幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

発展編

花の行先 15

　日曜日の朝、僕の部屋に芽生くんを誘った。

「芽生くん、今日は母の日のアレンジメントを一緒に作ってみようか」
「えっいいの？」
「もちろんだよ。芽生くんのお母さんに贈るものだから」
「やった！」

　芽生くんは大きな瞳をキラキラと輝かせ、ぴょんぴょんとジャンプした。

　君はいつだって好奇心旺盛で生き生きしているね。優しい思い遣りの心も持っていて素敵だよ。

　僕が大好きな宗吾さんの……大事な息子さんが芽生くんでよかった。君と出逢えて良かった。

　これは口には出さないが、芽生くんと触れ合う度にいつも感じている事だよ。

　だから芽生くんの健やかな成長の土台を作ってくれた玲子さんには、僕からもお礼を言いたい。母の日のアレンジメントの手伝いもしたいと……前向きな気持ちになっていた。

「これを使っていいよ。このスケッチブックは僕とお揃いだよ」
「わぁ～うれしい！　おにいちゃん、ありがとう」
「早速、描いてみようか」

　僕は白い画用紙に、鉛筆で大きな四角をサラサラと描いてあげた。

「シカク？」
「うん、この四角は箱だよ。この箱にお花畑を作ってみようか」
「おもしろそう！」
「ここに自由にお花の絵を描いてごらん。色も塗ってね。出来たらお花を買いに行こう」
「うん！」

　子供でも簡単に作りやすいアレンジメントとして、フラワーボックスを思いついた。

「これって、母の日のお花だよね。カーネーションは赤とピンクがいいかなぁ。それとも……もっといろんな色があるのかな」
「本で調べてもいいよ。自由にスケッチしてごらん」
「わかったぁ！」

　僕の机を使って、誕生日に贈った『花の図鑑』を片手に一生懸命絵を描いていく後ろ姿を、微笑ましく見守った。
　
「おぉ？　ふたりでコソコソ何やってるんだ？」
「パパは見ちゃダメ」
「なんで？」
「おにいちゃんとの、ひ・み・つ」
「ずるいな、おっと洗濯物干してくるよ」
「あっすみません。僕がやります」
「大丈夫だよ。君は芽生の相手を頼む」
「わかりました」

　宗吾さんとの親子のやりとりは、いつだってこんな感じだ。父親らしい彼の顔を見るのも好きだから、僕は幸せな休日の朝を満喫していた。

「でーきたっ！どうかなぁ」

　クレヨンで描かれた花の絵は、赤やピンクだけでなく黄色やオレンジも混ざっていた。子供らしくカラフルで元気が出るもので、大人にはなかなか出せない色合いに心が温まった。

「ママ、よろこんでくれるかな」
「うん、きっと！」

　あの日玲子さんとの交わしたバトンタッチが、未だに忘れられない。

　そしてその晩……宗吾さんに骨の髄まで愛された事により、僕はやっと自分の立ち位置に自信を持つことが出来た。だから今は穏やかな気持ちで、こうやって母の日の手伝いが出来ているのだろう。

「じゃあ次はお花屋さんにいこうか」
「うん！」
「宗吾さん、駅前の花屋まで行ってきますね」
「了解、気を付けてな」
「はい！」

　芽生くんと仲良く手をつないで駅に向かう。
　こうやって歩いていると、僕が父親みたいでくすぐったい。

「お兄ちゃんとお花屋さんいくの、はじめてだね」
「あっそうかも」

　普段……花は会社から余りを持ち帰ることが多いから、地元で買わないので新鮮だ。

「いらっしゃいませ～あら可愛いお子さんですね。あっ……もしかして母の日のお花をお探しですか」
「あっはい」

　若い女性の店員さんに声をかけられたので、芽生くんのデッサンに忠実に注文した。

「この赤の大輪を3本と、スプレーのピンクを2本、それからオレンジはこれを、イエローはこれで、あとグリーンを、そうだな……ハーブはありますか」

　つい仕事モードで、花の状態やバランスを瞬時に判断しながら的確に次々と注文してしまい、目を丸くされた。

「すごい！　もしかして……プっ、プロですか」
「あっいえ……すみません、注文が多くて」
「いえいえ、えっと花束にしますか」
「いえ自分でアレンジメントしますので」
「わぁ、やっぱり！　パパ自らお子さんと一緒に作るなんてイクメンですねぇ～」

　パパ？　そんなつもりではなかったので、驚いた。

「うん！　すごいでしょう！自慢のパパなんだー」

　隣に立っていた芽生くんがハキハキ答えたので、更に驚いてしまった。

　僕が……パパでいいのかな？

　気になって帰り道、そっと聞いてみた。

「芽生くん、あのね、さっきどうして僕のことを、パパだって言ったの？」
「あ……イヤだった？」
「ううん、すごく嬉しかったよ」
「ぼくね……最初はおにいちゃんのことママの代わりだなって、甘えていたんだけど」
「……うん」

　それは知っているよ。そう思うのも当然だと思っていたよ。

　まだまだ母親が恋しい幼稚園児だ。僕はどんな形でもいいから……芽生くんの寂しさを補える存在でありたいと願った。だから母親代わりでもいいと思っていた。

「おにいちゃんはね、ちゃんと男の人だし、今日だってすごくたよりになって、カッコいいから……」

　まだ上手く言葉が見つからないようだが、心の籠った言葉をもらった。

「そうなんだね……ありがとう」

　僕は僕のままで……いいのか。

　幼い芽生くんから、太鼓判を押してもらえたような気分だ。


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　家に戻り、早速一緒にアレンジメントを制作した。

　用意しておいた白いボックスに、防水シートを張り四角いオアシスを入れて、短く水揚げカット処理してあげた花を、芽生くんが心の赴くままに活けていく。

　やがてカラフルで華やかなお花畑が、箱の中に現れた。

「わぁ……キレイ。なんだか……ボクのママみたいだな。おこったり、ないたり、わらったりって、ママはいそがしかったからね」

「……そうなんだね」

　完成したフラワーボックスを宅急便の箱に入れていると、宗吾さんに声をかけられた。

「おっ出来たのか。ん……宅急便？　今からだと明日になってしまうぞ」
「そうなんですよね。昨日は僕の仕事が急に入って準備できなくて……すみません」
「いや、玲子の店に芽生が直接届ければいいだろう。車を出すから、そのまま家族でデートをしよう！」
「デートって、どこへ行くんですか」
「それはナイショだ」
「じゃあ……着替えますね」
「そうだな。ちょっとおしゃれにな。先に車を出して、正面玄関で待っているよ」
「あっはい」

　期待に胸が膨らむ……とは、この気持ちを言うのだろう！

　まるで風船が膨らんだように、動作がますます軽くなった。

　どこに行くのか分からないが、家族で外出できるのが嬉しい。

　とても楽しみだ！