336 / 1,730
発展編
花の行先 6
しおりを挟む自分の取った行動が逃げ腰だったのが恥ずかしく、宗吾さんからの電話には出られなかった。あれだけ菅野に励まされたのに、あれだけ背中を押してもらったのに……僕は意気地なしだ。
だって……今話すと泣いてしまいそうだ。でも……心配させてしまうのは嫌なのでメールは打った。
『帰ってもいいですか』
速攻で返事があった。
『悪かった。駅まで迎えに行く』
短い文章に、彼からの溢れる愛を感じる。
この様子では、きっと宗吾さんは何もかも知ってしまったのだろう。
今日の僕の行動が見透かされているのが恥ずかしい。昨夜偉そうに、芽生くんとお母さんの時間をちゃんと作った方がいいなどとアドバイスしたのに、舌の根も乾かぬうちに……玲子さんから逃げるように、嘘までついて飛び出してしまうなんて。
穴があったら入りたいよ、自分が情けなくて──
僕が着くのが先だったのか、駅に宗吾さんはいなかった。
どうしよう──少しだけ頭を冷やしてから帰りたい。
駅から宗吾さんの家に向かう途中に小さな公園があったので寄り道をした。
ブランコに腰かけて、月を見上げる。
「三日月か……」
月にも笑われているようだな。
ちっぽけな僕の存在、考え……
ギィギィと小さくブランコを揺らすと、心がまた揺れ出した。
ブランコに乗るのは、久しぶりだ。
手に持った鈴蘭の小さなブーケも夜風に揺れていた。
小さな蟠りなんて、もう……捨ててしまいたい。
涙と一緒に散らしてしまおう。
そう思ってもう寸前まで込み上げていた涙の行先を考えていると、突然ブランコが大きく揺れ出した。
「えっ!」
「瑞樹、しっかり掴まってろよ」
「わっ! そんなに揺らしたら怖いです」
「大丈夫だ! 俺がいるから」
空高く蹴りあがるブランコ。
三日月を蹴飛ばすように、本当に高くまで揺らされると、怖いやらおかしいやらで……
「お腹がくすぐったくて……」
最後には前屈みで笑ってしまった。その拍子に涙がはらはらと乾いた土を滲ますように舞い落ちた。
「瑞樹……心配したぞ。駅にいないから」
「すみません。ここが……よく分かりましたね」
「花の匂いがしたからな。鈴蘭か……本当に会社に行ってきたんだな。お疲れ様」
「あ……あの」
「少し話そうか」
「……はい」
宗吾さんも隣のブランコに座った。
大柄な宗吾さんに子供のブランコは窮屈そうなのに、器用に上へ上へと漕ぎ出した。
「瑞樹、ごめんな。今日は俺の事情で、いらぬ気を沢山遣わせちまったな」
今なら言えそうだ。
ブランコの前後の揺れが僕の秘めたる言葉を吐き出すのを、手伝ってくれる。
「僕こそ、すみませんでした。宗吾さんに嘘つきました……玲子さんから……逃げました」
「……いいんだよ。そうしてしまった君の気持が痛い程分かるから。そこは侘びるな。そんな気持ちにさせてしまった俺が悪かった」
「くすっ何だか僕たち……お互いに謝ってばかりですね」
宗吾さんがキリっとブランコを停めて、振り向いた。
「あぁそうだな。瑞樹……家に帰ろう」
「一緒に家に帰ってくれるか。あそこは君と俺の家なんだよ。もう」
「宗吾さん……」
宗吾さんの『家に帰ろう』という言葉に、胸の奥がキュンと切なくなった。
宗吾さんにそんな顔させてしまって申し訳ないのと同時に、不謹慎かもしれないが、宗吾さんにそんな顔をさせていることが嬉しくもなった。
後者の気持ちは今までに抱いた事のない気持ちなので恥ずかしくもなった。
「宗吾さん、僕も……もう家に帰りたいです」
甘えた言葉は、僕の本音。
宗吾さんは公園の街灯から僕を隠すように、暗闇でそっと抱きしめてくれた。
彼の匂いに包まれ、ようやくホッと出来た。
「あぁ連れて帰る。瑞樹は可愛いな。俺のもんだ」
そんな独占欲の籠った言葉が今は嬉しい。
角度により街灯に顔が明るく照らされると、今度は面映ゆい気持ちになった。
「僕の顔……変ではありませんか」
「うーん、敷いていえば目が潤んでいるかな」
「え?」
「キスして欲しそうな顔だ」
ぼそっと呟かれ、ますます頬が火照ってしまう。もうっ──
「もう、それ以上やめて下さい。まともでいられなくなります!」
宗吾さんの家では、玲子さんが僕と挨拶するために、待っているそうだ。
今度は目を背けないし、逃げない。
宗吾さんが隣にいてくれる。
だから、頑張ろう。
****
「じゃあ迎えに行ってくるから、留守番頼むよ」
「分かったわ」
「パパいってらっしゃい」
玲子と芽生に見送られて、家を出る。
かつての日常……朝の光景が一瞬過ぎった。
きっと今日が最後になるな。こんな風に見送られるのは。
そう思うと短い結婚生活を共に過ごし、芽生を産んでくれた玲子には、感謝したい気持ちになった。
「ありがとう」
頭を下げて礼を言うと、玲子が困ったように笑った。
「もうっ変わりすぎ。あなたをこんなに変えたのは、瑞樹クンなのね。彼の存在って、あなたにとって本当にすごいのね」
「あぁ俺にとって幸せな存在なんだよ。瑞樹は……」
駅までは、ひた走った。
会いたくて、君に早く会いたくて。
途中の公園で一瞬、大沼で君が胸に抱いたブーケに似た香りが過ぎった。
一瞬足を止め迷ったが、駅を目指した。
だが駅の改札に姿が見えないことで、逆に確信した。
さっきの公園に君がいると。
愛する君がいると──
寂し気に月を見上げ、ブランコを揺らす君の手には、真っ白なスズランの花が可憐に揺れていた。
君の誕生花……スズランの花言葉なら、ちゃんと覚えている。
「return of happiness(再び幸せが訪れる)」
「sweetness(優しさ、愛らしさ)」
「humility(謙遜)」
「purity(純粋)」
すべて……瑞樹……君のことだ。
何度でも……君を幸せにしてあげたい。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる