上 下
406 / 1,730
成就編

夏便り 5

しおりを挟む
「瑞樹ぃ……まだ怒ってるのか」
「……怒っては、いませんよ」
「悪気はなかったんだ」
「宗吾さんは、もう……」

 日曜日の寝起きは、散々だった。
 
 宗吾さんと僕の躰のサイズの違いを、まざまざと見せつけられた気分だ。

 よくよく聞けば、ちゃんとズボンも履かせてもらっていたらしい(宗吾さんのだけど)。でもウエストが緩くて、僕が何度か寝返りを打つうちに脱げてしまったそうだ(……本当かな?)

 さっきは芽生くんの前で、僕の剥き出しの脚の内側につけられた痕を隠すのに必死だった。芽生くんは目聡いから、また見つかったりしたら、ややっこしい事になるよ。焦った!

 それにしても朝から親子で裸で走り回るとか……もうっ!
 あの親子は似たもの同士なのかも。

「おにいちゃん、ごめんね」
「芽生くん、お部屋を濡れたまま走ったらダメだよ。フローリングは滑るから、転んで頭でも打ったら心配だよ」
「わかったぁ」

 午後になり、宗吾さんの運転で出掛けた。

「瑞樹、浴衣を買いに行く前に、母さんのお見舞いに行っていいかな」
「もちろんです。そろそろ退院予定日が分かるでしょうか」
「たぶんもうすぐ出来るよ」
「良かったです」


****

「母さん、入りますよ」
「あら三人で仲良く来てくれたのね」
「はい……お邪魔します」

 お母さんの病室は四人部屋だ。皆さんカーテンを閉めているので、僕達も静かに挨拶する。

「もう点滴も取れて動いていいのよ。だから談話室に行きましょう」
「はい!」

 お母さん……良かった。ずっとずっと顔色いい。ホッとして涙が出そうになり、慌てて目頭を押さえた。

「あの……僕はアレンジメントの手入れをしてから行きますね」
「まぁ嬉しいわ。このお花、綺麗ねって看護師さんから評判なのよ。しかも専属のフラワーアーティストさんが手入れをしてくれるので持ちがいいわ」
「嬉しいです」

 お母さんには、お見舞いで薔薇のアレンジメントを贈った。

 こまめに水をやり、枯れた葉や花びらを摘まんでいるので、驚くほど綺麗に保っている。

 すぐに枯れない。簡単には枯れない。

 愛情をかけた分だけ、長く綺麗でいてくれる。

 人も花も似ている。



「まぁ……それで、これから浴衣を買いに?」
「そうなんだ」

 花の手入れを終えて談話室に行くと、話が盛り上がっていた。どうやらこれから浴衣を買いに行く話を、宗吾さんがしたらしい。

 昨日子供みたいに駄々を捏ねた事を思い出し、少し照れくさい。

「あのね、買うのもいいけど、うちにも沢山あるのよ」
「え?」
「覚えていないの。あなたたちに作ってあげたのに全然着てくれなくて」
「えぇそうだったのか。それ、いつの話だよ?」
「そうねぇ……高校生くらいかしら」
「悪い、反抗期だったか。でもきっと俺にはもう入らないよ」
「馬鹿ね、瑞樹くんにどうかなって話よ」

 僕に? 何だか急に話を振られてドキドキした。
 思い切って話題に飛び込んでみよう!
 
「あ、あの……」
「あらちょうど良かった。瑞樹くん、実はね、宗吾にあつらえた浴衣があるのよ。もしよかったら着てくれないかしら?」
「本当に僕が着ても?」
「もちろんよ。私が手縫いしたのよ。デパートで買うみたいにきちんとしていないけれども、一度も着てもらえなかったのが残念で、処分出来ずにいたの」

 しかもお母さんの手縫いで、宗吾さんの浴衣。
 なんだか嬉しすぎて、心臓がバクバクしてきた。

「僕でよかったら是非着させて下さい。浴衣、着てみたくて、実は昨夜、宗吾さんに強請ってしまったのです」

 素直に僕の気持ちを、お母さんにも伝えた。

「ふふっそうだったのね。宗吾に作った浴衣だけど、あなたにも似合いそうな色なのよ。嬉しいわ」
「おばあちゃんーいいなぁボクもユカタほしい」
「ちゃんと芽生にもあるわよ。パパが小さな頃に着ていたお古だけどいい?」
「パパの? うれしい!きるよ!」
「あぁなんだか嬉しいわね。時代を遡るような気分だわ」

 お母さんが笑い、僕も芽生くんも笑っていた。

「なんだ、俺好みの浴衣をプレゼントしようと思ったのに」

 あれ? 宗吾さんだけ、少し不服そう?

 そうだ……きっと彼が喜ぶ事を、僕はそっと耳元で囁いた。

「だって宗吾さんの浴衣なんですよ、僕が着るのは……それって宗くんの好きな『彼……ナントカ』では、ありませんか」

 小声で言ったのに、宗吾さんの返事は大声だった。
 
「お!そうか、浴衣でも『彼シャツ状態』だな。よし、そうしよう。母さん、ぜひ頼むよ!!」
「そ、宗吾さん! ここは病院ですよ。お静かに!」
「まぁいやだ。宗吾は現金ね、くすくす」
「……もう、僕は恥ずかしいです」

 いよいよもうすぐお盆休みだ。
 
 お母さんの退院もまだ確定していないが、もう間もなくのようだ。

 僕達は宗吾さんの実家……お母さんの家に、集合することになった。

「瑞樹、浴衣、本当によかったのか、新品じゃなくて……気を遣い過ぎるなよ」
「気を遣うだなんて……本心です。お母さんの手縫いなんて、どこを探しても手に入らないので、嬉しいです」
「そうか……ありがとうな。君のお陰で、今更だが俺も親孝行を出来ているよ」
「宗吾さん……僕がそうであったように、遅いという事はないですよ。今からでも間に合いますよ」

 それは自分自身に投げかける言葉でもあった。

 亡くなった家族……

 大沼のお墓には今年は行けないけれども、あの時植えた花水木の苗が育っているだろうな。傍にいるからね。離れていても心は近くにいるよ。

 それから函館のお母さんと兄さん、そして信州で頑張る潤。

 今、この世に生きている家族にも思いを馳せてしまう。

 それが『お盆休み』ならではの、心のゆとりなのかもしれない。

「もうすぐお盆休みだな」
「えぇ、僕も合わせて休みを取れて良かったです」
「そうだな。街の花屋は忙しいだろうが」
「飛行機も新幹線も予約で一杯でしょうね」
「今年は徒歩で帰省だな」
「はい!よろしくお願いします」

 この夏……僕は一番近くにいる母の元に、帰省する。

 愛しい家族と共に、笑顔を連れて――




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...