上 下
493 / 1,730
成就編

深まる絆 29

しおりを挟む
 午後、最初の競技『保護者の綱引き大会』に参加するために、荷物をまとめていると、宗吾さんに唐突に軍手を手渡された。

「瑞樹、これを使え」
「……軍手ですか」
「綱引きの縄は結構ささくれ立っているから、つけた方がいいぞ」

 ……せっかくの厚意なのに戸惑ってしまった。大切にされているのは分かるが、男の僕に過保護過ぎないだろうか。

「ですが、幼稚園児だって素手でしているし、宗吾さんは素手なのに僕だけは……変ですよ」

 僕の卑屈な心は、宗吾さんにも届いてしまったようだ。

「なぁ瑞樹。大人の真剣な綱引きってドロドロチクチクの綱を、かなりの本気モードで引っ張る行為なんだ。会社のレクリエーション大会で散々見て来たから分かるんだ。君の手……大切にして欲しいよ」

「……」

 うまく返事が出来ないでいると、芽生くんが僕の手をキュッと握ってくれた。

「お兄ちゃんのおててがイタくなるのは、ボクかなしいよ。お花さんもシンパイしちゃうよ。ねっ」
「うん、そうだね」

 しまった、また意固地になってしまった。つい僕なんかと、いまだに思ってしまうのは長年沁みついた悪い癖だ。

 僕は今、大切にされている。
 僕を大切に思ってくれる人がいる。
 その事を大切にしたいのに……

「宗吾さん、芽生くん、ありがとうございます。これ、つけますね」

 僕を大切に思ってくれて、ありがとうございます。

 心の中で感謝し軍手を素直にはめると、宗吾さんが漸くホッとした表情を浮かべてくれた。

 軍手には、僕を守ってくれる宗吾さんの心を感じた。

「これで思う存分頑張れそうです」
「よし! 俺も本気出すから、覚悟しておけよ」


****

『それでは保護者の綱引き大会のスタートです。さぁお父さんとお母さんが入場しますよ。園児の皆さんは沢山応援しましょう! 』

 小走りで入場するのは少し気恥ずかしかったが、テントの下には、お母さんと美智さんが並んでニコニコと手を振っている姿が見えた。

 なんだか僕、子供に戻った気分だ。頑張ろう!

 クラス席で体育座りしている芽生くんと目が合うと「パパー、お兄ちゃんがんばって」と大きな声で応援してくれたので、ますます前向きな気持ちになれた。

 僕はずっと目立つことが苦手で、仕事以外で人前で何かをするのに抵抗があったのに……今日は心の底から楽しもうという気持ちになっていた。

「瑞樹、結構、みんな軍手してんな」

 本当だ。周りのパパさんもしている人が多い。

「宗吾さんもしてください。僕の片方を」
「えっいいのか」
「はい、分け合いたいんです。僕だって宗吾さんの手が傷ついたら困るんです」
「そうか……今晩の組体操に差し障りがあるか」

 おどける宗吾さんに、全く……と、苦笑してしまう。

「またっ、せっかく心配したのに、もう!」
「ごめんごめん。せっかくだから借りるよ。君が俺を心配してくれて嬉しい」
「はい!」

 宗吾さんが右手、僕は左手に軍手をつけた。

 うん、これがいい。お互いに心配しあう、大切に思い合うっていいな。

 僕は宗吾さんの前に縄を持ってしゃがみこんで、スタンバイOKだ。

 いよいよ始まる!

『では。よーいドン!』

 うわっ、いきなりすごい力で持って行かれる。

「わっ」
「瑞樹。もっと腰を落とせ」
「あっはい」

 凄い力で引っ張られたので、足がずるずると砂利の上を滑ってしまった。

 お父さんもお母さんも、これは本気モードだ。
 
『オーエス・オーエス!』
『がんばれ! がんばれ!』

 園児の声が集まって大きな応援になっていく。 

 こんな風に力強いエールを、声に出して送ってもらうのって新鮮だ。

 子供の声が僕を力づけてくれる。それに背後にいる宗吾さんの存在も心強い。

 ググっと彼が縄を引く強い力を背中に直に感じて、安心感で一杯になった。

 宗吾さんがいるから、僕も頑張れるんだ。

 そういう気持ちが満ちてくる。

 それにしても、皆で呼吸と縄を引くタイミングを合わせると、すごい力が生まれるものだな。それを実感する素晴らしい競技だ。

「わぁ! まずい……っ、一気に持って行かれる」
「わー瑞樹、腰をもっと落とせ! しっかり踏ん張れ‼ 」
「は、はいっ」

 最後はズルズルと引きずられて、負けてしまった。

「あっ、あぁ!」

 ドスンっ──

 しかも最後には腰を落とし過ぎたせいで尻もちまでつき、猛烈に照れ臭かった。

 ふと横を見ると、 憲吾さんが僕の一部始終を、大真面目にビデオに撮っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...