上 下
319 / 1,730
発展編

選び選ばれて 1

しおりを挟む
 風薫る五月の早朝。

「瑞樹、今日は随分と早いんだな」
「実はかなり大きなウェディングが入っていて」
「遅くなるのか」
「……はい」
「そうか……よし、頑張ってこい。」

 宗吾さんが玄関先で軽い口づけをしてくれた。

 名残惜しい気持ちと元気をもらう瞬間だ。

「頑張れそうです。行ってきます」

 宗吾さんに見送られ、ひとりで電車に乗る。

 この4日間……夢のような日々だった。2泊3日の函館旅行と昨日の僕の誕生日。宗吾さんと芽生くんとずっと一緒に過ごせた。

 だからなのか、何だかひとりが寂しく感じてしまうな。

 ビルのガラス窓に反射した朝日が、いきなり目に飛び込んで眩しく感じた。

 本当に都会は迷路のようで、明るい方向が東とは限らない。

 大沼とは全然違う場所で生活していることを僕が実感するのは、いつもこういう瞬間だ。

 太陽の光はビルに反射したり遮られたり、真っすぐ届かないことの方が多い。

 なんだか人生と似ているな。

 思い描いた通りに進める事なんて滅多にないが、だからといって進めないわけでもない。

 ここでも『しあわせ』は確かに存在するのだから。

 僕と宗吾さんと芽生くんの間に確かに芽生えたように……

 守っていきたい。

「わっもうこんな時間? 急がないと……集合時間ギリギリだ!」

 少し足早にアスファルトを蹴って、前に進んだ。

****

「ふぅ……間に合った!」

 今日は初夏のような陽気になるそうだ。

 連休中に結婚式を挙げるカップルも多いので、実は仕事の繁忙期だったりする。僕の勤める『加々美花壇』は、宴会場内外の装飾やコンサルティング業務をメインで請け負っているので、連休中は交替で対応にあたっていた。

 本当に昨日まで4日も休みをもらえたのは奇跡だ。きっとリーダーが僕の体調を案じて休みを取らせてくれたのだろう。12月から3月迄……休職していた身なので、まだ心配をかけているのかもしれない。

 僕はあのおぞましい事件を完璧に忘れたわけではない。でもそれを大きく上回るプラスの出来事があったから、僕の意志で乗り越えていこうとしているのだ。

 もう僕は以前のように我慢して、隠して、無理して、笑っているわけではない。ありのままでいられるようになってきた。

「おはよ! 葉山も今日出社だったな。連休なのにお疲れさん」
「そういう菅野こそ」

 会社のロビーで同期の菅野と会ったので、部署まで談話した。

「休み、どこか行った?」
「うん、函館に」
「あっもしかして帰省か」
「そうだよ。これ定番だけどお土産だ」
「よかったな……ありがとうな。おっ! 修道院のクッキー大好きだ」

 よかった、喜んでもらえて!
 菅野は分かりあえる大切な同期であり友人だ。

「菅野はどこかに行ったのか」
「あー俺は実家だけ」
「実家って確か江ノ島の」
「すごい人混みで参ったよ。もう大渋滞で」
「ニュースで観たよ。お疲れ様」
「実家のせんべいでも土産に持ってくればよかったな。そうだ! よかったら今度皆で遊びに来いよ。鎌倉とかのついででいいからさ。俺が案内してやる」
「うん!そうだね、鎌倉方面には近々行きたいと思っていた所だよ」

 江ノ島と言えば鎌倉も近い。そして鎌倉といえば北鎌倉だ。

 洋くんたちの顔が脳裏に浮かぶ。
 
 あの時、軽井沢にまで駆けつけてくれた洋くん。

 彼の存在はなければ……僕の躰に燻っていた辛い思いを、彼が無理矢理叩きだしてくれなかったら、今の僕はない。きっとここまで復活が出来ていなかったろう。

 次は北鎌倉に行きたいな。帰ったら宗吾さんに相談してみよう。

 こんな風に今の僕にはやりたいことが見え、それを口に出せる。

「さーて仕事、仕事! 瑞樹も頑張れよ」
「あぁ!」

 部署に入るともう皆、集まって来ていた。

「すみません、お待たせして」
「大丈夫だ。さぁ取り掛かるぞ」
「はい!」

 今日のウエディングは若いモデルの女の子と年上有名俳優との結婚で、今時珍しい大規模なものだ。

 僕は新婦、つまり若いモデルの女の子専属のBridal Coordinate (ブライダルコーディネート)のひとりだ。

 幸せの宴を華やかに彩る結婚式には、様々な花が必要となる。ブライダルフラワーブーケはもちろん、ウェルカムボードやパーティデコレーションフラワーまで、トータルで依頼されていた。

 新郎新婦の希望にかなった最高のブライダルフラワーを、打ち合わせを元に作り上げていくのは、人生の門出を請け負う一大仕事で気合が入る。しかも今日の宴会場には報道も入るとのことで、皆、ピリピリしていた。

 僕の方も……指先が白くなっていた。

 この指、スムーズに動くかな。

 すっかり忘れていたが……あのおぞましい事故の後遺症で苦しんことを思い出すと、突然怖くなってしう。きっとあの事件以降、ここまで大規模の仕事の依頼が初めてだから緊張しているのだ。

(落ち着け! 瑞樹……大丈夫だ)

 こんな風になると、いつも宗吾さんの声が聞こえてくる。だから宗吾さんと芽生くんの顔を思い浮かべて、心を落ち着かせた。

「ほら急げ!」
「はい! 金森も行くよ」

 準備してあった花材を車に積み込み、会場であるホテルオーヤマに移動する。すると車の中で……部下の金森が小声で余計なことを話しかけてきた。

「しっかし葉山先輩も役得ですよね。若い売れっ子モデルの専属担当だなんて、大抜擢ですよ」

「……うん、ありがたい申し出だったよ」

「で、どうです? 彼女……胸おっきいですよね。顔は可愛い系なのに……アンバランスで……間近で見ているとムラっとしませんか」

「金森くんっ……私語には気を付けて! それに新婦さんに失礼だから二度と口にしないで欲しい」

 はぁ……すっかり忘れていたけれども『金森鉄平』という部下は、無駄に口が達者だ。

 それに僕は、そんなことには……少しも感じない。

 僕が感じるとしたら、宗吾さんが触れてくれる時だけだ。

 あの逞しい手で、直接胸を弄られたり躰を撫でまわされたりすると、途端に……淫らに感じてしまう。一昨日だって僕たちは深く抱き合い……日を跨いで繋がっていた。

「あー葉山先輩だって、ニヤついているクセにズルイな。オレだけ叱ってさぁ」

「えっ! あっ……」

 どうやら僕は、まだまだ精進が足りないようだ。というか、僕もどんどん宗吾さん化しているのか……っ!こんな場所であんな妄想するなんて。

「わ。悪い……」

 トホホと苦笑しながら侘びると、金森の方も釣られて笑っていた。

「先輩は、やっぱ笑った方が断然可愛いっす」
「おいっ」
「よかったです。だってさっきからずっと緊張して……手が強張っていたので、心配しましたよ」

 金森は口は悪いが、悪い奴ではない……

「……あっ、ありがとう」

「先輩! 今日は力を合わせて頑張りましょう!」

だが……こんな風に手をガシっと握られ摩られると、困ってしまう!

「ほらほら、先輩。解してあげますよ」
「いっいらないから! 離せっ!」


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...