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成就編

白銀の世界に羽ばたこう 8

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「瑞樹、そろそろ着くぞ」
「おにーちゃん、起きて」

 両肩を揺すられてパッと目が開くと、宗吾さんと芽生くんの明るい笑顔が飛び込んできた。

「えっ……もう?」
「そうだ。もう着く。あと5分だぞ」
「えっ……え?」
「まだ寝ぼけているのか。ほら、立って。コートを着て」
「は、はい」
「お兄ちゃん、いそがなくっちゃ」

 幼子のように宗吾さんにダッフルコートを着せられて、照れ臭い。芽生くんも小さな手で、ボタンを一生懸命、留めてくれる。

「お兄ちゃん、前のボタンをちゃーんととめないと、おカゼひくよって、いつもいってるでしょ」
「そうだね芽生くんは上手に着られたね」
「もう、ひとりで、できるもん!」

 出会った頃は一人で着替えることが出来なかったのに、いつの間に……。

 芽生くんは、もうボタンを掛け違えることなく、子供用の水色のダッフルコートをちゃんと着ていた。さらに昨日もらったばかりの帽子とマフラー・手袋までしっかり身につけて、すっかり雪国仕様だ。

 雪ん子みたいで可愛いよ。

「すごいね」
「ねぇ、お兄ちゃん、はやく、はやく! 着いちゃうよ!」
「分かった」

 参ったな。少し目を瞑ったつもりが、1時間もぐっすり眠っていたなんて。

 その代わり、悪い夢は見なかった。気怠かった身体もすっきりしていた。



 やがて新幹線が、静かにホームに滑り込む。 

 プラットホームに浮かぶ看板の文字は『軽井沢駅』だ。

「わぁ~ついたよ。ちゃんと『か・る・い・ざ・わ』ってかいてある!」

 芽生くんにグイグイと手を引かれて、引っ張られるように、新幹線から降りた。

 こんな風に可愛い手に誘われるのは、いいね。

 もう忘れていい……あの日僕を無理矢理引きずり下ろしたおぞましい手のことは。

 そう言ってもらっているようだ。

 芽生くんと一緒に勢いよく階段を駆け上ると、真正面に潤の姿を見つけた。

 潤は、僕たちを心配そうな表情でキョロキョロと探している。

 染めていた茶髪は黒く戻し、すっかり短髪が板についたね。今日は仕事を抜け出して来てくれたので、作業服なのがまたいい。良い感じにGardener(庭師)の風情が出ているよ。
 
  会いに来たよ……お前の住む街に。潤がひとりで頑張っている姿を見に来たよ。

「お兄ちゃん、あそこに、ジュンくんがいるよ」
「行こう! 芽生くん」

 今度は、僕が芽生くんの手を引っ張った。

 僕が行きたい所に、僕の意志で行こう!


 ****

 軽井沢はすっきりと晴れていた。

 空はどこまでも高い。遠くにそびえる山は、しっかりと雪化粧しており、北国らしい雄大な景色が広がっていた。現在の気温は1度しかないので、都会で暮らしに慣れた僕らは、肌を突き刺す風に震え上がった。

「うわっ!」
「ははっ、都会っ子には寒いだろ?」
「さ、さむくないもん!」
「はは、鼻の頭が赤いぞ」
「むー、トナカイじゃないよ~、ボク」

 くすっ、芽生くんは案外負けん気が強いのかな。でもそんな所も可愛いよ。
 潤について駐車場に行くと、大型の4WDが停まっていた。

「さぁ、早く乗って」
「わー! カッコイイ!」
「これ、潤の?」
「まさか! 職場の車だよ。オーナーに頼んだら貸してもらえてさ」

 そうなのか。良かったな、潤。
 信頼してもらえなければ、こんな立派な車は貸してもらえないだろう。
 
「そうか。潤は職場で良くしてもらっているんだな」
「まぁ、なんだかんだと可愛がってもらってさ」
「兄さんも後できちんとご挨拶したいから、オーナーに紹介して欲しいな」
「な、なんか照れるぜ」
「何、言って? 身内なんだから当然だよ」
「お、おう、そうだな!」
 
 潤はポリポリと頭を掻いていた。
 潤と、こんな風に気ままな会話が出来るなんて――新鮮だね。
 
「ふーん、もっと雪が積もっていると思ったが、軽井沢はそうでもないんだな。これなら俺でも運転できそうだぞ」
 
 助手席の宗吾さんが、残念そうに呟いた。

「ははっ、軽井沢は雪は降っても、そこまで積もることは少ないですよ。でもとにかく気温が下がるので、一度降ると雪が凍結する可能性が高いんです。だからタイヤはノーマルタイヤではお手上げで、スタッドレスが必須ですね」
「なるほど、ふぅん……それにしても君は運転が上手いな」
「まぁ瑞樹と一緒で北国育ちですからね」
「むっ」
「そういえば、宗吾さんはスキー、得意ですか」
「……俺は海派だ。そういう君は泳ぎは得意か」
「うっ」

 車中で、なんとも微妙な会話が続いて、いたたまれない。

 二人とも、大人げない。

「なぁ、瑞樹はスキーが得意だよな?」
「え? まぁ、好きだけど……」

 潤……突然ふられても困るよ。それは宗吾さんの闘争心を増長させるヤツだ。

「瑞樹ぃ~、なぁ、海も良かっただろう? 君の泳ぎはイルカのように綺麗だったよ」

 ちょっと‼ わ、わ、やっぱり!

「……あ、ありがとうございます」
「ちょっと待ったー! 宗吾さん、今は冬ですよ。で、明日はスキー三昧を予定しています。なのに……どうして話をそらすのですか。まさかスキーが出来ないわけじゃ……」

 まずい……流石に潤の口を止めないと。
 すると僕より先に芽生くんが叫んだ。

「もぉー! コラッ、ふたりとも、そういうのはいけませんよ。オトナゲナイ!」
「えっ!」
「え?」

 ギョッとした。一瞬、宗吾さんのお母さんが車中に乗り込んでいるのかと思うほど、忠実に再現できていたから。

「くすっ、くす……ははっ、芽生くん、よく言えました! 今の状況にぴったりだね」

 なんだか、またおかしくなって、腹を抱えて笑ってしまった。

「おいおい、瑞樹はどっちの味方なんだぁ~?」
「兄さん、そんなに笑うなんて、ひでぇな!」
「あっ……ごめん、ごめん、でもっ……くっ……」
  
 笑いを堪えていると、芽生くんがまた……

「えへん! えっと……お兄ちゃんがつけてくれたハナマル印のおかげだよ。ジュンくんも、ハナマルを見たい? 」
「へぇ~芽生くんは、ハナマルを身につけてんのか。かわいいな。どれ?手にでも書いたのか。あとで見せてくれよー」
「ちがうよ~、パンツにかいてもらったんだ」
「へっ?」
 
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