上 下
477 / 1,730
成就編

深まる絆 13

しおりを挟む
「あら、瑞樹くんが帰ってきたみたいね」
「そうですね。私が出ます」

 門がギィ……と開く音がしたので、玄関まで迎えに行った。

「お帰りなさい、みず……っ、えっ憲吾さん? 」
「ただいま、美智」
「は、早かったのね。あの、瑞樹くんとすれ違わなかった? 」

 びっくりした。憲吾さんが先に帰って来るなんて、気まずいわ。まさか私があんなものを瑞樹くんに買いに行かせたらと知ったら、気を悪くしてしまうかも。

「美智、ちょっといいか」
「え、あ……うん」

 低い声……やっぱり怒られるのかも。どこかで瑞樹君と会ったのかな。

 ところが居間の隣のピアノが置いてある部屋に入ると、憲吾さんが照れくさそうにドラッグストアの紙袋を私に押し付けた。

「ほら、これでいいか」
「え、何? 」
「何って君が欲しがったものだろう」
「どういう意味? 」
「とにかく早く中身を確認してくれ」

 憲吾さんは珍しく頬を赤らめて、そっぽを向いている。

 意味が分からず、慌てて中身を取り出して驚いた。

「な……んで? さっきは『駄目だ。明日病院に行け』って、イライラしていたのに」
「美智、それは……悪かったよ」

 突然抱きしめられて、ますます動揺してしまった。この真面目な人が自分の実家で私を抱擁するなんて、一度もなかったのに。

 一体どうしちゃったの? あなた、人が変わったみたい。

 あ……もしかして宗吾さんや瑞樹くんのおかげ? 彼らの素直な感情に感化されたの? 

「美智、私だって努力したいんだ」
「あ……だから買ってきてくれたの? 私こそ、ごめんなさい! あなたには無理だと諦めて、その……実は瑞樹くんにお使いを頼んでしまったの」
「あぁ彼には会ったよ。買う前に私に気付いたから、大丈夫だ」
「そうだったのね。やっぱり憲吾さんが買ってきてくれて嬉しい! ねぇ早速チェックしてみてもいい?」
「あぁ箱に『99%の正確さ』で『1分で測定できる』と書いてあったぞ。私もそれを信じてみたい」
「ん。分かった」

 憲吾さんには話していなかったけれども、以前こっそり買っては何本も無駄にしたことあったのよ。でも今日は不思議だわ……確信が持てるの。このお腹に新しい命が宿っていると。

「憲吾さん、こっちに来て」
「あぁ」

 ふたりで判定を待つのは、緊張するわね。

「あ……見えて来た」

 どんなに待っても見えて来なかった線が、判定窓に今日はくっきり、はっきりと現れた。

「嘘……本当に」
「美智!! この線が出たということは、妊娠の可能性が99%あるのか」
「そうみたい」
「じゃあ、私はその99%にかける!」

 憲吾さんが感極まって、私を再び抱きしめた。

「美智……私はもっと物事に柔軟になりたい。父親になるのならもっと広い心を持って、おおらかに子供を育てたい。甥っ子の芽生のように、のびのびと……」

「私も同じよ。ふたりで協力していこう! 芽生くんみたいに素直で可愛い子が欲しいな。宗吾さんと瑞樹くんに、沢山教えてもらおうね」



****

「宗吾さん、荷物、僕も半分持ちますよ」
「いや、これ位、余裕だ」
「やっぱりビールを買い過ぎましたね。すみません、全部持ってもらって」
「それは構わないが。今日の分だけでいいのに、どうしてこんなに? 」
「あの、これは提案ですが……僕たち、これからは、たまにお母さんの家で夕食を食べませんか」
「ん?」

 瑞樹の真意が知りたくてじっと見つめると、彼はニコっと微笑んだ。

「その……もしも美智さんがご懐妊していたら、今までのようにお母さんの様子を頻繁に見に来られなくなるかもしれませんよね。だったら僕たちの方が家が近いし、夕食を一緒に食べたりしてもっと交流出来たらいいなと……あの、差し出がましいことを、すみません」

 それは、彼らしい優しさに溢れた言葉だった。

「ありがとうな。瑞樹が俺の母を大事にしてくれて嬉しいよ」
「僕は……お母さんには何度も救われました。僕にとって本当に大切な人なんです」
「そうだったな」

 俺と瑞樹には、何度躰を繋げても、当たり前だが……永遠に赤ん坊はやってこない。だが俺たちには芽生という可愛い息子がいる。そして俺たちの母もいる。函館や長野にも瑞樹のお母さんや兄弟がいる。

「俺たちは俺たちだ。手が届く場所にいる人達の幸せを願って、生きていこう」
「……すみません。僕……その、少しだけ変な気持ちに……やだな。こんなの……」
「大丈夫だ。瑞樹は自分の感情に素直でいい子だ」
「もう、子供扱いはよしてください 」
「じゃあ大人扱いをしよう。ほら、ちょうどさっき色々買ったしな」
「もう!! 宗吾さんは……平常運転で『ヘンタイ宗吾さん』ですね。くすっ」
「おいおい、そっちは平常運転じゃないぞ」
「くすっ、そうですか」


 健気で可愛い瑞樹……

 君を今すぐ抱きしめたい気分になってきたぞ。

 少しだけセンチメンタルな気分、それでいて幸せな気持ちを分け合いたい。

 だから玄関に荷物を置いて、彼の腕を掴んだ。

「瑞樹、リビングに行く前に寄り道しようぜ」
「え? 」
「こっちこっち」
  
 俺は瑞樹の手を引いて、ピアノの部屋の扉をバーンっと開けてしまった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...