437 / 1,730
成就編
心の秋映え 8
しおりを挟む
異国情緒溢れる函館の街。
赤レンガ倉庫を抜けたベイサイドに建つホテルでの結婚式。
披露宴会場はこじんまりしていたが、大正浪漫を感じさせる和モダンな空間で素敵だった。
都会のホテルとはまた違う、温かみのあるもてなしを受けながら、僕は雛壇に座るタキシード姿の兄さんを、じっと見つめていた。
思い返すのは、初めて会った日のこと。
あれは両親と弟の告別式だった。
どうしたらいいのか、どうしていいのか分からず……新緑の樹の下でただ涙に濡れていた僕に、最初に声を掛けてくれたのが兄さんだった。
温かい目に、凍ってしまいそうだった僕の心が久しぶりに反応を示した。
(この人はだれ……? やさしそうなお兄さんだ)
だから四十九日の法要の後、僕を連れて行ってくれるという言葉に縋るように泣いてしまった。
それから突然家族を失ったショックが癒えない僕を……全力で支えてくれたのも、兄さんだったね。
あの広い背中におぶさったことも、広い胸に抱っこしてもらったことも……
五歳の歳の差は当時は今よりもずっと大きく……まるで父親のように頼りきっていた。
広樹兄さんは、僕の唯一無二の兄さんだ。
「瑞樹、寂しいの?」
「母さん……少しだけ」
「あなた、素直になったわね」
そう言われて、長い間……打ち解けられなかった事を思い出す。
「兄さんがどこかに行ってしまうわけではないのに、やっぱりなんだか……」
うまく言葉が続かない。
母さんは言葉を急かす事もなく、静かに耳を傾けていてくれた。
「あの……母さんも、もしかして……寂しい?」
ふと浮かんだ疑問……
それは、今までだったら絶対に口にしない類いの言葉だった。
すると僕の言葉に呼応するように、母さんの目に突然じわっと光るものが浮かんで来た。
「わっ! ごめんなさい。泣かすつもりじゃ」
「ううん、違うの。あなたがそんな事言ってくれると思わなくて、びっくりしちゃった」
「母さん……」
母さんにとって広樹兄さんは、本当に頼り甲斐のある息子だった。もちろんこの先も頼もしい息子に変わりない。でも広樹兄さんの立場は、今日を境にある意味大きく変わる。
大切な奥さんと、きっとすぐに父親になる。だから今までと全く同じわけにはいかないのを、母さんも僕も理解している。
人と人との距離や心は、日に日に微妙に変化していくものだ。
暗くなっては駄目だ。
今日は晴れの門出。
見送るものが受け入れて馴染んでいかないと……
僕が宗吾さんと歩む人生を受け入れてもらったように。
「母さんには僕もいます。これからは……僕をもっと頼って下さい」
「やだ……小さかった瑞樹がそんな事を言ってくれるなんて……月日が流れるのは早いわね」
「母さん、俺もいるぜ! 母さんを支える三兄弟の一人だ」
「なぁに、いつまでも幼かった潤までそんな台詞を? もうあんまり泣かせないで。花婿の母が大泣きするのは変でしょう」
母さんは笑ったが、その瞳からは大粒の涙がぽろりと流れ落ちた。
あ……母さんの涙を見るのは、いつぶりだろう。
早くに結婚相手を亡くした母さんにとって、子育ては生き甲斐だったのだ。
必死に3人を育てくれた。だからこそ、一人また一人と巣立っていくのを見送るのは、寂しくもなるのだろう。
「母さん、僕の故郷はずっとここです。こうやって母さんの横に座っていると、やっぱり落ち着きます」
本心だ。
母さんが今、目の前で生きていてくれる……それが嬉しい。
僕の二番目の母さんが、ここにいる。
「瑞樹……今のあなたなら分かるでしょう。主人が亡くなった時は、目の前の光景が野分のようだったの。突然、嵐に巻き込まれたかのように不安を覚えたわ。当時の私は主人に頼り切っていて右も左も分からない人間だったの。でも広樹と潤がいたし、瑞樹がやってきてくれて、私は野分によって出来た道をひたすらに歩むことが出来たの。私の人生に、あなたたち3人は欠かせないわ」
「僕もです。10歳のあの日、母さんが引き取ってくれなかったら、今の僕はいない」
「今考えると……引き取るとかそういう義務的なものじゃなかったのね。瑞樹……あなたは私があの日授かった子供よ。私の生き甲斐よ」
授かりものと言ってもらえるのか。
僕の存在を……
母にとって負担ではなかったと。
「母さん、ありがとう。僕も母さんと巡り合えて嬉しかった」
「おいおい、母さんも兄さんもさぁ、あまり泣くなよ。みんな見てるし、ほらぁ何より広樹兄さんが心配するだろ」
「あっそうだね」
ひな壇の兄さんを見ると、今にも立ち上がって、こちらに飛んできそうな勢いだ。丁度みっちゃんがお色直しで退席して手持無沙汰だったので、じっとしていられない様子だ。
兄さんらしい。
でも今日はこっちに来たら駄目だよ。
兄さんはみっちゃんという大切な伴侶を得たんだ。
まずはみっちゃんを大切にして欲しい。
僕は兄さんに向かって微笑んだ。心から……
『兄さん、大丈夫……僕たちは立場が変わっても永遠に三兄弟だ。これからは、母さんを皆で守っていこう、今日は任せて。僕と潤に』
伝わるだろうか……
きっと伝わる!
兄さんの海のように広い心に、僕たちの気持ちは届く。
「お色直し終わったのね。みっちゃん……綺麗ね」
「本当だ!」
みっちゃんのドレスは、大海原のようなブルーだった。
広い心を持つ、広樹兄さんにぴったりな色だった。
僕と潤と母さんで、兄さんの門出を見守った。
ずっと陰日向なく働き、助けてくれた兄さんの晴れの日は、最高の秋晴れだった。
「結婚、おめでとう! 広樹兄さん!」
赤レンガ倉庫を抜けたベイサイドに建つホテルでの結婚式。
披露宴会場はこじんまりしていたが、大正浪漫を感じさせる和モダンな空間で素敵だった。
都会のホテルとはまた違う、温かみのあるもてなしを受けながら、僕は雛壇に座るタキシード姿の兄さんを、じっと見つめていた。
思い返すのは、初めて会った日のこと。
あれは両親と弟の告別式だった。
どうしたらいいのか、どうしていいのか分からず……新緑の樹の下でただ涙に濡れていた僕に、最初に声を掛けてくれたのが兄さんだった。
温かい目に、凍ってしまいそうだった僕の心が久しぶりに反応を示した。
(この人はだれ……? やさしそうなお兄さんだ)
だから四十九日の法要の後、僕を連れて行ってくれるという言葉に縋るように泣いてしまった。
それから突然家族を失ったショックが癒えない僕を……全力で支えてくれたのも、兄さんだったね。
あの広い背中におぶさったことも、広い胸に抱っこしてもらったことも……
五歳の歳の差は当時は今よりもずっと大きく……まるで父親のように頼りきっていた。
広樹兄さんは、僕の唯一無二の兄さんだ。
「瑞樹、寂しいの?」
「母さん……少しだけ」
「あなた、素直になったわね」
そう言われて、長い間……打ち解けられなかった事を思い出す。
「兄さんがどこかに行ってしまうわけではないのに、やっぱりなんだか……」
うまく言葉が続かない。
母さんは言葉を急かす事もなく、静かに耳を傾けていてくれた。
「あの……母さんも、もしかして……寂しい?」
ふと浮かんだ疑問……
それは、今までだったら絶対に口にしない類いの言葉だった。
すると僕の言葉に呼応するように、母さんの目に突然じわっと光るものが浮かんで来た。
「わっ! ごめんなさい。泣かすつもりじゃ」
「ううん、違うの。あなたがそんな事言ってくれると思わなくて、びっくりしちゃった」
「母さん……」
母さんにとって広樹兄さんは、本当に頼り甲斐のある息子だった。もちろんこの先も頼もしい息子に変わりない。でも広樹兄さんの立場は、今日を境にある意味大きく変わる。
大切な奥さんと、きっとすぐに父親になる。だから今までと全く同じわけにはいかないのを、母さんも僕も理解している。
人と人との距離や心は、日に日に微妙に変化していくものだ。
暗くなっては駄目だ。
今日は晴れの門出。
見送るものが受け入れて馴染んでいかないと……
僕が宗吾さんと歩む人生を受け入れてもらったように。
「母さんには僕もいます。これからは……僕をもっと頼って下さい」
「やだ……小さかった瑞樹がそんな事を言ってくれるなんて……月日が流れるのは早いわね」
「母さん、俺もいるぜ! 母さんを支える三兄弟の一人だ」
「なぁに、いつまでも幼かった潤までそんな台詞を? もうあんまり泣かせないで。花婿の母が大泣きするのは変でしょう」
母さんは笑ったが、その瞳からは大粒の涙がぽろりと流れ落ちた。
あ……母さんの涙を見るのは、いつぶりだろう。
早くに結婚相手を亡くした母さんにとって、子育ては生き甲斐だったのだ。
必死に3人を育てくれた。だからこそ、一人また一人と巣立っていくのを見送るのは、寂しくもなるのだろう。
「母さん、僕の故郷はずっとここです。こうやって母さんの横に座っていると、やっぱり落ち着きます」
本心だ。
母さんが今、目の前で生きていてくれる……それが嬉しい。
僕の二番目の母さんが、ここにいる。
「瑞樹……今のあなたなら分かるでしょう。主人が亡くなった時は、目の前の光景が野分のようだったの。突然、嵐に巻き込まれたかのように不安を覚えたわ。当時の私は主人に頼り切っていて右も左も分からない人間だったの。でも広樹と潤がいたし、瑞樹がやってきてくれて、私は野分によって出来た道をひたすらに歩むことが出来たの。私の人生に、あなたたち3人は欠かせないわ」
「僕もです。10歳のあの日、母さんが引き取ってくれなかったら、今の僕はいない」
「今考えると……引き取るとかそういう義務的なものじゃなかったのね。瑞樹……あなたは私があの日授かった子供よ。私の生き甲斐よ」
授かりものと言ってもらえるのか。
僕の存在を……
母にとって負担ではなかったと。
「母さん、ありがとう。僕も母さんと巡り合えて嬉しかった」
「おいおい、母さんも兄さんもさぁ、あまり泣くなよ。みんな見てるし、ほらぁ何より広樹兄さんが心配するだろ」
「あっそうだね」
ひな壇の兄さんを見ると、今にも立ち上がって、こちらに飛んできそうな勢いだ。丁度みっちゃんがお色直しで退席して手持無沙汰だったので、じっとしていられない様子だ。
兄さんらしい。
でも今日はこっちに来たら駄目だよ。
兄さんはみっちゃんという大切な伴侶を得たんだ。
まずはみっちゃんを大切にして欲しい。
僕は兄さんに向かって微笑んだ。心から……
『兄さん、大丈夫……僕たちは立場が変わっても永遠に三兄弟だ。これからは、母さんを皆で守っていこう、今日は任せて。僕と潤に』
伝わるだろうか……
きっと伝わる!
兄さんの海のように広い心に、僕たちの気持ちは届く。
「お色直し終わったのね。みっちゃん……綺麗ね」
「本当だ!」
みっちゃんのドレスは、大海原のようなブルーだった。
広い心を持つ、広樹兄さんにぴったりな色だった。
僕と潤と母さんで、兄さんの門出を見守った。
ずっと陰日向なく働き、助けてくれた兄さんの晴れの日は、最高の秋晴れだった。
「結婚、おめでとう! 広樹兄さん!」
14
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。
はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。
騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!!
***********
異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。
イケメン(複数)×平凡?
全年齢対象、すごく健全
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
最終目標はのんびり暮らすことです。
海里
BL
学校帰りに暴走する車から義理の妹を庇った。
たぶん、オレは死んだのだろう。――死んだ、と思ったんだけど……ここどこ?
見慣れない場所で目覚めたオレは、ここがいわゆる『異世界』であることに気付いた。
だって、猫耳と尻尾がある女性がオレのことを覗き込んでいたから。
そしてここが義妹が遊んでいた乙女ゲームの世界だと理解するのに時間はかからなかった。
『どうか、シェリルを救って欲しい』
なんて言われたけれど、救うってどうすれば良いんだ?
悪役令嬢になる予定の姉を救い、いろいろな人たちと関わり愛し合されていく話……のつもり。
CPは従者×主人公です。
※『悪役令嬢の弟は辺境地でのんびり暮らしたい』を再構成しました。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる