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発展編

紫陽花の咲く道 24

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「流、おはよう。それいいね」
「兄さん、おはよう。だろ? 早起きして作ってみた」
「あの二人にお似合いだね」

 朝から工房に籠って作業していた流が嬉しそうに見せてくれたのは、紫陽花のガクを集めて作ったコサージュ(ブローチ)だった。

「こっちが宗吾さんの?」

 それは四つ葉のクローバーのような色合いのコサージュだった。まるで野の花を摘んだような瑞々しさだ。瑞樹くんの方は白い紫陽花をベースに、1枚だけ宗吾さんと同じグリーンの紫陽花が支えるように入っていた。

 二つを並べると調和が取れていて、素晴らしい出来映えだ。

 改めて流のセンスと腕前に関心した。

「そうだよ。こっちが瑞樹くんのだ。彼らしい透明感を出してみたつもりだ」
「うん、楚々とした雰囲気の瑞樹くんらしいね」
「そうだろ。この先、あまり宗吾の色に染まり過ぎないといいが」
「ん……それ、どういう意味?」
「今頃、きっと離れで楽しく大騒ぎしているだろうな」

 流がまるで見て来たかのように言うので、気になってしまった。

「流、お前、また覗き見したのか」

「まさか、そんな野暮じゃないぜ。だがきっと今頃、笑いの渦に包まれているんじゃないか。宗吾のヘンタイ魂が威力を発揮されてさ」

「え? まぁ……でもそれはそれでいいのかもね。丈と洋は老成しちゃって少し落ち着き過ぎているから一緒に笑っているといい」

「兄さんも口が悪いな」

「あっ」

 想像したら可笑しくなってしまった。

 いつも澄ました冷静な丈も、宗吾さんのペースに、たじろいでいるかもしれない。

「兄さんもそう思うか。洋くんも……もっともっと自分を取り戻して欲しいよな。あいつらもまだまだこれからだ」

「そうだね。そういう意味でも……瑞樹くんと洋くんは、ちょうどいいね。洋くんに、良い友人が出来て良かったよ。あの葉山の海での出会いに感謝しないと」

「そうそう、俺たちも刺激をもらっているしな」

「ちょっと、流っ、近いよっ」




****

 朝食を食べ終わると、翠さんに呼ばれた。

「宗吾さん、瑞樹くん少しいいかな」

 案内されたのは、翠さんの住まいの衣裳部屋だった。

 6畳ほどの和室に桐箪笥がずらりと並んでおり圧巻だ。

「ごめんね。実は今日、宗吾さんと瑞樹くんに着て欲しいものがあって」
「何でしょう?」
「これなんだけど、どうかな」

 翠さんが箪笥から取り出し広げて見せてくれたのは、黒い紋付き羽織袴と白い男物の着物だった。白い着物には、凛とした佇まいの繊細な白き花が重なるように描かれていて、目を奪われた。

「わぁ……すごいですね」
「うん、実はこれは洋くんに縁のあるものだが、ぜひ君たちに今日着て欲しい」

 着物に絵付けされた白い花を、指でそっと辿ってみた。

「あ、この花って、もしかしたら」
「知ってる?」
「はい、夜空に輝く星のように凛とした六枚の乳白色の花弁を持つ『オーニソガラム』ですね」
「流石、フラワーアーティストさんだ。そうだよ。これは実は……丈と洋が結婚式で着た着物なんだ」
「えっ」

 驚いた。そんな大切なものを僕たちに貸してくれるなんて。

 一体何故、急に……?

「君たちが今日、指輪の交換をすると聞いてね」
「あっはい……その予定ですが」
「僕たちも見守ってもいいかな」
「え、もちろんです。でも、そんな……」
「見守りたいんだ。皆で君たちの門出を祝福したい」
 
 こんな展開が待っているとは思わなくて、涙がはらりと零れてしまった。

 本当に僕は泣き虫になった。

「あぁ泣かないで。今日は晴れの日だよ」
「はい……でも嬉しくて」
「瑞樹、良かったな」
「宗吾さんっ、僕……どうしよう!」

 僕と宗吾さんは男同士だから、法律上の結婚なんて出来ない。

 でもそれでも、お互いに指輪だけでも交換しておきたかった。

 そんな小さな望みだったのに……

 まさか、この寺の人たちに見守ってもらえるなんて。

 急に指輪の交換が儀式めいて来て、ドキドキしてしまうよ!

「さぁ着付けてあげる。流、頼むよ」
「もちろんさ!」

 流さんが僕に長襦袢を羽織らせ手早く着付けてくれ、翠さんがそんな僕のことを優しく見守ってくれていた。

 嬉しいのに少し不安だ。

「あの、実は住職の翠さんに聞きたかった事があって」
「何かな? 何でも聞いて。僕でよければ」

 袈裟姿の翠さんが、泥水に咲く蓮の花のように、たおやかに微笑んでくれた。

「あの、僕は実は……ふとした拍子に、いつも過去の事を悔やんでしまうのです。もうそんな不安は必要ない、もう大丈夫だと分かっているのに、これってどうしたらいいのでしょうか。未来に希望を抱くのも、なんだか心許なくて……幸せ過ぎる事に相変わらず臆病になってしまうのです」

 翠さんは僕の話にじっと耳を傾けてくれた。
 悟りを開いたかのような卓越した表情を浮かべている。

「瑞樹くん……それはね、君が今日という日を踏みしめてゆけば、心も穏やかになると思うよ。過ぎ去った日のことは悔いず、まだ来ぬ未来に憧れすぎずに、今日という日をひたすらに生きることが一番大切なんだよ」

「はい……」

「そうだ『日日是好日《にちにちこれこうにち》』と言う言葉を知っているかな」

「あ……なんとなく」

「これはね、単に毎日が穏やかでいい日という意味ではなくて、日々の一喜一憂にとらわれ過ぎず、その日その日をひたすらに生きることが出来たら、それがいい日になるという意味だよ。理解できるかな」

「はい……」

「過去にも未来にも怯え過ぎず、今を清々しく生きる。君にならきっと出来るよ。それが君の未来の幸せに繋がっていくよ」

 翠さんの言葉は、どこまでも厳かで優しかった。

「そうだぞ。瑞樹、今日という日を、俺たちはしっかり過ごせばいい。素直に受けとめよう。この状況を」

 いつの間にか宗吾さんも黒い紋付き羽織袴姿になっていた。

 うわっ……どうしよう。カッコいい……!

 胸の奥が、ときめいてしまった。

「しかしお二人さん、案外和装も似合うな」
「そうでしょうか」
「今日は和装だからブーケはいらないな。その代わりこれを」

 流さんが見せてくれたのは、紫陽花のコサージュだった。

「これ、君たちをイメージして、俺が今朝作ってみたんだ」
「すごく、すごく綺麗です!」

 紫陽花のがくを加工したものだが、まるで四つ葉のクローバーのように見えた。それを僕と宗吾さんの着物の帯留めの上に、つけてくれた。







「よく似合っているよ。幸運を呼びそうだ」
「ありがとうございます」
「さぁ案内するよ。とっておきの場所がある」
「はい!」


 案内されたのは、寺の中庭の奥の茶室だった。

 近くに滝があるようで清々しい水音が響き、竹林が風にそよぎ清涼な雰囲気に包まれていた。



 茶室へは白い石畳の道が、真っすぐに伸びていた。

 道の脇には、真っ白な紫陽花が咲いている。

 まるでこの紫陽花の咲く道の名は……!




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