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成就編
恋満ちる 8
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「えっとえっと、はじめまして! おにーさん」
「おー君がメイくんか。クリクリな目元が可愛いなぁ。これは瑞樹が溺愛するのも分かるぜ」
「デキアイってなあに? 」
「めちゃんこ、可愛がるってことだ」
「めちゃんこ? 」
「ははっ、なんかいちいち反応が新鮮だな」
菅野と芽生くんが、仲睦まじく挨拶を交わしている。
芽生くんに、今日は僕の友達を呼ぶと教えたら、自分のことのようにワクワクしてくれた。
僕の大切な友達を歓迎してもらえるのが、嬉しいよ。
そういえばこんな風に友人を家に呼ぶのって……大沼の小学校以来かも。
大沼は小さな町で小学校は1クラスしかなく、同級生は20名にも満たなかったので、みんな顔見知りだった。だから親御さんの顔まで知っていたし、僕の家にもよく同級生が遊びに来てくれた。
特に仲が良かったのがセイとキノシタ。似たもの同士だったのか、一緒にいて居心地のよいメンバーだった。だから僕だけ転校するのは、本当はすごく寂しかった。
それから僕は意図的に……クラスメイトと距離を置くようになった。友人との深い付き合いをやめた。
『別れは寂しい……』
仲良くなればなるほど……別れは寂しいものだ。
両親と弟を一度に亡くし、親友とも生まれ育った家とも別れなければいけなかった僕のとった防御策だったのだ。
いつだって僕の根底に根付いてしまった、仄暗い気持ちに支配されていたから。
それでも東京に出て来て少しホッとした。地方から上京して、ひとり暮らしをしている人が圧倒的に多いのに驚き、ひとりなのは僕だけじゃない……そう思えると、やっと肩の荷を降ろせたんだ。
はるばる九州から出て来た男気のある一馬は、当時の僕が一番心を許した相手だった。ただ今の僕に比べたらまだまだガードも固く、深い関係になっても守りに入っていた。
そういえば、会社の同期の菅野とは、どうしてこんなに仲良くなったのかな。
菅野とは同期で配属先が同じ部署だった。入社した日から机も向かい合わせで、気さくな菅野は折に触れて話しかけてくれた。飲み会や社員旅行も、何でも率先して企画してくれ、それでいて出しゃばり過ぎない、奥ゆかしい面もあった。
僕と違うようで、根本は僕と似ている……何かを感じていたのかな。
とにかく菅野は人知れず、僕をずっと見守り、成長を認めてくれている。それがやんわりと伝わってくるのが、心地いい。
そして昨日の朝、金森と話す菅野の姿を見て、心から感謝した。
「おにいちゃんのお友だち、いいひとだねぇ」
「芽生くん、仲良くしてくれてありがとう」
「おともだちっていいよね。ボクもコータくんとようちえんであえると、ほっとするんだ」
「わかるよ。僕もだ」
「おともだちも『たからもの』の一つだって、おばあちゃんがいっていたよ。だからたいせつにしなさいって」
芽生くんは、まだ6歳なのに、大切な物や大切な人への心配りができる子だ。
本当にすごいな。でも、たまにいい子過ぎて心配になってしまう。だから芽生くんが甘えたい時は、沢山甘えて欲しくなる。
「さぁ鍋が煮えたぞ、集まれ」
「あの~俺、どこに座れば? 」
食卓は4人掛け……判断は宗吾さんに任せよう。
「もちろん、俺の隣りだ」
「あ、はい」
くすっ、やっぱり飲まされそうだな。菅野は僕よりずっと飲めるから、いい晩酌相手になるかも。
「じゃあ、改めて菅野くん、我が家にようこそ!」
「かんぱーい!」
芽生くんが一番大きな声で、麦茶のグラスを高々と掲げた。
ふふっ、芽生くんは将来『のんべえ』になりそうだね。
「しかし、なんか緊張しますね。滝沢さんと飲むのは」
「そうか、俺は大歓迎だよ」
ふたりのピッチの速いこと……だ、大丈夫かな。
菅野……だいぶ酔ってきたみたい。
僕は芽生くんに鍋の具材を取ってあげたり、ビールを追加したりと忙しかったので、酔う程ではなかった。
「そういえば菅野くん、アレはよかったよ」
「アレって、なんですか」
「引っ越し祝いにくれただろう? 」
「あぁ、役立ちましたか」
「もちろん。でも今日は君に貸すよ」
「え? なんで俺に?」
「ん? だって家に泊まっていくんだろ? 」
「はは……やっぱり潰す気ですか」
「まさか! 君は強い男だ。そして恩人だ」
「じゃあ何でアイマスクを俺に? 」
「あとで分かるさ」
アイマスク? どうして菅野に貸すのかな。
僕も菅野と一緒に、首を傾げてしまった。
****
葉山の新しい暮らしは、想像よりもずっと板についていた。
6歳になる芽生くんの母親的ポジションを、卒なくこなしている様子が微笑ましかった。
優しい葉山に、芽生くんもよく懐いている。
葉山は、芽生くんに鍋の具材を器によそって、ふーふー冷ましてあげたり、飲み物を注いであげたり、それからとにかく芽生くんの話を、よく聞いていた。
目を合わせて、一つ一つのことに丁寧に相槌を打って。
いやぁ、これは世の母親以上かもな。
俺が葉山のつきあっている相手が男性だというのに気付いたのは、つい最近だ。
葉山の前の家に泊まらせてもらった時だった。それ以前は実はちらりとも思わなかった。
しいていえば、四宮先生の件は案じていたが、あれは一方的に男に想いを寄せられただけで、葉山はノンケだと思っていたんだ。
葉山の過去に……何があって、何が起きたのか。
知らないことばかりだが、俺にとっては目の前にいる葉山が、心から幸せそうに笑っているのが嬉しいし大切だ。
暫くすると葉山と芽生くんが風呂に消えてしまったので、滝沢さんとサシで飲むことになった。
「あーコホン、菅野くん、改めて礼を言うよ。瑞樹を朝、助けてくれてありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。アイツ……本気で嫌がっていましたから」
酔っていたはずの滝沢さんの顔が、急に真顔になった。
あぁそうか、ここからが、本題なのだろう。
「少しだけ聞いてくれるか……俺の話と頼み事を」
「はい、もちろんです。今日はそれを聞きにきました」
「察しがいい男だな。君は」
「おー君がメイくんか。クリクリな目元が可愛いなぁ。これは瑞樹が溺愛するのも分かるぜ」
「デキアイってなあに? 」
「めちゃんこ、可愛がるってことだ」
「めちゃんこ? 」
「ははっ、なんかいちいち反応が新鮮だな」
菅野と芽生くんが、仲睦まじく挨拶を交わしている。
芽生くんに、今日は僕の友達を呼ぶと教えたら、自分のことのようにワクワクしてくれた。
僕の大切な友達を歓迎してもらえるのが、嬉しいよ。
そういえばこんな風に友人を家に呼ぶのって……大沼の小学校以来かも。
大沼は小さな町で小学校は1クラスしかなく、同級生は20名にも満たなかったので、みんな顔見知りだった。だから親御さんの顔まで知っていたし、僕の家にもよく同級生が遊びに来てくれた。
特に仲が良かったのがセイとキノシタ。似たもの同士だったのか、一緒にいて居心地のよいメンバーだった。だから僕だけ転校するのは、本当はすごく寂しかった。
それから僕は意図的に……クラスメイトと距離を置くようになった。友人との深い付き合いをやめた。
『別れは寂しい……』
仲良くなればなるほど……別れは寂しいものだ。
両親と弟を一度に亡くし、親友とも生まれ育った家とも別れなければいけなかった僕のとった防御策だったのだ。
いつだって僕の根底に根付いてしまった、仄暗い気持ちに支配されていたから。
それでも東京に出て来て少しホッとした。地方から上京して、ひとり暮らしをしている人が圧倒的に多いのに驚き、ひとりなのは僕だけじゃない……そう思えると、やっと肩の荷を降ろせたんだ。
はるばる九州から出て来た男気のある一馬は、当時の僕が一番心を許した相手だった。ただ今の僕に比べたらまだまだガードも固く、深い関係になっても守りに入っていた。
そういえば、会社の同期の菅野とは、どうしてこんなに仲良くなったのかな。
菅野とは同期で配属先が同じ部署だった。入社した日から机も向かい合わせで、気さくな菅野は折に触れて話しかけてくれた。飲み会や社員旅行も、何でも率先して企画してくれ、それでいて出しゃばり過ぎない、奥ゆかしい面もあった。
僕と違うようで、根本は僕と似ている……何かを感じていたのかな。
とにかく菅野は人知れず、僕をずっと見守り、成長を認めてくれている。それがやんわりと伝わってくるのが、心地いい。
そして昨日の朝、金森と話す菅野の姿を見て、心から感謝した。
「おにいちゃんのお友だち、いいひとだねぇ」
「芽生くん、仲良くしてくれてありがとう」
「おともだちっていいよね。ボクもコータくんとようちえんであえると、ほっとするんだ」
「わかるよ。僕もだ」
「おともだちも『たからもの』の一つだって、おばあちゃんがいっていたよ。だからたいせつにしなさいって」
芽生くんは、まだ6歳なのに、大切な物や大切な人への心配りができる子だ。
本当にすごいな。でも、たまにいい子過ぎて心配になってしまう。だから芽生くんが甘えたい時は、沢山甘えて欲しくなる。
「さぁ鍋が煮えたぞ、集まれ」
「あの~俺、どこに座れば? 」
食卓は4人掛け……判断は宗吾さんに任せよう。
「もちろん、俺の隣りだ」
「あ、はい」
くすっ、やっぱり飲まされそうだな。菅野は僕よりずっと飲めるから、いい晩酌相手になるかも。
「じゃあ、改めて菅野くん、我が家にようこそ!」
「かんぱーい!」
芽生くんが一番大きな声で、麦茶のグラスを高々と掲げた。
ふふっ、芽生くんは将来『のんべえ』になりそうだね。
「しかし、なんか緊張しますね。滝沢さんと飲むのは」
「そうか、俺は大歓迎だよ」
ふたりのピッチの速いこと……だ、大丈夫かな。
菅野……だいぶ酔ってきたみたい。
僕は芽生くんに鍋の具材を取ってあげたり、ビールを追加したりと忙しかったので、酔う程ではなかった。
「そういえば菅野くん、アレはよかったよ」
「アレって、なんですか」
「引っ越し祝いにくれただろう? 」
「あぁ、役立ちましたか」
「もちろん。でも今日は君に貸すよ」
「え? なんで俺に?」
「ん? だって家に泊まっていくんだろ? 」
「はは……やっぱり潰す気ですか」
「まさか! 君は強い男だ。そして恩人だ」
「じゃあ何でアイマスクを俺に? 」
「あとで分かるさ」
アイマスク? どうして菅野に貸すのかな。
僕も菅野と一緒に、首を傾げてしまった。
****
葉山の新しい暮らしは、想像よりもずっと板についていた。
6歳になる芽生くんの母親的ポジションを、卒なくこなしている様子が微笑ましかった。
優しい葉山に、芽生くんもよく懐いている。
葉山は、芽生くんに鍋の具材を器によそって、ふーふー冷ましてあげたり、飲み物を注いであげたり、それからとにかく芽生くんの話を、よく聞いていた。
目を合わせて、一つ一つのことに丁寧に相槌を打って。
いやぁ、これは世の母親以上かもな。
俺が葉山のつきあっている相手が男性だというのに気付いたのは、つい最近だ。
葉山の前の家に泊まらせてもらった時だった。それ以前は実はちらりとも思わなかった。
しいていえば、四宮先生の件は案じていたが、あれは一方的に男に想いを寄せられただけで、葉山はノンケだと思っていたんだ。
葉山の過去に……何があって、何が起きたのか。
知らないことばかりだが、俺にとっては目の前にいる葉山が、心から幸せそうに笑っているのが嬉しいし大切だ。
暫くすると葉山と芽生くんが風呂に消えてしまったので、滝沢さんとサシで飲むことになった。
「あーコホン、菅野くん、改めて礼を言うよ。瑞樹を朝、助けてくれてありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。アイツ……本気で嫌がっていましたから」
酔っていたはずの滝沢さんの顔が、急に真顔になった。
あぁそうか、ここからが、本題なのだろう。
「少しだけ聞いてくれるか……俺の話と頼み事を」
「はい、もちろんです。今日はそれを聞きにきました」
「察しがいい男だな。君は」
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