上 下
496 / 1,730
成就編

深まる絆 32

しおりを挟む
 小さな芽生くんを背負うと『幸せの重み』を実感した。

 今の僕には、この子を宗吾さんと一緒に育てている実感と、育てていく覚悟がある。

 玲子さんという産みの母の代わりは、男の僕に務まらないのは理解している。だから母の聖域には踏み入らないが、僕らしく芽生くんの成長に関わらせてもらいたいんだ。

 去年はダンスの後、玲子さんと遭遇して、いきなり打たれた。あの頬の痛みを思い出してしまったが、続いて5月の芽生くんの誕生日に彼女が僕とハイタッチしてくれた光景も思い出した。

 玲子さんが育てるはずだった息子さんの成長は、僕が彼女に代わり、すぐ傍で見守っていく約束をした。だから僕たちは玲子さんとは別の『新しいスタイルの家族』を作っていきたい。

「……それでいいですよね、宗吾さん」

 つい、心の声が漏れてしまった。

「どうした?」
「いえ」
「瑞樹、悪かったな」
「え……」
「去年はこの後、君を苦しめたな」
「いえ、それはもう大丈夫です」

 どうやら宗吾さんも、同じことを考えていたようだ。

 僕はもう吹っ切れていますよ、だから安心して下さい。

 芽生くんを背中から降ろすと、僕を見上げ、心からの笑顔を浮かべてくれた。

「お兄ちゃん、ありがとう! ボクね、すっごくうれしかった!」
「僕もだよ、ありがとう」

 シンプルな言葉を交わす。それが嬉しい。

「あー次はリレーかぁ……うーん、なんだかまたドキドキして、ここがいたいよ」
 
 ぼそっと胸を押さえて不安げに呟く芽生くんに、僕はしゃがんで視線を合わせてあげた。

「芽生くん、昨日もお話したけれども、どんな結果でも大丈夫だからね。芽生くんが、がんばっている姿を見せてね」
「うん。お兄ちゃんが見てくれるの、うれしいんだ。去年はダンスのあと帰っちゃったもんね」
「……今日は最後まで見ているし、一緒に同じお家に帰るんだよ」
「それがうれしいよ! 」

 芽生くんを児童観覧席に送り届け、宗吾さんとレジャーシートに戻った。

「あの……さっきは僕を呼んで、おんぶという大役をさせて下さってありがとうございます」
「礼を言われることじゃないよ。瑞樹も一緒にいて欲しかったんだ。向こうからじゃなく、同じ場所から芽生を見て欲しかったんだ」
「そんな風に言ってもらえて、嬉しいです」
「おっと……ちょっと待って」

 話の途中で宗吾さんがスマホを見つめ、神妙な顔になった。
 メールをチェックしている。一体……誰からだろう?

「誰からでした? 」
「あ、あぁ、玲子からメールだった」
「あ、はい」

 ドキっとした。もしや……

「明け方……無事に出産したそうだ」
「あ、やっぱり……」

 僕たちが早起きして見つめた曙の空には、新しい生命の誕生も含まれていたのか。

「ほぼ予定日だそうだ。しかし微妙な報告だよな。芽生にとっては血の繋がりがあるわけだし、一度会わせた方がいいのかな。うーむ……俺もお祝いとかすべきか。これは悩むな」

 母の日に妊娠5カ月だと聞いていた。あれ以降、音沙汰がなかったが、もうそんな時期だったのか。

 確かに宗吾さんにとっては微妙な報告だろう。別れた奥さんが他の男性と再婚し、その人との子供を産んだ。この場合……別れた旦那さんの立場って難しい。

「安産で良かったですね。あの、性別は? 」
「ありがとう。玲子は芽生を産んだ母親だから、やっぱり元気そうで安心したよ。子供は女の子だそうだ」
「そうなんですね」

 玲子さんの無事に、安堵した。でも今は芽生くんの運動会の真っ最中だから、そのことに集中したいとも。

 今の僕たちにとって大切なのは、宗吾さんと過ごすのを選んでくれた芽生くんだ。

 すると宗吾さんも男らしく断言してくれた。

「よしっ、この話は今日はここまでにしよう。今は芽生の応援に力を注ごう!」
「はい!」
「いいね……君の返事は兄が言った通り爽やかだな。全力で肯定してもらった気分になるよ」
「そんな。でも同感です。僕たちがしたい事を、今日は優先させましょう」
「それは決まっている。俺たちの息子の応援だ! 今日はとことん親馬鹿になるぞ! 」
「はい! 僕もです」

 宗吾さんらしさが戻ってきたので、胸を撫で降ろした。

 それでいいと思う。この件は僕たちが動揺することではない。

 芽生くん……僕たちはいつも君と一緒だよ。だから大丈夫だよ。

 観覧席で目を輝かせて応援している芽生くんに向かって、心の中でそっと伝えた。

「なんだか……今日の瑞樹は頼もしいな」
「ありがとうございます。僕も少しは役に立っていますか」
「ふっいつも頼りにしているよ。俺の精神安定剤だよ、君は」

 今の僕は、宗吾さんの恋人というよりも、宗吾さんと共に芽生くんの子育てをする同志のようだ。

 たまには、こんな日もいい。こんな時間もいい。

 秋晴れの空の下で、僕たちは結束を固めた。



 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...