2階の窓が壊れたまま、廃墟になっていた。
瑞樹もそのタイミングで、芽生と景色を見ていた顔がさっと青ざめた。
まずい!
慌てて下手な理由をつけて抱きしめた。俺の胸の、奥深い所に、閉じ込めてやりたかった。さっきまで朗らかに笑っていた顔が、みるみる強張ってしまい……見ていられない。
(思い出さなくていい! 辛い過去は封じ込めてしまえ!)
最初はそう思った。だが……それでは解決にならないから、瑞樹は敢えてここにやってきたのだ。だから俺は必死に励ました。
一緒に君と乗り越えるために。
何も出来ないのがもどかしいが、君の側にいて手を繋いでいることが、君の支えになっているのが分かった。
俺は役に立っているのか。少しは君の人生に……
そんな心の問いかけに……君は答えてくれる。
「宗吾さんがいてくれるから、僕はここに来ました。敢えて……」
胸元で囁く君が、むくりと顔を上げた時、何かをふっきれたような表情になっていた。
綺麗だ……荒波に揉まれた石のように研ぎ澄まされた光を帯びている。
人生は波だ。
楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも、次々にやってくる。
その波に身を委ねることの大切さを……俺は君から学んでいる。
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