上 下
374 / 1,743
発展編

家族の七夕 1

しおりを挟む

 帰りの電車の中で、宗吾さんにやっと連絡を入れることが出来た。

 芽生くんのお迎え、今日は宗吾さんでよかった。

 「葉山、ちょっといいか」
「はい、何でしょうか、リーダー」

 出社するなり、上司に呼ばれた。

「今日の君の予定は?」
「今日は内勤で、秋の商品開発に向けての会議が10時から入っていますが」
「そうか。でも悪いが、今日は店舗の助っ人に入ってくれないか。急病で花束を作る人が足りないと、急なSOSが入ってな」
「あっはい。分かりました。ではすぐに駆けつけます」
「よろしくな。ん? 店長はアイツかぁ……あーきっと疲れると思うから、そのまま直帰していいからな」
「……はい? ありがとうございます」

 という訳で、僕は都会のど真ん中を突っ切る電車に乗り、加々美花壇直営のフラワーショップに1日だけ出向することになった。

 人でごった返す都会のターミナル駅にある店は、駅前の小さい店構えだが、売り上げは抜群だ。

 それだけ混雑しているのだろう。

 急な店員の休みで、僕を必要としているのが分かっているので、小走りで向かった。

 それにしても今日って……何かイベントでも?
 
 母の日やバレンタインやホワイトデー・クリスマスの忙しさは分かるが、今日は7月7日だ。

「あっ……そうか、今日は七夕だ!」

『昨今では恋人同士が愛を再確認するために花束を贈るのが流行している』と、昨夜、宗吾さんが話していたのをすっかり忘れていた。

「遅くなりました。本社の葉山です」
「あぁ本社からの助っ人さん? 俺が店長だ。ところで、あんた随分若そうだけど使えるの? 新入社員?」
「ち、違います! 全力で頑張ります」
「うーん、何だか頼りないなぁ」

 イレギュラーな事態なのは分かるが随分な言われようだなと、思わず苦笑してしまった。

「ほら、へらへらしてないで、早くエプロンつけて」
「すみません!」

 僕は年よりずっと若く見られてしまうで仕方がないのかな。

 たまに、こういう風に雑に扱われる。

 プライベートだったら、僕を雑に扱う人とは少し距離を置きたくなるが、これは仕事だ。だから僕が相手に合わせるしかないのだ。

 頑張ろう! 

 今、目の前にあることを、今、出来る事をひとつひとつ。

 そう紫陽花の咲く、月影寺で誓った。

「おい、葉山。とりあえず客足が増える前に、アレンジメントをいくつか作っておけ」
「はい、あのどんなコンセプトのものを作りましょうか。カラーやサイズの指定は?」
「はぁ? 面倒臭い事を聞くな!この店の売り上げを知っているだろう」
「えぇ都内でも五本の指に入っている事は」
「そうだ。ここは置いておけば何でも売れるんだよ」
「……ですが、今日はせっかく七夕なので、何かコンセプトを設けたら、お客様に喜ばれるのでは」
「そんな暇ねーよ。あーあ、本社のやつらは呑気で嫌になるぜ。ほら、ショーケースにある花を片っ端からアレンジメントにしろ」

『取り付く島がない』とは、このことだ。

 あくまで今日の僕は、この店の助っ人だ。

 ぐっと我慢して、言葉を呑み込んだ。

 言われた通り黙々と作業するしかなかった。



 七夕は恋人たちの祭り。

 恥ずかしがり屋の男性が勇気を出して花束を買いに来るかもしれない。

 いつも愛していると心から思っていても、なかなか素直に伝えられない。それでは相手も少し不安になってしまう。

 だからこそ七夕を機に、愛しているという想いが伝わる花束を作って、愛と花のある暮らしを提供する細やかな手伝いをしたい。

 それが僕の願い。

 僕のモットーは、ストーリー性が溢れるフラワーアレンジメント。

 いつかずっと先の未来に……自分で店を持てたらの夢になるのかな。これって──


 ショーケースから花を手にする。

 白いダリアの花言葉は『感謝』だ。

 これは結婚している旦那さんにも、オススメだろう。

 奥様への日頃の感謝を示すのに、いいな。

 グリーンやリボンをあしらって主役のダリアを引き立てようと思ったら、店長から、また注意されてしまった。

「おいおい~そんな寂しい花作るなよ。白とグリーンだけなんて、もっと派手で目を引く華やかなのにしてくれ」

「え。あっ? ……はい」

「忙しいから、さっさと作ってくれ。適当でもいいからさ」

 花を扱う人なら本来持っているはずの当たり前の情熱なのに、この店長は忙しさのあまり大切な感覚が麻痺してしまっているのか。

『適当』だって?

 流石にこの言葉にはカチンとしてしまった。

 花にもお客様にも失礼だし、花を扱う側の人間として許せない……

 だが言い返したい気持ちは、ぐっと堪えた。

 リーダーが疲れるだろうと言った意味が、今になって理解できた。

 気を取り直してショーケースを再び見ると、今度は大量のカスミソウが目に入った。

 カスミソウの無数の白い小花が星屑のように見え、天の川を彷彿する。そこで七夕らしくとカスミソウだけのブーケを作っていると、また怒られてしまった。

「おいおい、あんた、ほんと使えねーな。そんな脇役だけのつまらない花束を作るなよぉ!」

「……すみません」

 そこから先はもう何も考えないで、店長が気に入るものを作るしかなかった。ただし……どのアレンジメントも適当なんかじゃない、僕の心だけは込めて作った。
 
 それだけは、悪いが通させてもらった。

 見た目の派手さや売れ筋、速さだけでない。

 僕の流儀を密に注いだ。

「もう帰っていいぜ」
「……お疲れ様でした」

 そんな一言で解放されたのは、もう夜の8時過ぎだった。

 朝からずっと立ちっぱなしで休憩もろくになく、店の片隅でスナックパンをかじるしかなかった。

 空腹だし……とても疲れた。


 すっかり遅くなってしまったので、一緒に夕食を取れなかったな。
 
 それがとても残念で、シュンとしてしまった。

『もしもし宗吾さん。今日は急な出向で今、池袋のお店を出て、電車に乗った所です。すみません連絡出来なくて──』

『瑞樹、そうだったのか。お疲れさん。それは大変だったな。今すごく疲れているだろう。駅まで車で迎えにいくよ』

『え、そんな、申し訳ないです』

『俺がしたいんだ! 気にするな。君は慣れない場所で働いたから、気疲れしているだろう。いつもの所で待ってる』

『……ありがとうございます!』



 数回のメッセージのやりとりで、やっと自分を取り戻せた。

 やっぱり宗吾さんって、すごい。

 僕の心の救世主だ。

 僕が七夕に寄せて……愛を伝え、感謝を伝えたくなる、花を贈りたい人は、あなただ!

 今日の僕は、花束を作る暇も買う時間もなく……手ぶらなのが少しだけ残念だ。

 でも……僕の疲れた気持ちを、すっぽりと受けとめてくれる人がいる。

 それが嬉しい!

 宗吾さんに会ったら……少しだけ……甘えたい。

 甘えても、いいですか。

 今日は七夕だから……は、理由になるかな。
 
 そして、早く会いたくなってしまった。


 電車の揺れは銀河鉄道のよう。

 僕を宗吾さんの元に連れて帰ってくれる。

 ミルキーウェイを飛び越えて。

 
 




しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...