上 下
369 / 1,743
発展編

紫陽花の咲く道 22

しおりを挟む
「瑞樹くん」
「洋くん」
「そろそろ、やりましょうか」
「えぇ、やっつけてしまおう!」
「ははっ、そうだね!」
「くすっ」

 お互いに顔を見合わせて、コクンっと頷いた。

 今から僕たちは……僕たちを抱く相手を襲う。

 といっても、そんな物騒なものではなくて可愛いものだ。

 僕たちからキスマークをつけてしまおうという企みだ。

 僕と洋くんも必要以上のお酒を飲み酔っていたので、準備万端だ。

 今なら出来る!

 そんな自信に満ちていた。

「しかし丈がこんな風に酔い潰れるのは珍しいな」
「そうなの? 宗吾さんはいつものことだから驚かないけど。それにしても今日は完全に泥酔してるみたい」
「なら安心、安全だね」
「逆襲されたら困るからね」

 ソファで折り重なるように眠りこけている二人の前に、僕たちは立ちはだかった。

「こんな風に見下ろすのって滅多にないから、何だか少し倒錯的な気分になってしまうね」
「なるなる!」

 うわっ、洋くんがゾクッとする程美しい顔で微笑んでいる。
 
「確かに! でもキスマークを一気に沢山、上手につける方法って知っている? 僕は……その、初めてで」
「うーん、実は俺も……逆は殆どしたことがなくて」
「どうする? ネットで調べようか」
「いや、必要ないよ。いつもされることを、仕返せばいいのだから」
「そうだね。善は急げ……と言うしね(あれ?使い方合ってる?)」
「あぁ!」

 照明を落とし……宗吾さんの躰を跨いで、風呂上がりに着ていたTシャツを捲ってみた。

 逞しい筋肉、胸板が現れる。僕とは全然違う身体付きだ。

 流さんが夕食の支度をしている間に、丈さんも宗吾さんも入浴を済ませていた。

 肌に顔を近づけると、いい匂いがした。

 あ……いつもと違うボディソープの香りだ。

 深い森のような匂いに包まれ、同時に僕の躰からも同じ匂いが立ちこめた。

 自然と僕は頭の中で、宗吾さんに抱かれ、キスシーンをつけられているシーンを思い出していた。

 確かいつも宗吾さんがキスマーク付ける時って、口はこの位開いていたよな。それはたぶん吸引力を強く発揮出来るからなのだろう。

 『う』を発音する程度に口を開き、宗吾さんの胸元に唇を密着させてみた。

 宗吾さんの肌と僕の唇に隙間を作らず、ちゅうっと思いっきり吸引してみた。

 なるほど、そうか……つまり真空状態を作り出すってことなんだな。

 ん? 唇を離すが、何もついてない。

「洋くん、どう?」
「俺もダメだ。下手くそだね。俺たち」
「いや諦めないで。もう一度!」
「わかった!」

 同じ箇所をもう一度キツク吸い上げた。

 今度はどうだろう?

「あっついてる! 洋くんは?」
「俺も成功だ。成る程、こうやってしつこく吸うんだな。納得だ」
「しつこくか……(確かにいつもしつこい)もっとつける?」
「あぁ面白くなってきたしね」
「くすっ、朝になったら驚くかな」
「目のやり場に困る程つけてしまおう!」

 僕たちの目は暗闇に怪しく光った。

 まるで吸血鬼のように。

 暗闇にちゅうちゅうと吸い付く音だけが聞こえていた。

「瑞樹くん、コツを掴んだよ。先に少し躰を舐めて濡らしておくと、吸引しやすくなるみたい」
「なるほど。だからいつも宗吾さんは僕のことベロベロ舐めてから始めるんだな」

 もはや自分たちはとんでもない内容を発言しあっているのも、気にならなくなってきた。

 どんどん大胆になっていく。

 とにかく夢中で、彼の胸元から首筋にかけてキスマークをつけた。

 つけまくった!

「宗吾さん、起きないな」

 彼はいい夢を見ているのか突然ニヤリとしたので、ギョッとした。

 びっくりした。起きたのかと思った。

 もうっ……呑気な人だな!

「洋くん、なんだか疲れたね。逞しいから皮膚も固いし、結構な重労働だよ」
「確かに息切れしてきた……そろそろいいかな」
「あぁこれだけつけたら、俺たちの大変さが身に沁みるだろう。そうだね。おまけでここにもつけようか」
「うーん、そこは、どうしようかな」

 ワイシャツの襟からはみ出る首筋にも付けてみようと思ったが、そこだけは理性が働き、出来なかった。

 結局、僕らしいというかなんというか。

 でも、宗吾さんが僕につける気持ちが分かった。

 キスマークって、いろんな意味がある事が、身をもって理解できたよ。

 絶対に『独占欲』の現れだ!

 だって……僕、まるで宗吾さんにマーキングしているような気分に、途中からなってしまった。

 これは僕の存在を刻んでいるのと、同じ行為だ。

 キスマークの意義みたいなのを学んでしまった。

 
****

 その晩は洋くんのベッドを借りて、ふたりで眠った。

「瑞樹くん、なんだか嬉しいよ。ここに丈以外の人と寝るのは」
「そう言ってもらえると、ホッとするよ」
「何故?」
「いや……だって、なんだか悪いよ。ふたりの居場所に」
「ふっ瑞樹くんなら大歓迎だよ」
「洋くん……僕たち……似ているね」
「あぁ、似ている。だからずっと気になって」
「うん、ありがとう」

 洋くんと僕は、自然に手と手を繋ぎ合った。

 あぁ……やっぱり、しっくりくる。

 こんな風に躰を触れ合うのは宗吾さんだけだと思っていたが、洋くんとは本当に心が通い合う。

 触れた部分から、お互いの気持ちが巡りあっていくようだ。

「洋くん、さっきは楽しかったね」
「うん楽しかった。でも実は俺……だんだん自分に触れて欲しくなってしまったよ」
「あっ、それ分かるな」
「俺も男だから、キスマークをつけたら丈を征服した気持ちになると思ったが、少しだけ違った」
「うん、僕もだ」

 本当に洋くんの考えることは、僕と似ていると思った。

「ちょっとキザな言い方になるけど、どんなに愛されているのかを理解できたよ」
「そうだね。僕も宗吾さんに、いつも駄目って言わないで、たまにはつけてもらおうかなとも……」
「くすっ、瑞樹くんは優しいね。芽生くんの手前なかなか難しいだろうけど、たまにはいいかもね」
「そうだね。たまには許してあげないと、何だか気の毒になってきた」

 ふとソファの宗吾さんを確認すると、やっぱり幸せそうに口元を緩ませていた。

 黙っていればカッコいいのに……と、愛おしく見つめてしまう。

「瑞樹くん、君はいいね。この先も芽生くんの成長をふたりで見守れて」

「え……」
「俺のところには子供はいないからさ。薙くんはもうだいぶ大きいし……そうだ今度……猫でも飼ってみようかな」
「いいね。この広い一軒家なら、それもありかも」

 洋くん自身が猫みたいだけど……

「瑞樹くんは猫、好き?」
「うーん、飼った事ないけど、可愛いだろうな」
「俺はね……あっそういえば昔、飼っていたんだよ。お母さんが可愛がっていた……シロって名前だったんだ。あの猫どうしたのか、全然覚えていないな」
「そうなの?」
「すっかり忘れていたのに、今、名前まで急に思い出したよ」
「そうか……」

 悲しいことをきっかけに忘れてしまう事がある。

 僕も本当に色んなことを忘れていた。

 でも今が幸せだと、こんな風にふとした拍子に思い出せる事がある。

「なんだか……過去から記憶を帰してもらっているみたいだね」

「幸せという切符と引き換えに?」

「そう、そんな感じ……」

 分かる。分かるよ。

 捨てちゃいけない記憶まで捨てそうになっていたが、それは違う。

 人間の持てる記憶は限られている。

 それでも覚えておきたい愛情の記憶は、どんなに辛い事があっても自分を支えてくれる。

 心の奥底で──心の根底で。

「少し眠くなってきたね」
「明日、二人の驚く顔を見たいから、そろそろ眠ろうか」
「うん、一緒に眠ろう。瑞樹くん」
「おやすみ、洋くん……ありがとう」






しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...